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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第18章 再会

 お互いに自己紹介をすませた後、ジルは外にいる兵士達に話があるからと外に出て行った。

 小声で内容までは聞こえなかったけれど、兵士達は頷きながらジルの話を聞いて、それからあっさりと家の前から去っていった。


「つまり、あの兵士達は彼女を捕まえるために探していたわけじゃないんですね?」

 エリーとロンのお腹の虫が暴走寸前だったので、話は昼食を取りながらということになった。

「もちろんです。彼らは善意でこの子を探すのを手伝ってくれただけですから。」

 グラッドの質問に、ジルは苦笑してそう答えた。

「しかし・・・・・。」

 納得しがたい顔のグラッドのコップに、ハンナが水をつぎ足した。

「いいじゃない、悪いことにならなかったんだから!それに、色々事情があるんでしょうし、あまりしつこく聞いては失礼よ?」

「あ、ああ。そうだな。」

 エリーとロンはジルに興味があるようだが、よほどお腹が空いていたのか、チラチラとジルの方を盗み見ながらも、口に料理を運ぶ手は止めなかった。

 もしかしたら、おねえちゃんに続いて今度は遊んでくれるお兄ちゃんが現れたと思っているのかもしれない。

「本当に、ありがとうございました。あなたがたがこの子を保護してくれてなかったら、今頃無事でいられたかどうか分かりません。」

 改めてジルが礼を言うと、ハンナは照れたように笑った。

「困ったときは、お互い様ですもの。こっちこそ、フィリスには子供達と本当によく遊んでもらって・・・。」

 自分達の話題が出たことに気づいたエリーが、口の中のものを一生懸命飲み込んで会話に加わった。

「エリー、昨日はおねえちゃんと一緒のお布団で寝たんだよ!おねえちゃん、今日もまだ一緒に遊べる?もう帰っちゃうの?」

「ううん、まだここにいるよ?今日も一緒にお布団使ってもいい?」

 そう言うと、エリーは嬉しそうに大きく頷いた。

 ジルは心配して私を探してくれたけれど、一緒に城に戻ることはできない。あそこにはもう私の居場所はないし、戻りたいとも思わなかった。

 ただ、マーサに直接会ってお別れを言えないことだけが気掛かりだった。

「そういえばグラッド、あなた仕事は?」

「あ・・・忘れてた。」

 水の入ったコップを持ち上げたまま固まったグラッドに、私は謝った。

「ごめんなさい、私のせいで・・・。」

 もしかしなくても、私のせいで仕事を放り出して家に戻って来なければいけなかったのだ。そう思うと申し訳なくて、いたたまれなかった。

「いや、平気さ。午後から出るよ。仕事に行く途中で腹が痛くなったって言っとくから。」

「気にしなくていいのよフィリス、これがこの人のいい所なんだから。」

 ハンナがそう言うと、グラッドは顔を赤くして照れ笑いをした。


「フィリス、少し話がしたいんだ。外に出ないか?」

 食事が終わり、グラッドが仕事に出かけるのを見届けると、ジルは私にそう言った。

「かまわないから、行ってらっしゃいな。ジル君、夕飯も一緒に食べられるかしら?」

 私が答える前に、ハンナはそう言って不満そうにしているエリーの頭を撫でた。

「ご迷惑でなければ、喜んで。」

 ジルはそう返事を返すと、私の手をとって家の外に出た。


 こうしてまたジルと二人で歩いているのが、まるで夢の中の出来事のようで不思議な感じがした。

 昨日はもう二度と会えないと思って、思い切って告白しておけばよかったと後悔したけれど・・・。

 いざ本人を目の前にすると、とてもそんな勇気は出てこなかった。

「このあたりでいいか。」

 気が付くと、少しさびれた感じのする小さな公園に来ていた。

 子供達が何人かボール遊びに夢中になっているだけで、他に人影はない。

 ジルは手近なベンチに私を座らせると、自分も隣に座った。

「本当に心配したよ。寿命が縮んだ気がする。マーサもフィリスを心配してたよ。」

「・・・ごめんなさい。」

 ジルは、一晩中街を歩いて探してくれたという。その間私はのんきにエリーたちと遊んで、ぐっすり眠り込んでいたのだ。

 そう思うとひどく情けない気持ちがした。

「あやまる必要はないさ。どうしようもない事だった。・・・・フィリス、聞いてもいいか?」

 ためらいがちにかけられた言葉に、私は思わず体を硬くして身構えた。

「いったい、何があった?」

 単刀直入な質問に、私はどう答えていいか迷ってしまった。

 さけて通れない質問だと思っていたし、ジルがこの話を聞くために私を外に連れ出したのだということも、予想していた。

 けれど、話す覚悟はできていなかった。

「・・・ジルは、何も聞いていないの?」

「フィリスが彼女の頬を叩いたってことは、聞いてるよ。」

 その口調は責めるようなものではなく、私は隣のジルの顔を見上げた。

 ジルは心配そうな顔で私を見下ろしていた。

「俺は、ちゃんとフィリス自身から話を聞きたいんだ。」

 私は何度か口を開いて、その度に言いよどんで言葉を飲み込んだ。何度かそれを繰り返した後、結局言えたのは一言だけだった。

「・・・・・ごめんなさい。」

 それだけを答えると、ジルは悲しそうな顔で体を私のほうに向けた。

「俺は、信用できないか?」

 その言葉に慌てて頭を振る。

「もし話しにくいのなら、話せることだけでもいいんだ。」

 ジルはそれ以上何も言わず、じっと私が話し出すのを待った。

 包み込まれるような優しさを感じて、麻痺していた心のどこかが、痛みを伴いながら感覚を取り戻していく。



「私、オリヴィアの事信じてた。」

 そう声に出すと、一緒に涙も頬を伝っていったのが分かった。

「私を庇ってくれるのは、私に優しくしてくれるのは・・・。」

 そう、信じていた。オリヴィアだけが、私を救ってくれた。

 私の中で、彼女は唯一の光だった。

「世界中で、オリヴィアしかいないって。」

 それなのに、どうしてこうなってしまったのだろう?

 昨日の出来事すべてが、悪い夢なら良かったのに。

「もう分からないの。何が本当で、何が嘘なのか・・・・・。」

 今までのオリヴィアは全て嘘だった。私が今まで信じていたものは、ただの幻だった。

 私の世界は、私が今まで全てだと信じてきた世界は、たった一日で姿を変えてしまった。

「フィリス・・・。」

 ジルの長い指が、涙をぬぐってくれる。

 その手に自分の手を重ねると、少しだけ気分が落ち着いたような気がした。

「無理に聞いてすまなかった。もう何も言わなくていい・・・。」

 大きな手が私の頭の後ろにまわり、そっと肩に顔を押し付けられた。


 それからどれくらい時間がたったのか。

 ジルは、私が落ち着くまでただじっと肩を貸してくれた。

 ようやく顔を上げられた時には服が涙でグチャグチャになっていて、言葉も出ないくらい焦った。

「すぐに乾くさ。」

 ジルはそう言うと、私の頬に残っていた涙を拭ってくれた。

「これから、どうしたい?」

「えっと、取りあえず孤児院に行って、そこで仕事を紹介してもらおうかなって考えてるけど・・・。」

 そう答えると、ジルはなにかを考えるように黙り込んだ。

「ジル、ごめんね?」

 謝罪の意味を図りかねて、ジルが首を傾げる。

「せっかくオリヴィアの付き人にしてもらったのに、私、結局何も役に立てなかった。」

 私だから、とまで言ってもらったのに。役に立つどころか、迷惑しかかけていない。

「ねえジル、ジルはどうして私をオリヴィアの付き人にしてくれたの?」

 村を出るときにも聞いたけれど、あの時もはっきりとした理由を教えてはくれなかった。

 ジルは苦笑して、私の頭を撫でた。

「・・・あの村を出た方がいいと思ったからだ。あの閉鎖的な村から、解放してやりたかった。ただそんな事は村長たちに言えないし、フィリスも納得しなかっただろう?」

 今のフィリスになら、分かるはずだ。

 そう続けられて、私は頷いた。確かに、あの時そんな風に言われても、何を言ってるのだとしか思わなかったかも知れない。

「じゃあ、私のために?」

 ジルは少し照れくさそうに笑った。

「半分くらいは、そうだ。」

「・・・?じゃあ、あとの半分は?」

「それは、また今度な。フィリス、さっきの話だが、孤児院に行くのはもう少し待てないか?」

「どうして?」

 ハンナの家にいつまでもいるわけにはいかないし、他に行くあてもない。

 孤児院に行くのが、一番いい選択肢だと思う。

「これはただの俺のわがままなんだが、聞いてくれないか?フィリスさえよければ、その間どこか宿をとってもいい。とにかく、しばらく待っていて欲しいんだ。」

「それって、どれくらい?」

 ジルがそこまで言うのなら、きっと何か理由があるのだろう。

 言う通りにしてもいいけれど、あまり長い間では宿代もそうとうなものになるだろうし、気が引けてしまう。

「そうだな・・・よし、そのあたりの事は明日また話し合おう。申し訳ないけれど、今夜もう一晩だけハンナさんの家にお世話になろう。」

「ジル、明日も来るの?」

 そんなに抜け出して、仕事は大丈夫なのだろうか?

「ああ。何か問題でも?」

「私はないけど・・・。」

「なら大丈夫だ。そろそろ戻ろうか。」

 ジルはすっきりした顔になると、私の手をとって立たせた。

 

 来たときと同じように、手を繋いで道を歩く。

 ジルは長い足をゆっくりと動かして、私の歩く速度にあわせてくれていた。

 ハンナの家に戻ると、家の前で遊んでいたエリーたちが駆け寄ってきた。

「おねえちゃん、お帰りなさい!」

 その声が聞こえたのか、玄関からハンナが顔を出した。

「お帰りフィリス。ジル君も、中に入って?エリー、ロン、あなた達もそろそろ中に入りなさい。」

「「はーい!」」

 二人は仲良く返事をすると、中に入って行った。


 夕食をご馳走になった後、ジルは予想通りというか、やっぱりロンのいい遊び相手にされていた。

 帰るときになると泣いてしまうくらいすっかり懐いてしまって、ジルも嬉しそうな、困ったような、複雑な顔をしていた。

「ごめんな、また明日遊びに来るから。」

「ほんと?やくそくだよ?」

 別れ際に約束をして、やっと納得したようだった。

「では、彼女をお願いします。」

 ハンナと仕事から帰ってきたグラッドにそう言ってから、ジルは私に顔を向けた。

「マーサにはちゃんと話しておくよ。じゃあフィリス、また明日。」

 最後に私の頭をポンポンと叩いてから、ジルは帰っていった。



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