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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第21章 本当の事2


 フィリスの母、フィオーネとオリヴィアの父ロディは、幼い頃からの友人だった。 

 大人になるにつれ、ロディはフィオーネの事を一人の女性として愛するようになったけれど、フィオーネは友人以上の感情をロディに持つことはなかった。

 何度もロディのプロポーズを断っていたフィオーネは、しかしある日突然彼と結婚する事を承諾した。ロディは歓喜したが、フィオーネは喜んでいる様子ではなかった。

 そのまま、誰もが二人は結婚するものだと思っていた。しかしそこで、予定外の事が起こる。

 村娘の一人が、ロディの子供を宿したと言い出したのだ。

 ロディは最初認めなかったが、彼女だけでなく複数の年頃の娘達の所に夜ごと通っていた事が明るみに出ると、当時の村長であったロディの父親は責任を取って身ごもった娘と結婚するように息子に命じた。

 そうして生まれてきたのが、オリヴィアだった。

 フィオーネを諦めきれなかったロディは何度もフィオーネに自分の愛妾にならないかと誘ったが、当然いい返事はもらえない。

 そうこうしているうちに、ふらりと村にやってきた男にフィオーネはあっさりと恋に落ちてしまった。

 二人はすぐに恋仲になり、フィオーネはフィリスを身ごもった。

 フィオーネに子供が出来たことが分かってからは、ロディもフィオーネを諦めたようだった。

 しかし自分の愛する人を奪った男を、ロディはいつまでも許すことはなかった。

 結婚と同時に父親の後を継いだ彼は無理難題を言って困らせるのはいつもの事だったし、貸す土地も痩せこけた一番不便な場所にある土地を貸した。

 フィオーネやフィオーネの母も何度も村長に談判に行ったが、困らせているつもりはないといって取り合ってくれなかった。


「村長様はお母さんの事が好きだったのに、どうしてそんな事をしたの?」

 痩せた土地を与えられれば、苦労するのは父だけではない。そんな事は当然分かっているだろうに。

 まだ話の途中だったけど、どうしても納得できなくて話を遮った。

「人を愛するという事と、人を憎むという事は、正反対のようでいて実はとてもよく似ているんだ。自分のものにならなかったフィオーネを憎む気持ちになったとしても、おかしくはない。」

 私がまだ納得できない顔でいると、ジルは手をあごに当てて少し考えてから、こう言った。

「例えばの話、フィリスが気にしていたその目の色の事を悪く言われたとして、マーサに言われるのと、見ず知らずの誰かに言われるのだったらどっちが悲しい?」

「マーサに言われたほうが、悲しいと思う。」

「そうだろう?同じ嫌なことでも、自分が好きだと思う人からされた方が悲しい気持ちは強いんだ。ロディは、フィオーネに裏切られたような気がしたんだろう。例えそれが八つ当たりだとしても、憎む気持ちを止められない時もある。」

 なんとなく分かったような、分からないような・・・。

「そういう事もあるという事だ。それだけ分かっていればいい。」

 ジルは私の頭をポンポンと叩くと、話を続けた。


 男はなんとか家族を連れて村を出たいと考えていたが、先立つものもなく、老いたフィオーネの母と幼い娘を連れてはそれは叶わない事だった。

 痩せた土地をどれだけ耕しても、得られる糧は日々なんとか生きていける程度。とても貯蓄できるほどではなかった。

 そして、あの日がやってきた・・・。

 それはオリヴィアの7歳の誕生日まで、あと数日という時だった。

 オリヴィアはフィリスの父に、廃坑になった鉱山から宝石を採ってくるようにねだった。

 彼女の我侭はいつもの事で、フィリスの父も最初は適当に誤魔化していた。

 けれど、結局彼は鉱山に向かった。

 ロディから、娘の頼みをきいて宝石を採って来られたら土地を増やしてやると言われたからだ。

 もしかしたら、宝石が本当に見つかったら、その時はそれを持って家族で村を出るつもりだったかも知れない。

 二日もあれば帰ってこれるはずの距離で、しかし彼は三日経っても帰ってはこなかった。

 心配したフィオーネとフィオーネの母はロディに捜索隊を出す事を要請した。

 しかし、ロディは捜索隊を出す事を拒否した。

 不安と怒りで我慢できなくなったフィオーネは、幼いフィリスを母に預けて自らも山に登った。

 それを知ったロディは今度こそ捜索隊を山に向かわせ自らも山に登ったが、見つけたのは岩の下敷きになって動かなくなったフィリスの父と、崖の下に落ちて息絶えたフィオーネだった。

 

 いつの間にか流れていた涙を、暖かい手がぬぐっていく。

 我侭なオリヴィアも、自分勝手すぎる村長も、それを受け入れてきた村も、何もかもが憎いとすら思う。

 聞かされた事実に、胸が絞り込まれるように痛んだ。

 もし村長がすぐに捜索隊を出してくれていれば、少なくとも母だけは生きていてくれただろうか。

「お母さんは、お父さんに会えなかったんだね・・・・。」

「・・・そうだな。」

「でも、オリヴィアは私の両親が二人で宝石を取りに行ったような事を言ってたけど・・・。」

 ジルの手が一瞬止まって、またすぐに私の頬を撫でた。

「おそらく、後からそういう風に教えられたんだろう。すぐに捜索隊を出さなかったというのは、外聞のいい話じゃないからな。村の連中も口止めされてるだろう。」

 だから、誰に聞いても知らないと言っていたのだろうか。

「結局二人が鉱山に登った詳しい経緯は村の連中には知らされなかった。それはそうだろうな。自分の娘が我侭を言ったせいで二人が死んだなんて、それこそ秘密にしておきたいだろう。ロディは、フィリスのお祖母さんにも口止めをした。お祖母さんが亡くなった後は、必ず自分の娘と同じように面倒を見ると言って。」

 ジルは苦いものでも噛み潰したような顔でそう言った。

「実際はお祖母さんが亡くなったら知らん顔で通すつもりだったらしいが、オリヴィアの頼みもあって結局引き取ることにしたらしい。とても自分の娘と同じ扱いをしているようには見えなかったけどな。」

 吐き捨てるような言い方をして、ジルは溜息をついた。

「これが、俺が聞いてきた話の全てだ。」

 私の顔を心配そうに覗き込むジルに頷きを返すと、ジルは安心したように笑みを浮かべた。

「その話は、誰に聞いてきたの?」

 祖母が亡くなって村長以外に知る人はいないだろうに、ジルは一体誰からそんな事を聞いてきたのだろう?

「地霊の何人かが教えてくれたんだ。」

「ちれい?」

 そんな言葉は、はじめて聞いた。

「土地に住み着く精霊みたいな奴だ。その場所で起こったことなら、何でも知っている。特にダーナみたいに人の手があまり入っていない場所に多くいて、帝都のように人工物で溢れかえってる所にはほとんどいない。彼らは静かな場所を好むんだ。」

「私、会った事ない。」

 もちろん、会ったという話も聞いた事がなかった。

「普通の人間には見えないよ。ある程度の魔力がないとね。」

「そうなんだ・・・。」

 ちょっと残念な気もする。


 だんだん、頭がボーっとしてきた。

 色々ありすぎて、体までぐったりと重い気がした。

「ジルは、どうして私に孤児院に行くのを待って欲しいって言ったの?」

 話を聞くだけなら、どこに居ても聞けただろう。

「・・・俺は何日か会えないし、その間に孤児院に行ってすぐに仕事を見つけてしまったら、困るだろう?」

「どうして?」

 早く仕事が見つかったら、それにこしたことはないと思うけど。

「戻ってきたら、フィリスにお願いしたい事があったんだ。だから、待ってもらった。」

「お願いしたい事?私でもできる?」

 もっと色々気になることや聞きたいことがあるのに、もう自分が何を言ってるのかもよく分からなくなってきた。

「それは、明日話そう。」

 体がそっと横たえられて、体の上に柔らかな布がかけられるのを感じた。

「今日は疲れただろう。ゆっくり眠るといい。」

 優しい声に、私はすぐに意識を手放した。


 目が覚めてすぐに視界に入った顔に、私は驚いて飛び起きた。

「おはよう、フィリス。昨日はよく眠れたみたいだな。」

「・・・ジル?」

 確認するように、小さく呼びかけてみる。

 すると、黒髪黒目の恐ろしく整った顔立ちの男は、クスリと笑って頷いた。

「気分はどうだ?」

「えっと・・・。」

 やっぱり、昨日の事は夢じゃなかったみたいだ。

「ちょっと待っててくれ。」

 ジルはそう言ってベッドから立ち上がると、部屋の扉を開けて外にいる誰かに声をかけた。

 同じ部屋にいるのに、部屋が大きすぎて小声で話されると何を言ってるのかも聞こえなかった。

 ジルはベッドに戻ってくると、さっきと同じように私の近くに腰を下ろした。

「もしかして、ジルのベッド私が取っちゃった?ジルは寝てないの?」

 窓の外はもうすっかり明るい。

 ジルは、昨日の夜あれからずっと起きていたのだろうか?

「竜っていう生き物は、人間のように毎日睡眠を必要としないんだ。その気になれば2、3ヶ月は平気でずっと起きていられる。」

「そうなんだ。すごいんだね。」

 2ヶ月も3ヶ月も寝ないでずっと起きているなんて、想像もできない。

「もし寝ようと思ったとしても、このベッドなら俺があと3人は余裕で横になれるだろ?だから心配しなくていい。」

「・・・そうだね。」

 確かにこんなに大きなベッドなら、私一人が横になっていても大して困らないだろう。

 改めて部屋を見回していると、コンコンとノックの音がした。

「失礼します。朝食をお持ちしました。」

 台車と一緒に入ってきたその人に、私は思わず大きな声をあげそうになる。

 その口をジルが急いで手でふさいだ。

 扉が閉まると、ジルはすぐに手を離してくれた。

「マーサ?」

 入ってきたのは、侍女の服を着たマーサだった。

「黙っててごめんね、フィリス。・・・朝食の前に、顔を洗ってさっぱりしましょう?陛下、フィリスをお借りしますね?」

 ジルが頷くと、マーサは私を隣室に連れていった。

 隣室には洗面台が備え付けられていて、他に姿見などが置いてあった。

「マーサ、どうして?」

 ひどく曖昧な言葉だったけど、マーサは気にすることなく答えてくれた。

「フィリスが城を追い出されたあの日に、ジルが竜王様だってことを教えられて・・・それであの後色々あって、竜王様付きの侍女にならないかって。きっとあの事がなければ、ずっと知らないままだったと思うわ。フィリスも驚いたでしょ?私も驚いたわ。っていうか腰抜かしそうになっちゃった。ジルが竜王様だったなんて・・・。話すと少し長くなるから、それはまた後でね!」

 そう言ってマーサは、桶に水を溜めてくれた。

 マーサが待っているので取りあえず急いで顔を洗うと、マーサはさっとタオルを出して渡してくれた。

「ありがとう。」

 涙で強張っていた顔を洗うと、幾分か気持ちもすっきりした気がする。

「マーサは、昨日あれからどうしたの?」

「私?私はあれから宿を引き払って、城の兵士と一緒にこっちに戻ってきたの。」

 マーサにタオルを返して、ジルのいる部屋に戻る。

「でも、ホッとした・・・。」

 独り言のような言葉にマーサを振り返ると、マーサは優しい表情で笑みを浮かべていた。


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