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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第19章 休息


 次の日、私は迎えに来たジルと一緒にハンナの家を出た。

 エリーとロンは寂しそうだったけれど、また遊びに来ると約束するとなんとか納得してくれたようだった。

「落ち着いたら、連絡ちょうだいね。困った事があったら、いつでも来てくれていいからね。」

 ハンナは私の手を握ると、心配そうにそう言った。

「遠慮せずに、また遊びに来てくれ。待ってるよ。」

 仕事から帰ったグラッドも、家の前まで見送りに出てくれた。

「本当に、ありがとうございました。エリー、ロン、きっとまた遊びに来るからね。」

 たくさん元気をくれた小さな子供達にも別れを告げると、子供達は涙を浮かべながらも頷いてくれた。

「それじゃあ、また。お世話になりました。」

 ジルはそう言って頭を下げると、私の手を引いて暗い道を歩き出した。

 私は何度も後ろを振り返りながら、見送ってくれるハンナたちに手を振った。


「新しい生活が落ち着いたら、報告に行こうな。」

 寂しいと思う私の気持ちを気遣ってくれたのか、ジルは私の頭を撫でてそう言った。

 ジルと相談して、とりあえず一週間ほど近くの宿に滞在することになった。

 いったい宿代がいくらになるのか気になるけれど、無一文で現在無職の私はとても恐ろしくて聞けなかった。

「もう一人、フィリスと一緒に宿に泊まる事になってる人がいるんだ。当面は困った事があったら、その人を頼ればいいから。」

「もう一人?」

 それは、今はじめて聞いた事だった。

「そうだ。事情も話さずに、色々と押し付けて悪いな。今度会う時には、ちゃんと説明できるようにするから。本当は、俺がずっとそばに居てやれたらいいんだけどな・・・。」

 後半は独り言のように小さな声だったけれど、それだけにジルが本当にそう思ってくれていることが分かって嬉しかった。

「ジルもお仕事があるでしょう?私の事なら、大丈夫だから気にしないで?」

 ジルはそれには何も答えず、繋いだ手に少しだけ力をこめた。


 その宿は、ハンナの家から意外と近い所にあった。

 3階建ての可愛らしい建物で、入り口近くにはたくさんの植木鉢が置かれていた。

「フィリス!」

 ジルが扉を開けると、すぐに自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「マーサ?」

 聞きなれた声にもしかして、と名前を呟くと、ジルがそうだと言うように私を見下ろして微笑んだ。

 そっと背中を押されて中に入ると、マーサが椅子から立ち上がってこちらに歩いてくる所だった。

「フィリス・・・。」

 マーサは私の前まで来ると、目を潤ませた。それに驚いて私が口を開く前に、ジルが声をかけた。

「二人とも、とにかく中に入ろう。」

 入り口をふさいでしまっていた事に気が付いて、私とマーサは急いで奥に入った。

 テーブルにつくと、マーサは私達二人分のお茶を頼んでくれた。

「よかった、本当に。心配したのよ?あなたにもし何かあったらって・・・。」

「心配かけて、ごめんなさい。でもマーサ、どうしてここに?」

 会えたのはすごく嬉しいけれど、仕事はどうしたのだろうか?

「しばらくお休みをもらったのよ。」

「えっ?」

 もしかして、今回の件が何か関係してるのだろうか?

「ああ、心配しないで!休暇もずいぶん溜まっていたしね。実は配置換えの話も出ていて、新しい部署に就く前に気分転換もしたいから。」

「はいちがえ?」

「働く場所が変わることだ。優秀な侍女を欲しがってる所があったから、マーサを薦めたんだ。マーサももう3年連続で花嫁候補の世話係をやっているし、そろそろ違う仕事についてもいいだろうと思ってね。」

 聞きなれない単語に首を傾げる私に、ジルが詳しく説明してくれた。

「そうなんだ・・・。マーサ、すごいね!」

 なんだかすごく急な話のようにも思えるけれど、ジルがそう言うのならそういうものなのだろう。

 それに、マーサが優秀だという事は間違いない。それが認められたというのだから、私も嬉しかった。

「ありがとう。それでジルにフィリスの話を聞いて、どうせだったら一緒に休もうと思って。ジルに部屋を2部屋取っておいてくれるようにお願いしたの。」

「そうなんだ・・・。じゃあ、さっき話してたもう一人ってマーサの事だったの?」

 ジルを見ると、いたずらが成功した子供のような笑顔を浮かべて頷いた。

「そういう事だ。それじゃあ、そろそろ行くよ。マーサ、後は頼む。」

 ジルはカップに残ったお茶を飲み干すと、席を立った。

「できるだけ早く会いに来るから。」

「うん・・・。」

 落ち込んだ顔の私に苦笑を返して、ジルは私の頭を少し乱暴に撫でると宿を出て行った。

 

「大丈夫よフィリス、ほんの何日かでまた会えるわよ。さあ、部屋に行って女同士でおしゃべりしましょ!」

 マーサは3階の一番奥の部屋に入ると、私をうながして中に入れてくれた。

 部屋の中はこじんまりとしていて、ベッドと小さな机がおいてあった。

「ここがフィリスの部屋ね。隣が私の部屋だから、何かあったらいつでも呼んでくれていいから。それと、これなんだけど・・・。」

 そう言ってマーサは、ベッドの上に置かれた大きな袋を開けた。

「今日ここに来る途中で色々買ってきたの。毎日同じ服ってわけにもいかないしね。」

 中には、何着かの服や寝間着が入っていた。

「こ、こんなに?」

「当面必要でしょ?お金ならジルから預かってるから大丈夫よ。」

「ジルに?」

「そう。・・・迷惑かけてるとか思ってる?」

 どうして分かったのだろうか?

 マーサは優しく微笑んで、私の背中を押してベッドに座らせた。

「場合によっては、迷惑をかけてくれない方が悲しい時もあるわ。親しい人が困っていたら、頼ってくれない方が嫌じゃない?」

 頷くと、マーサは私の隣に腰掛けて息を吐いた。

「私もフィリスが困っていたら、頼って欲しい。自分の力でどうにもならない時は、助けてって言ってもいいのよ。」

「ありがとう、マーサ。」

「・・・ねえフィリス、聞いてもいいかしら?オリヴィア様と何があったの?オリヴィア様は、あなたの事を少し注意しただけだって・・・でも、私はどうしても信じられない。本当の事が知りたいのよ。」

 真剣なマーサの声に、私は重い塊を吐き出すように息を吐いた。

 マーサは今はもう違うようだけど、オリヴィア付きの侍女だったのだ。

 そして、私を指導する立場にあった。

 何があったかを知る権利はあるし、知りたいと思うのも当然だろう。

 そして何より、心から私を心配してくれている。

「あの、ね・・・。」

 思い出すと、胸が引き裂かれるように痛む。

 頭の中に、オリヴィアの笑い声がよみがえって気分が悪くなった。

 昨日ジルと話した時よりも、それは酷くなっている気がした。

「あの時、オリヴィアに、呼ばれて、それで・・・。」

 話そうとするのに、声が震えてうまく話せない。

「フィリス!ごめんなさい、ジルに聞いていたのに。私、どうしても我慢できなくて・・・ごめんねフィリス。大丈夫だから・・・。」

 マーサが私を包み込むように抱きしめて、何度も背中を撫でてくれた。

 そこでようやく自分が声だけでなく体も震えていたことに気がついて、驚いた。

「本当にごめんなさい。でもこれだけは覚えていてね?私もジルも、フィリスが悪くないって事だけはちゃんと分かってるからね!」

「マーサ・・・。」

 その後、マーサは自分の部屋から甘いお菓子を持ってきてくれた。

 それを口に入れると、少しだけ気分がましになったような気がした。

「ねえ、今日は久しぶりに一緒に寝ましょうか?」

「いいの?」

 正直一人になって色々と考えてしまう事が怖かったから、マーサの申し出はありがたかった。

「もちろん!」

 二人で寝間着に着替えると、ベッドにもぐりこむ。

 暖かな体温に、私はゆっくりと眠りに落ちていった。


 朝起きて朝食を食べると、マーサと一緒に街を歩いた。

 可愛い小物が置いてあるお店を見てまわったり、出店でおやつを買って食べたり。

 公園を通ったときにはハンナ達を見かけて、みんなで走りまわって遊んだりすることもあった。

 疲れたら宿に戻ってマーサに字や計算を教えてもらった。

 毎日私に付き合って、マーサはちゃんと休めているのだろうか?心配になってそう聞いたけど、十分楽しいから大丈夫だと笑って答えてくれた。

 穏やかな時間の中で、それでも私の中でオリヴィアの存在は大きく、少しも色あせる事がなかった。

 金茶色の髪が人ごみで揺れるたび、真っ青な空を見上げるたびに、オリヴィアを思い出しては苦しくなる。立ち止まって、俯いてしまう。

 それは憎しみであり、恐怖であり、悲しみだった。

 マーサはそんな私に気づいているようだったけれど、何も言わずに明るく振舞ってくれた。

 もう、いっそ忘れてしまいたかった。どんなに苦しい気持ちを持っていても、過去も事実も決して変わることはないのだから。



 それは、約束の一週間よりも少し早い、5日目の夕方のことだった。

 自分の部屋に戻っていたマーサが来て、外に誘った。

「こんな時間から、どこに行くの?」

 マーサは少し緊張しているように見えた。

「少し先にある大きな公園まで。・・・私達の休暇も、もう終わりね。」

 それ以上何も言わないマーサに何となく聞きづらくて、私は黙ってマーサの後を歩いた。

 公園には散歩する人たちが行き交っていたけれど、奥の広場の入り口には兵士達が立っていて、立ち入り禁止になっているようだった。

「マーサ!」

 けれど、マーサは物怖じすることなく兵士達の方へと近づいていった。

 仕方なくついていくと、兵士達は私達を見て頷きあい、何故か何も言わずに道を開けた。

 マーサは私を振り返ると広場のほうを指差した。

「向こうに、あなたを待っている人がいるわ。行ってらっしゃい。私はここで待っているから。」

 背中を押されて、奥へと追いやられる。

 何のことか分からず首を傾げるけれど、マーサはそれ以上説明する気はないようだった。


 不安に思いながらも先に進むと、芝生の生えた広い敷地の真ん中に背の高い人影があった。

 その人は、私に気がつくと遠くから手をあげた。

「ジル?」

 逆光で見えにくいけれど、ジルを見間違えるはずはなかった。

 私はほっとしてジルに駆け寄った。

「こんな所まで呼び出して、すまなかった。」

 ジルは謝ると、じっと私の顔を見つめた。真剣な表情に、私もジルを見つめ返した。

 どれくらいそうしていたのか、ジルがゆっくりと口を開いた。

「フィリス、これから話す事をよく聞いて欲しい。そして、選べ。」

 ジルの手が、ゆっくりと私に差し出された。

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