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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第16章 暖かい家2

「ちょっとおねえちゃんとお話しがあるから、二人で遊んでなさい。」

 楽しい食事の後、ハンナはそう言ってエリーとロンをダイニングから出した。

 二人は不満そうだったが、母親の言うことに素直に従った。

「おねえちゃん、お話し終わったら遊ぼうね!」

 名残惜しそうに言うエリーに手を振ると、エリーはロンの手を引いてリビングに戻っていった。

 お腹いっぱいになって気持ちがいいのか、ミリーはハンナの腕の中で気持ち良さそうに眠っている。

 グラッドは手早く食器を流しに片付けると、慣れた動作でお茶をいれてくれた。

「エリーは一番上の子だから、ずっとお姉ちゃんを欲しがっていてね。君が遊んでくれて嬉しいんだよ。」

 どちらかと言えば、むしろ遊んでもらったのは自分の方だと思う。

 もうどうなっても構わないと思っていた暗い気持ちが、ずいぶんと軽くなった気がする。

「すっかり遅い時間になってしまったけど、帰る場所はあるの?家はないって言ってたけど、保護者の方は?」

 ハンナの言葉に、私は俯いてしまった。けれど、ここまで良くしてもらって黙り込んでいるわけにもいかない。

「・・・私、仕えていた主人に追い出されてしまって・・・あの、それは私が悪いんですけど、それで、行く所がなくて・・・。」

 オリヴィアは許せないけれど、城を追い出された理由としては、私が悪いことに違いはない。

「そうなの・・・。それで、ご両親は・・・・・いないのね?」

「はい。私が小さい頃に二人とも事故で・・・。」

 オリヴィアの話を思い出してしまって、私はギュッと両手を握りしめて感情の波が治まるのを待った。

「実は私もね、子供の頃に両親を亡くしたの。流行り病でね。親戚もいなかったから孤児院に入れられて・・・。道を歩いて家族連れを見かけるたびに、辛い思いをしたわ。どうして私だけって・・・。」

 ハンナを見ると、ハンナは懐かしそうな目で私を見ていた。

 それは、私も幾度となく繰り返してきた事だった。

 みんなにはちゃんと両親がいて、守られているのに。どうして私だけ一人なんだろうって。

「泣きながら立ち尽くすあなたを見て、昔の自分とよく似ていると思ったわ。寂しくて、悲しくて、どこにも行けなくて・・・。それでね、つい声を掛けてしまったの。行くところがないなら、しばらくここにいてもいいのよ?この通り赤ん坊もいるし、のんびりとはしてもらえないかも知れないけど。」

「ハンナさん・・・・。ありがとうございます。でも、そこまでご迷惑は掛けられません。・・・・・今晩だけ泊めてもらえたら、明日孤児院に行ってみます。場所を教えてもらえますか?」

 気持ちはすごく嬉しいけれど、そこまで甘えることはできない。しばらくと言ったって、そのしばらくがいつまでになるのか、全くめどが立たないのだから。

 孤児院に行けば、私はまだ未成年だし、仕事を見つけるまでの間くらいは面倒を見てもらえるかも知れない。

「・・・私たちはフィリスにいてもらっても、全然かまわないのよ?」

「そうだよ、子供たちも君に懐いているしね。それに、まだまだ手のかかる子供二人に赤ん坊の世話で、ハンナも大変なんだ。君がいて手伝ってくれると、ありがたいんだけどなあ。」

 グラッドがそう言うと、ハンナは目を輝かせて何度も頷いた。

「そうよ!この先どうするかはもちろんあなた次第だけど、せめてあと2、3日くらい泊まって行きなさい、ね?」

「・・・じゃあ、お願いします。」

 申し訳なく思いながらも、もう少し心を落ち着ける時間が与えられた事にほっとして、私は遠慮がちに答えた。

 ハンナとグラッドはお互いに顔を見合わせて、ほっと息をついた。

「よし!決まりだな。えっと、どこで休んでもらったらいいかな?」

 グラッドがそう言った途端、閉まっていた扉が勢いよく開いた。

「おねえちゃん!エリーのお布団、一緒に使っていいよ!」

 エリーが走って来て、嬉しそうに私に飛びついた。

「エリー!立ち聞きなんてお行儀の悪い!」

 ハンナが怒ると、エリーはぶんぶんと頭を振った。

「ちがうもん!おそいからおねえちゃんのこと迎えにきたらまだお話中だったから、外で待ってたの!」

「しょうがない子ね。フィリス、かまわないかしら?」

「もちろん!ありがとう、エリー。」

 笑いかけると、エリーはまた嬉しそうに笑った。

「少し大きいけど、私の寝間着を貸すわね。エリー、あなたも着替えていらっしゃい。」

 エリーは元気よく返事をすると、部屋を出て行った。



 エリーの寝室には、布団が一つしかなかった。

 不思議に思って聞くと、ロンはまだお母さんと一緒にしか眠れないらしく、ハンナとミリーが寝ている部屋で一緒に寝ているということだった。

 一緒に布団に入ると、エリーはクスクスと小さく笑った。

「エリーね、ずっとお姉ちゃんが欲しかったの!だってロンは男の子だから、一緒に遊んでもつまらないでしょう?」

 エリーと布団は、ポカポカした太陽の匂いがした。

「だからね、行く所がなかったら、ずーっとエリーたちと一緒にいていいんだからね!」

「うん・・・。」

 答えた声は、情けなく震えていた。

 どうしてだろう・・・どうして、こんなに胸が熱くなるんだろう。

「悲しいときは泣いていいよ、おねえちゃん。お父さんがいつもそう言ってるもの。」

 私を気遣ってか小さな声でそう言って、エリーは何度も頭を撫でてくれた。

 ままごとのようなそれにまた胸が熱くなって、私はエリーをギュッと抱きしめた。



 目が覚めると、エリーが目をこすりながら座って私を見下ろしていた。

「・・・おはよ、おねえちゃん。」

 あちこちはねた髪がなんとも可愛らしい。

「おはよう、エリー。」

 心地いい体温のおかげで、昨日はいつの間にか眠っていたようだった。

 今何時くらいだろうか?

 私はエリーと手を繋いで、リビングに行ってみた。

 ちょうどお茶を飲んでいたグラッドが、私を見るなり激しくむせた。

「フィ、フィリスっ!年頃の女の子が寝間着で男の前に出てきちゃだめじゃないか、着替えて来なさい!」

 焦ったようにそう言って、グラッドはハンナを呼びに行った。

「大げさよグラッド、仕方ないでしょう?昨日の服はもう洗ってしまったし・・・。それより、そろそろ行かなくていいの?」

「あ、ああ、そうだな。」

 廊下からそんな話し声が聞こえて、ハンナがロンとミリーを連れて台所から出てきた。

「ちょっと待っててね、今服を探してくるから。」

「すいません。」

 ハンナはミリーを私に渡すと、奥の部屋に入っていった。

「じゃあエリー、ロン、仕事に行ってくるよ。フィリス、悪いが子供たちとハンナを頼むよ。」

 微妙に視線を外しながらそう言って、グラッドは手を振って玄関から出て行った。

「「いってらっしゃい!」」

 子供たちは条件反射のように大声であいさつをしたが、グラッドからの返事は聞こえなかった。



 朝食を食べてから、私は昨日と同じように子供たちと遊んでいた。

 何か手伝いたかったのだが、ハンナに子供たちと遊んでもらうのが一番嬉しいと言われた。

 しばらくしてから、みんなで散歩に行こうという話になった。

「ついでにフィリスの服も探しましょう?私の服ばっかりじゃ、ちょっとねえ。」

「そんな!十分です!」

「けど、サイズが合わないでしょう?」

 玄関の外でそんな話をしていると、バタバタとグラッドが走ってきた。

「おいっ、みんな家の中に入りなさい!」

 息を切らせたグラッドに、ハンナは目を丸くした。

「どうしたの、そんなに急いで。仕事は?」

「あ、ああ。と、とにかく中に入りなさい。話は後で・・・。」

 私たちを家の中に押し戻そうとしていたグラッドの後ろで、誰かが声を上げた。


「おい、あの子じゃないか?」

「見つけたぞ!」

 声と一緒に、ガチャガチャと金属が揺れるような音がした。

 

 玄関の中に戻ると、グラッドは少しだけドアを開けて外の様子をうかがった。

 けれどすぐにわれに返ったように慌ててドアを閉めると、急いで内側の鍵を掛けた。

「いったいどうしたの?」

 ハンナの不安そうな声に、グラッドは困惑した表情で私に視線を移した。

「君の主は、一体誰だ?」

 突然の問いかけに、どう答えていいか戸惑う。

 するとグラッドは、言いにくそうにこう言った。

「兵士が、君を探してる。緑色の目をした、14、5歳の女の子を知らないかと街で聞いて回ってる。ただの行方不明者なら警吏が動くはずだ。兵隊まで出てくるなんて、普通じゃない。君は一体、何をしたんだ?」

「・・・グラッド、とにかく中に入りましょう。」

 ハンナの言葉に、グラッドはすっかりおとなしくなった子供たちに気が付いた。

「あ、ああ、そうだな。すまない、驚かせてしまって・・・。」


 

 妙に重い空気が3人の間を流れていた。

 エリーとロンはリビングに居るように言われて、今は二人で遊んでいる。

 ミリーはベビーサークルに入れられていた。

「・・・それで、話してもらえるかな?」

 申し訳なさそうに言うグラッドを、ハンナが睨んだ。

「グラッド、そんな言い方!」

「あの、いいんです。ちゃんと話しますから・・・。」

 もし昨日のことが原因だというのなら、ちゃんと説明しなければいけない。そしてもしそうだとしたら、私はすぐにでもここを出て行った方がいい。

「どこから話せばいいのか・・・。」

 迷ったけれど、必要な部分だけを話すことにした。

 私が竜王の花嫁候補と一緒に帝都に来たこと。事情があって、つい彼女の頬を叩いてしまったこと。

 兵士が私を探しているのは、おそらくその事が原因だろうということ。

「本当にごめんなさい、こんな迷惑を掛けてしまって。私、すぐに出て行きます。」

 最後にそう言うと、二人は慌てて椅子から立ち上がった。

「待ちなさい、そういう事情なら、どんな扱いを受けるか分からん!」

「そうよ!何かよっぽどの事情があったんでしょう?出て行くことないわよ、ここにいなさい!」

「でも、もう私がここにいるのは見られているし・・・。」

 兵士が探しているというのなら、私を庇えば何か罪に問われたりしないだろうか?

 私は、それが怖かった。

「な、何か方法を考えよう、うん、それがいい!ちょっと落ち着け!」

「グラッド、まずあなたが落ち着きなさい!」

 二人の大声に、ミリーが泣き出してしまった。それを慌てて抱き上げて、ハンナは立ち上がりかけた私の肩を押して椅子に戻した。

「兵士たちがあなたを見つけてどうするつもりなのか、まずそれが問題よね。」

「そうだな。正直、反逆罪に問われる事もあるだろうが、わざわざ兵士まで動かして探してるっていうのはちょっと大げさすぎる気がするな。」

「そうよねえ。花嫁候補って言ったってまだ正式には花嫁じゃないわけだし、それくらいで兵士まで出すかしら?」

 

 それから延々と解決をみない話し合いが行われ、私がやっぱり出て行くと言うと止められるという繰り返しだった。

「・・・そろそろお昼ね。」

 その場に不似合いな一言が出たのは、エリーとロンがどこからか持ってきたパンを手に私たちのところに来たからだった。

 ハンナが椅子から立った時、玄関の扉がノックされた。

「ど、ど、どうする!?どうする!?」

「落ち着いてグラッド!」

 そういうハンナも、声が裏返っていた。

「あの、私が出ます。」

「まちなさい、フィリス!」

 バタバタとお互い無意味に歩き回っていると、玄関から声が聞こえた。


「フィリス!ここにいるのか!?」


 その声が聞こえた瞬間、私は駆け出した。

 

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