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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第17章 捜索(SIDEジル)


 薄暗くなった廊下の奥から、何人かの人間が急ぎ足で歩いてくる。

 謁見の間から執務室に戻る途中のことだった。

 ただならない様子にコンラートは俺を守るように一歩前に出ようとしたが、それを手で制した。

「大丈夫だ。」

 先頭を歩いているのはガントだった。その後ろに、なぜか私服姿のマーサと、二人の女の警備兵が続いている。

 おそらく花嫁候補達の離宮を守っている者達だろう。

 ガント達は俺を見つけると、小走りになって俺の前に立った。。

「急を要します。」

 その一言に頷くと、俺は無言で執務室に向かった。

 一瞬だけ見たマーサの不安と焦りが交じり合った表情が、嫌な予感をかきたてた。

「今から誰も通すな。」

 最後に執務室に入ったコンラートが、心得たように外に立つ警備兵にそう告げた。

 扉が閉まると、ガントは警備兵二人とマーサを俺の前に立たせた。

 三人は膝を折ると、頭をたれた。

「マーサ、お前から話をしなさい。」

 ガントは表情こそ硬かったが、怖くならないよう声音に注意しているのがわかる声でマーサに声をかけた。

 マーサは戸惑った顔で、それでも俺の顔を見上げて話した。

「私は花嫁候補様のお世話を任されております、マーサと申します、陛下。直接お話し申し上げる無礼をお許しください。」

「許可する。何があった?」

 俺が真剣な表情なのを確認して、マーサは気持ちを落ち着けるためか大きく深呼吸をした。

「実は、オリヴィア様が連れてこられた侍女のフィリスという少女の行方が、分からないのです。私は今日休暇を頂いておりました。戻ってきたら彼女がいなくて、それでオリヴィア様にお伺いしたら城の外に出したと・・・。」

 行方が分からない?城の外に出した?

「メリッサ、事情の説明を。」

 ガントの言葉に、今度は真ん中にいた女が顔を上げた。

「はい。昼過ぎにオリヴィア様の部屋から悲鳴が聞こえて、その後すぐに侍女が誰か来てくれと大声を出しました。私たちが部屋に駆けつけたところ、オリヴィア様は頬を真っ赤にして倒れこんでいました。そのフィリスという侍女がオリヴィア様を叩いたのは状況から見て明白でしたので、我々はオリヴィア様の身の安全を確保するため、その侍女を拘束致しました。しかしオリヴィア様は、城から娘を出すから見逃して欲しいとおっしゃられて・・・。」

 心臓が、ドクドクと嫌な音を立てる。

 手の先が冷たくなって、逆に頭に血が上っていくのを感じた。

「それで、城から追い出したというのか?原因はなんだ?」

 ガントが苛立ったように問いただした。

 おそらく詳しい話はガント自身もまだ聞いていなかったのだろう。

 わずかな時間も惜しんで、関係者を直接連れてきたのだ。

 メリッサは、何故ガントがそんな顔をしているのか分からず不思議そうだった。

「後からお聞きした話では、言葉の使い方を注意したら、逆上したとの事で・・・そのような危険な人物は、城に置いておくべきではありません。」

「いいえっ!あの子はそんな子ではありません!陛下、きっと何かの間違いです!」

 マーサが泣きそうな声で訴えた。その様子を、メリッサともう一人の女が面倒そうに見ている。

「それで、フィリスという侍女の方からは事情を聞いたのか?」

 ガントの言葉に、メリッサは首をかしげた。その態度に、ガントが爆発した。

「愚か者が!!両方の話を聞かずに勝手に決め付けたのか!!」

 ビリビリと窓ガラスすら振るわせそうな声に、3人は身を竦めた。

「軽率だったな。右も左も分からない田舎の若い娘を一人で街に放り出して、拘束して部屋に閉じ込めるよりよほどひどい事になるとは考えなかったのか?」

 コンラートの感情のこもらない声に、メリッサ達はうなだれた。

 

 誰も言葉を発しないまま、沈黙が部屋を支配した。

 色んな感情が混ざり合って、気持ちが悪くなる。

 怒り、不安、後悔、焦燥・・・。今まで生きてきた中で、こんなにも複雑に絡み合った負の感情を感じるのは初めてだった。

 一体、何があった?

 あの子は村人たちに罵られ、面と向かって怒鳴られてもただじっと耐えていた。

 よほどの事でもない限り、怒ったりしないはずだ。

 まして誰かに手を上げるなど、とても考えられない。

 あるとすればそれは・・・・。それだけ考えられないような事が、あの子に起こったのだ。

 自分でも制御できないほどの強い怒り。

 あの子は、どれ程心を傷つけられたのだろう。

 オリヴィアがフィリスを良く思っていない事は、分かっていたのに。

 何故守れなかった?

 いつか何か悪いことが起こる気はしていた。

 けれどそれは、フィリス自身が乗り越えていかなければいけないことだとも思っていた。

 その時にほんの少し手助けができれば、それでいいと・・・。

「俺はバカかっ・・・?」

 起こりうる危険の度合いを予測することをしなかった自分の愚かさに、吐き気がする。

 抑えきれない苛立ちを逃がそうと、思い切りこぶしを振り上げて机を叩きつける。

 バァンという盛大な音がして、机は上にのっていた書類を撒き散らせて半壊した。

 視線を3人に戻すと、驚いた顔で完全に固まっていた。

 大きく深呼吸を繰り返して、感情をなんとか押し殺す。

 外はもう随分暗い。あの辺境の村で生きてきたフィリスが、夜の街の恐ろしさなど知るはずがない。

 身を守るすべを何一つ持たないフィリスが暗い街を一人歩く姿を想像して、俺は身を震わせた。

「ガント、頼む。」

「お任せを。」

 ガントは短く返事をして、部下でもある二人の警備兵を連れて出て行った。

 それを見届けて、俺はまだ固まっているマーサに声を掛けた。

「マーサ、オルグ達と一緒に心当たりを探してくれないか?彼らならフィリスの顔を覚えているはずだ。」

 マーサは怪訝な顔で俺を見上げた。

「陛下、よろしいのですか?」

「かまわない。それよりコンラート。」

「調査の方は私の方で行います。留守はお任せください。」

 こういう時、多くを語らなくても分かってくれる腹心というのは身にしみてありがたかった。

「マーサ、俺だ。分からないか?」

 分からなくて当然だろうと思いながら、人間の姿に変化させた。

「・・・・ジルっ!?」

 開いた口がふさがらないマーサの肩をゆすって、話を続けた。

「事情はまた改めて話す。それより今はフィリスだ。俺も街に出て心当たりを探してみる。そう遠くには行ってないはずだ。もし見つけたら合図してくれ、やり方はオルグたちが知っている。いいな?」

 呆然とした表情で、それでもなんとか頷いてくれたマーサを置いて、俺は隣室のドアを開けた。

 心は急くが、このままの姿で街には出られない。

 急いで目立たない服に着替えると、窓を開けて下を見る。

 誰も居ないのを確認して、俺は窓から外に飛び出した。



 ガントが率いる近衛隊は優秀だった。

 まず街の警備隊に協力要請をかけ、捜索に協力してもらうと共に道の要所に検問をおいてもらった。

 彼ら自身もその足で街を歩き回り、仲間を見つけるとこまめに情報交換を繰り返した。

 おかげでかなり短い時間で、城を出てからの大体の足取りを掴む事ができた。

 フィリスの珍しい緑の目は、意外なところで役に立った。

 彼女を見かけたというほとんどの人が、珍しい緑色の目をしていたので印象に残っていたというのだ。

 しかし、それも明るいうちの話で、暗くなりはじめてから彼女を見かけたという話は全く聞けなくなった。

 それは夜になって目の色が見えなくなったせいで、誰も彼女に目を留めなくなったせいなのか。

 それとも、何か事件に巻き込まれたのか・・・。

 後者の可能性は考えたくなかった。例えそれが十分にあり得る話だとしても。

 俺は不安に駆られて、一晩中街の中を歩き回った。

 動いていないと、探していないと不安に押しつぶされそうだった。

 一緒に歩いたことのある道を通るたび、また一緒にこの道を歩ける日がくるのかと弱気になる。

 フィリスの笑う顔を思い出しては、失う恐怖に大声を出したくなった。

 フィリス、どうか無事でいてくれ・・・。

 強くそう祈りながら、俺は足を動かし続けた。


 結局フィリスは見つからないまま、夜が明けた。

 日が昇り、人々が起き出してきても、俺は歩き続けた。

 変わらない毎日。変わらない人々の生活。

 いつもは微笑ましく見えるそんな日常の風景すら、今の俺には辛かった。

 フィリスが俺のそばに居ても居なくても、何も変わらない。

 それが、理不尽にも忌々しく思えた。

 空を見上げると、憎らしいくらいの青空が広がっている。フィリスもどこかで、この空を見ているのだろうか・・・。

 そんな情けない事をぼんやりと考えていたら、突然パンッという破裂音がして空に赤い煙が飛び散った。

 通行人の誰もが足を止めたが、それほど大きな音でもなかったためすぐにみんな気にしなくなった。

 俺は押しつぶされそうな不安を押さえ込んで、煙が見えている方向へと走った。


 同じように合図があった場所に集まりだした近衛兵達に詳しい場所を聞きながら、住宅街の一角に入り込む。

「どうやら、この家の中にいるみたいです。」

 走ってきた俺を関係者だと思ったのか、その場にいた兵士の一人が教えてくれた。

「ここに・・・・?」

 あまりに意外な場所に、俺は首をかしげた。

 そこはどう見ても一般家庭のごく普通の家で、中からは赤ん坊の声らしきものも聞こえてくる。

 こんな所に、本当にフィリスがいるのだろうか?

 俺はわらにもすがる思いで、ドアに近づいた。


「フィリス!ここにいるのか!?」

 大声で呼ぶと、中からバタバタと足音が聞こえた。

 目の前で勢い良くドアが開く。

「ジルッ!」

「フィリスっ!!」

 フィリスの姿を見た瞬間、体が勝手に動いて彼女を抱きしめていた。

「よかった、本当に・・・。」

 俺の声が震えていることに、フィリスは気が付いただろうか?

 フィリスは何も言わずに、しばらくの間じっと俺を抱きしめ返してくれた。

 腕の中の体温に、心臓の音がようやくいつもの速さを取り戻す。

「ジル・・・もう会えないと思ってた。どうしてここに?」

「それはこっちの台詞だ。どれだけ心配したと思ってる?」

 もう会えないなどと、冗談でも考えたくない。


「あの~、失礼ですがどちら様でしょうか?」

 この場に不似合いな声に顔を上げると、おそらくこの家の住人であろう人たちがポカンとした顔で自分達を見ていた。


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