第15章 暖かい家1
いつの間にかあたりは夕焼け色に染まっていた。
城から追い出されて、私はあてもなく歩き続けた。
これから、どうすればいいのだろう?
村には帰りたくない。あの村に戻るくらいなら、このまま死ぬまで歩き続ける方が何倍もましだ。
オリヴィアだけじゃない。閉鎖的なあの村そのものが、私から両親を奪った。
それこそオリヴィアの言葉ではないが、あの村の住人とは二度と会いたくなかった。
どこかで仕事をもらえれば1番いいけど、身一つでうろうろしている怪しい子供など、誰も雇ってくれないだろう。
まして事情を聞かれても答えることもできない。
竜王様の花嫁候補を傷付けた事が分かれば、白い目で見られるばかりか石を投げつけられたって文句は言えなかった。
振り返ってみると、ずいぶん遠くまで歩いた気がするのに城はまだ大きく見えていた。
城に戻ったマーサは、私のことをもう聞いただろうか?
マーサならきっと、オリヴィアがどう説明しようと私を心配してくれるだろう。
そしてジルも・・・。
ジルには、迷惑をかけてしまったかも知れない。
自分が連れて来た娘が反逆罪になるようなことをしでかして、周りから冷たく当たられないだろうか?
ジルの顔を思い出すと、自然に涙がこぼれ落ちた。
こんな風にもう会えなくなってしまうなんて、考えた事もなかった。
もっとたくさん話をしたかった。
側にいて、ただ微笑みを向けてくれるだけでよかった。
時々しか会えなくても、次に会うまでの時間すら私には宝物に思えた。
こんな事になるのなら、思い切って告白しておけば良かった。断られるにしても、気持ちだけでも伝えておけばよかった。
「大丈夫?」
その声に振り返ると、荷物を抱えた恰幅のいい女性が心配そうに私を見ていた。
「可愛い顔が台無しよ?」
そう言ってその女性は荷物を持っていない方の手でハンカチを取り出し、ためらいもなく涙を拭いてくれた。
「どうしたの?お家の人と喧嘩でもした?」
すっかり涙が引っ込んだ私はフルフルと頭を振った。
「もう日が暮れるわ。あなたみたいな女の子が一人で街を歩いていたら、悪い人に連れて行かれてしまうわよ?家はどこ?」
「家は、ないです・・・。」
女性は困った顔になって首を傾げた。
「じゃあ、お母さんやお父さんは?」
その質問にも、私は頭を振るしかなかった。
しばらく女性は困った顔で私をみていたが、やがて仕方ないという風に笑って私の手を取った。
「家にいらっしゃいな。夕食を一緒に食べましょう?」
「あ、あの、でも!」
「いいのよ。すぐ近くだから。落ち着いたら、主人に送ってもらうといいわ。とにかく、夜に一人で出歩いちゃだめよ。私にも娘がいるから、ほっとけないのよ。」
「・・・・・ありがとう。」
小さな声で伝えると、にっこりと微笑まれた。
「私はハンナ。あなたは?」
「フィリス。」
「フィリス、うちは小さい子が多くてちょっとうるさいかも知れないけど、我慢してね。」
ハンナの家は、2階建てのレンガの家だった。
ドアを開ける前から子供達がはしゃぐ賑やかな声が聞こえてくる。
「ただいま!今日は可愛らしいお客様を連れて来たわよ!」
ハンナが扉を開けると、すぐに部屋から子供が飛び出して来た。
「お母さん、お帰りなさい!」
7歳くらいの可愛い女の子だった。その後ろから追いかけるように、一回り小さな男の子が出てくる。
二人が出てきた部屋からは、ぐずるような赤ん坊の泣き声が聞こえた。
「ハンナ、なんとかしてくれ!ミリーが泣き止まないんだ・・・どちら様かな?」
赤ん坊を抱っこして最後に部屋から出て来たのは、眼鏡をかけた男性だった。
この人がハンナの旦那さんなのだろう。
「エリー、ロン、荷物を台所に運んでちょうだい。」
抱えていた袋を子供達に差し出すと、二人は先を争うように荷物を持って行った。
ハンナは両手が空くと、赤ん坊を受け取って身体を揺らした。
すると、まるで魔法のように泣き止んだ。
「ほら、やっぱり俺が買い物に行った方が良かったじゃないか。」
「あんたが行くと余計なものまで買ってくるでしょう?」
ハンナは家の中に入ると、私を振り返った。
「入って、中で休んでてちょうだい。すぐに夕飯を作るからね。」
「・・・お邪魔します。」
頭を下げて中に入ると、大きな手が差し出された。
「こんにちは。俺はグラッドだ。よろしく。」
「フィリスです。こんな時間にお邪魔してごめんなさい。」
「・・・・・ハンナが君を連れて帰った気持ちが、何となく分かる気がするよ。さあ、こっちで一緒に待ってよう。赤ん坊の世話でクタクタだよ。」
どういう意味か聞き返す前に背中を向けられて、タイミングを逃してしまった。
通された部屋はリビングで、ソファーの周りには子供のオモチャが足の踏み場もないほど置かれていた。
「こんな所ですまないね、適当に空いてる場所に座ってくれ。」
座る場所を探していると、後ろから二人の子供が飛び込んで来た。
「ねえおねえちゃんっ!一緒に遊ぼ!」
「お、おねえちゃん!?」
はじめて呼ばれるその呼び方が何だかこそばゆくて、私は自然に頬をゆるめた。
「たたかいごっこしよ!」
弟の方、確か名前はロンだっただろうか?
ロンがジャンプしながらそう言うと、すかさず姉のエリーが反論した。
「おねえちゃんは女の子なんだから、お人形で一緒に遊ぶの!」
「そんなのずるい!ぜったいたたかいごっこがいい!」
喧嘩に発展しそうな気配に、グラッドが慌てて止めに入った。
「お前たち!おねえちゃんは別にお前達と遊ぶために来たんじゃないんだぞ?」
「じゃあ、何のために来たの?」
素直なエリーの質問に、グラッドは答えられずに言葉に詰まった。
「素敵なオモチャがたくさんあるね。良かったら、遊び方を教えてくれる?」
身をかがめて二人にそう言うと、二人は嬉しそうに頷いた。
「いいのかい?」
頷くと、グラッドは明らかにホッとしたようだった。
エリーとロンは、競うようにして色々なオモチャを見せてくれた。
「これは何?」
渡された筒のようなものを回したり振ったりしてみる。降るとシャカシャカと音がするようだ。
楽器にしては音が小さいように思う。
「おねえちゃん、本当に知らないんだ?ここに穴があるでしょ?のぞいてみて?」
言われたとおりに中を覗くと、中にはいろんな色の模様が見えた。
「じっと見ててね!」
エリーが棒をクルクル回すと、その模様も様々な形に姿を変えた。
「すごい!どうなってるの?」
驚いて目を離すと、得意そうなエリーの顔があった。
「まんげきょうって言うのよ。」
「ねえおねえちゃん、これは?」
次にロンが出してきたのは、丸い卵のような形の変な人形だった。
これなら村でも見たことがある。
「これだったら知ってる!こうするんでしょ?・・・あれ?」
床において傾けると起き上がる・・・はずがそのまま倒れてしまった。
「ざんねんでした!じゃ〜ん!」
ロンが人形の上半分を捻ってあけると、全く同じ形の一回り小さいものが中に入っていた。
「あけてみて?」
中の人形も同じようにあけてみると、また中から同じものが出てくる。
気になってまた開けると、また出てくる。
結局中には5つも人形が入っていた。
一つずつ中に戻していくと、それらはまたぴったりと収まった。
「ね、おもしろいでしょ?」
頷くと、ロンは嬉しそうに次のオモチャを選びはじめた。
「夕食の用意ができたよ。」
ハンナがみんなを呼びにきて、子供達は1番に部屋から飛び出して行った。
けれどエリーだけはすぐに戻ってきて、私の手を取った。
「おねえちゃん、おねえちゃんはエリーの隣に座って?」
返事をする間もなく食卓まで引っ張っていかれた。
ミリーはもう赤ちゃん用の椅子に座っていて、その隣にロンが座っていた。
ロンはお腹が空いているのか、食い入る様に料理を見ている。幼い子供が真剣な表情をしているのは、とても可愛らしかった。
エリーはロンの反対側に座ると、私に隣の席を進めた。
食卓には湯気の出る温かな料理が並べられ、急にお腹がすいたような気がした。
少し遅れてハンナとグラッドが席につくと、みんなで一斉にいただきますと言って食べた。
「フィリス、遠慮しないで沢山食べてちょうだいね。」
「これ食べてみて!お母さんが焼いたパン、すっごく美味しいんだから!」
エリーはそう言って私の取り皿にパンをのせてくれた。
一口食べるとほんのりと甘くて、柔らかかった。
「うん、すごく美味しい!」
そう言うと、エリーは自分がほめられたように喜んだ。