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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第22章 本当の事(SIDEジル)


 不必要なほどに大きなベッドの端に横たわるフィリスは、本当に疲れていたのかぐっすりと眠っていた。

 それも無理はない。俺が竜王だったという事でも相当なショックだっただろうに、その後すぐに両親の死の真相を聞かされたのだ。

 例え体は疲れていなくても、心にかかる負担は計り知れない。

 フィリスの小さな体を見て、俺は少し反省した。

 いきなり全ての事を教えるのは、早急だっただろうか?

 不自然にならないようあと何日か時間を空けて、ただのジルとして話をした方が良かっただろうか?

 そう考えて、俺はすぐにその考えを打ち消した。

 

 フィリスはこれまでずっと嘘にまみれた世界で生きてきた。両親の事についてもそうだし、オリヴィアの事も・・・。

 本当は嫌いな人間に優しくして、手なずけて、信頼させて、そして最後に手酷く裏切る。

 それがどれほど残酷なことか、フィリスの様子を見れば一目瞭然だった。

 事実はフィリスにとって、あまりにも辛すぎる。

 だからもうこれ以上傷つきたくないというのなら、それでも良いと思った。

 現実から目をそらして、自分の都合のいい世界で生きている人間は山ほどいる。

 むしろ、全ての現実にきちんと向き合って生きている人間の方が少ないだろう。

 それは一種の防衛本能であって、非難する気はもうとうない。

 だがもしフィリスが事実を受け入れる覚悟があるのなら・・・その時は、俺が竜王だということも伝えようと思った。

 真実を伝える者が、隠し事をしていては誠意があるとは言えないだろう。

 もちろん色んな事情があるのだから、どの場合にでも当てはまるとは思えない。

 それでも俺はフィリスに対してだけは、誰よりも誠実でいたいと思った。

 例えそれでフィリスに恐れられても、距離を置かれても、すべてをさらけ出して俺を信じて欲しかった。


 フィリスは事実を受け入れる事を選んだ。

 自分がさらに傷つくことに対する怖れを飲み込んで、ありのままの過去を受け入れる事を、その上で先に進む事を望んだ。

 その瞳の強さに、俺は畏敬の念すら抱いた。

 この子はこんなにも小さく、傷つきやすく、壊れやすいのに、その芯は頑強で決して折られる事はないのだ。

 どれほど傷つき俯いてしまっていても、また顔を上げることができる。前を向く勇気を、ちゃんと持っていた。

 俺の中に強い歓喜が湧き上がった。心のどこかでは、フィリスが真実を選ぶ事が分かっていたような気がした。

 この子を好きになって良かったと思えた。だから、俺も覚悟を決めた。

 小さな針のように刺さる不安を押し込めて、俺は竜の姿に戻った。

 綺麗な緑色の目が、驚きに見開かれた。


 二百年以上生きてきた中で、あの瞬間が一番緊張したのではないかと思う。

 けれど戸惑うように俺に向かって伸ばされた手に、まだジルと呼んでくれる事に、俺は泣きたくなるほど安堵した。

 小さな頬に顔を寄せても、フィリスは嫌がらなかった。

 その事が本当に嬉しかったのだと伝えたら、フィリスは大げさだと笑うだろうか。

 本来の竜の姿を見せれば、誰もがまず恐怖を顔に浮かべる。

 あのガントやコンラートでさえも、初めて俺が竜の姿に戻って見せた時は言葉もなく固まっていた。

 それなのに、フィリスは恐れなかった。触れた手からは、少しの震えも感じなかった。

 自惚れてもいいのだろうか。自分の事を、少しは好きでいてくれているのだと。

 竜の姿を見せても態度を変えないでいてくれるくらい、信頼してくれているのだと。


 目が覚めたら、フィリスに頼んでみよう。

 孤児院などに行かず、自分のそばに居て欲しいと。

 城にだって、フィリスができる仕事はいくらでもある。マーサも一緒だと言えば、少しは前向きに考えてくれるだろうか。

 そんな事を考えながら、俺はただずっとフィリスの寝顔を見つめていた。


 結構早い時間に寝たにも関わらず、フィリスは朝になってもまだ起きなかった。結局起きたのは昼前で、それまで何度もうるさく俺を呼びに来ていたコンラートは最後は完全に怒っていた。

 フィリスが城を追い出されてからほとんど仕事らしい仕事をしていないのに、さらに5日間も留守にしたあげく、戻ってきたと思ったら部屋に閉じこもって出てこない。

 これでは怒ってしまっても仕方がないだろう。

 悪いと思いながらも、どうしてもフィリスのそばを離れがたかった。


 ようやく目が覚めたフィリスはどうして自分がここに居るのか分からないような顔をしていたが、すぐに思い出した様子だった。


「フィリス、これからの事なんだけど・・・もう一度城で働いてみないか?」

 少し遅い朝食を取ってマーサが退室した後、俺は考えていたことをフィリスに伝えた。

「城は広い。東の離宮には近づく事ももうないだろう。だから、その事に関しては心配しなくていいんだ。」

 表情に陰りを見せたフィリスに、慌てて言い繕った。

「それが、昨日言っていたお願いしたい事?」

「そうだ。・・・俺は、フィリスにここにいて欲しい。駄目だろうか?」

 答えを待ってじっと見つめると、フィリスは少し頬を赤くして、それからじっと考え込んだ。

 シンとした時間が、やけに長く感じる。握り締めた手が汗ばんでいるのに気付いて、自分で自分に呆れた。

「私にもできる仕事?」

「もちろん。マーサと一緒に働いてもらうつもりだから、不安になる事はない。」

 マーサも一緒にと言うとフィリスは安心した顔を見せたが、すぐには返事をせずにまた考え込んだ。

「・・・でも、どうしてそこまで私の面倒を見てくれるの?」

 不思議そうに俺を見るフィリスに、俺は両手を握り締めた。

 ここで、伝えるか?フィリスの事を、一人の女性として好きなのだと。

 そうすれば、話は単純になる。

 好きな人にそばに居て欲しい。ただそれだけの事なんだと。

「・・・フィリスと一緒にいると楽しいし、安心するんだ。だから、どうせ働くなら俺の近くで働いてくれると嬉しい。」

 結局、口から出てきたのは誤魔化すような言葉だった。

 今はまだ早い。俺の気持ちを伝えても、フィリスにはただの負担になってしまうだろう。

 せめてもう少し、フィリスが自分の中で過去を昇華させることができたら・・・それからでも、きっと遅くはない。

「私も、ジルと一緒にいたい。」

 表情をほころばせて嬉しそうに応えてくれたフィリスを、思わず抱きしめたくなる。

 それを咳払いでなんとか誤魔化して、俺は最後の確認をした。

「じゃあ、俺のお願いは聞いてもらえるかな?」

 フィリスは今度は考え込む事もなく、すぐに頷きを返してくれた。

「ありがとう、フィリス。」

 柔らかな髪を撫でると、少しだけ恥ずかしそうに、けれど嬉しそうな笑みを浮かべてくれる。その表情に胸と顔が熱くなって、俺はすぐに顔をそむけた。

「仕事は明日からでいいから。・・・そろそろ部屋を出ようか。」

 俺は昨晩と同じようにフィリスを布でくるむと、荷物のように肩にのせた。

 不審に思われるだろうが、この部屋にまだ子供のような少女を連れ込んで、一晩明かしたと思われるよりははるかにましだ。

「動くなよ。」

 声をかけると、フィリスが小さく頷いたのが分かった。


 フィリスを担ぎ上げたまま執務室に入ると、俺を見て不機嫌そうに顔をゆがめたコンラートはすぐに訝しげに眉を潜めた。

「その荷物はなんです?」

 俺は後ろでしっかりと扉が閉められたのを確認して、フィリスを降ろした。

 そっと布を剥がすと、驚いた顔のコンラートとフィリスの視線がばっちり合った。

「・・・陛下、とうとう犯罪を・・・。」

「犯してない。フィリス、彼はコンラートだ。一応この国の宰相をやってる。」

「一応は余計ですが。そうですか、あなたが・・・私はコンラートと申します。以後、お見知りおきを。」

「は、はじめまして、フィリスです。」

 緊張なのか裏返った声に、つい笑ってしまった。

 恥ずかしそうに頬を染めたフィリスににらまれても全く怖くないが、機嫌を損ねないように急いで笑いを引っ込める。

「侍女の服を用意してくれ。マーサに預ける。」

「わかりました。」

 コンラートは返事を返すと、席を立って部屋を出た。

「マーサを呼ぶから、目立たないように着替えて一緒に部屋を出るといい。」

 フィリスは頷くと、もの珍しそうに部屋を見回した。

「ここは?」

「執務室だ。仕事部屋みたいなもんだな。」

 あちこちをさまよっていたフィリスの視線が、ふとある一点で止まった。

 俺が壊した机はすぐに真新しいものと取り替えられ、机上にはコンラートが置いたのであろう大量の書類がつまれていた。

 机の端のペン立てに、明らかにこの部屋には不似合いなシンプルな万年筆が立てられている。

 高級そうなペン立てに立てられていると、ひどく違和感があった。

 その隣には少しだけ減った飴が入った小瓶が置かれていた。

 どちらも、フィリスにもらった宝物だ。

「これ、使ってくれてるんだね。」

 少しはにかみながら万年筆を手に取ったフィリスは、隣の小瓶をじっと見て黙り込んだ。

「フィリス?」

 声を掛けても、返事は返ってこなかった。



「陛下、よろしいですか?」

 もう一度問いかけようとしたとき、ちょうどコンラートがマーサを連れて戻ってきた。

「ああ。何度も呼びつけて悪いな、マーサ。フィリスを目立たないようにここから出してやってくれ。」

 マーサはフィリスをチラリと見ると、安心させるように笑みを見せて、すぐに俺に視線を戻した。

 マーサはフィリスの事を本当に妹のように可愛がっている。そういう意味では、フィリスを預けるのに一番信頼できる人間だ。

「どちらにお連れしましょうか?」

「そうだな、取り合えずまたマーサの部屋に連れて行ってやってくれ。明日までにはフィリスの部屋も用意しておくよ。」

 マーサは頷くと、フィリスを促して隣の部屋に着替えに行った。


「これでしばらくは、政務に集中していただけるでしょうね?」

「・・・悪かったよ。」

 いつも城を留守にするときは、極力仕事は前倒しで片付けてしまってから出かけていた。

 今度の事は突発的だった事もあって、仕事の方はコンラートにまる投げにしてしまった。

「そこに積み上げてあるのが急ぎの案件です。まず、それを片付けていただきましょうか。」

「あ、ああ。分かった。」

 怒っているときのコンラートには、とにかく逆らわない方がいい。

 俺は机に積み上げられた書類の山に、溜息を付きたくなった。

 

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