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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第12章 休日


 オリヴィアに入室を禁止されて途方にくれていた私も、何日かすると次第に現状にも慣れてきた。

 あの後マーサはオリヴィアに話しに行ってくれたけれど、しばらくして部屋から出てきたマーサは私に申し訳なさそうに謝った。

「ごめんね、フィリス。説得したんだけど、どうしても分かってもらえなくて・・・。」

 しかめた顔に怒りの色が見えて、私は慌てて頭をふった。

「ありがとう、マーサ。なんとか信用を取り戻せるように頑張ってみるから。しばらく中の仕事は手伝えないけど、外回りの仕事は任せてね!」

 そもそも最初から私に信用なんてあっただろうか?

 ちらりとそんなことが頭をよぎったが、深く考えると余計落ち込みそうなのでやめた。



 部屋に入らずにできる仕事といえば、洗濯か外の掃除くらいしかない。

 たいして汚れてもいない庭を掃き清める事が、私の一日の大半を占めた。

 たまに雑草を抜いたりして時間をつぶすけれど、毎日やっていればそれも次第になくなる。

 頑張ると言ったものの、次第に外でボーっと空を眺めている事が多くなった。

 

 外にいる時間が長くなったせいか、あの日から頻繁にある人と会うようになった。


 あの青い花をくれた人だ。


 最初はびっくりしたが、彼はいつも私を見つけるとシッと指を口元に持っていく。

 そして私のそばに来ると、いつも懐からゴソゴソと何かを取り出して私にくれる。

 それはいつも小さな包みに入っていて、クッキーだったり、焼き菓子だったりする。

「あの、どうして私にこんなものをくれるんですか?」

 はじめこそもののついでのように渡されてつい受け取ってしまったが、こう頻繁ではどうしていいのか困ってしまう。

 まさかわざわざ私に渡すために持ち歩いているとも思えないそれは、本来は何の目的で常に携帯されているのだろう?

「・・・餌付け、かな。」

 首を傾げた彼に私も同じように首を傾げるしかなく、困ってしまうとそれを助けてくれるのは大抵彼と一緒にいる男の人だ。

 その人は軍服を着ていて、彼の倍くらいは年上に見える。けれど、話し方からするとその人は彼の部下のようだった。

「すまんな。悪気はないんだ、もらってやってくれないか?」

「でも、いつももらってばかりで・・・・・。」

 お返しに何かと思うけど、私は何も持っていない。

 朝食のパンなら食べずに残しておけるけど、それはこの身なりのいい綺麗な人にはきっと失礼だろう。

 

 考え込んでいると、彼は私が一度受け取った包みを手にとって封を開けた。

 中のクッキーをひとつだけつまんで、私の口元にもってくる。

 そんなにまでして食べて欲しいのかと驚いたが、後ろに控えている男の人もびっくりした顔をしていた。

 何度もクッキーと彼の顔を交互に見るが、彼は微笑むばかりで一向に引く気配がない。

 仕方がないので、私は一歩引いて控えめにクッキーを受け取り、口の中に入れた。


 甘い味が口の中に広がって、思わず頬がゆるむ。

 それを見ていた彼は満足そうに笑みを深めて、封をしなおした包みをまた私の手に握らせた。

 そして、ポンポンと頭を2回叩いて離宮のほうへと歩いていった。

 後に続く男性も自然な笑みを私に向けると、軽く手を上げて挨拶して彼に続いた。


 それにしても、この離宮は王が許可した男性しか入れないと聞いたのに・・・。

 こんなに頻繁に入ってくるなんて、彼は何者なのだろう??


 

 

「フィリス、あなた明日休みだから。」

 夜、自室で文字の勉強をしていると、マーサがノックもせずに入ってきていきなりそう言った。

「休み?」

「そう!ほらこれ、侍従長から私の分と一緒に預かってきたから。」

 そう言って手渡されたのは、重みのある茶封筒だった。

 中を見ると、何枚かの銀貨が入っていた。

「あなたのお給料よ。これでパーッと遊んでらっしゃい!あ、私も明後日休む予定だから、よけいな心配しないでいいんだからね!」

「・・・ありがとう、マーサ。」

 初めてもらうお給料に、私は一気に気分が高揚した。

「今日はもう勉強せずに、さっさと寝ること!いいわね?」

 頷くと、マーサはいきなり私に抱きついた。

「も~っ、可愛いわね!ほんと小動物みたい!」

「く、くるしいよマーサ。」

「あっ、ごめんね!じゃあフィリス、お休みなさい。」

 マーサはそう言うと、入ってきた時と同じように慌しく出て行った。

 

 

 次の日の朝、私は扉が開く音に起こされた。

「フィリス、朝よ!ほら起きて!」

 布団を剥がされ、ぼんやりした頭で無理やり体を起こす。

 いつもより起きる時間が早い気がするが、マーサはもう侍女の服を着ていた。

「今日はこれ着ていきなさい。あなた、他にまだちゃんとした服持っていないでしょう?」

 そう言ってマーサがクローゼットから取り出したのは、以前マーサが買ってくれた白いワンピースだった。

 勢いに押されて着替えると、今度は手を引っ張られて連れて行かれた。

「忘れ物はない?お金もちゃんと持った?」

「う、うん。大丈夫。」

「よし!案内役を頼んどいたから。」

「案内役?」

 庭園を抜けた所で待っていたのは、軍服ではなく私服を着たジルだった。


「おはよう、フィリス。」

「・・・お、おはようジル。」

 挨拶をしてマーサを見ると、マーサはニヤニヤとした顔で笑っていた。

「じゃあジル、あと頼んだわよ。」

 ジルが頷くと、マーサは私に手を振って戻っていった。


「マーサと相談して、俺とフィリスの休みを合わせてもらったんだ。」

 ジルは自然に私の手を取ると、ゆっくりと歩いた。

「フィリスに見せたいものが、たくさんあるんだ。今日一日じゃ足りないくらい。」

 その言葉が嬉しくて、私は少しだけ繋がれた手に力を込めた。

「ねえジル、私にお金の使い方、教えてくれる?」

「ああ、もちろんだ。」



 

 朝早かったせいもあるのか、城の門を出るまで特に誰にも会わなかった。

 以前通ったときは夜も遅くてよく分からなかったが、帝都は今まで見たどの街よりもすごかった。

 道は綺麗に舗装され、街路樹も植えてある。

 建物がひしめき合う様に立ち並び、建物と建物の間は本当に僅かな隙間しかなかった。

「まずは腹ごしらえをしよう。」

 そう言ってジルが最初に連れて行ってくれたのは、可愛らしい感じのする食堂だった。

 中に入ると、ジルがメニューを見て注文してくれた。

「マーサに字を習ってるって聞いたけど、どれくらい読めるようになった?」

 待っている間、ジルはそう言って私にメニューを見せた。

 指で指された部分をたどたどしく読み上げると、ジルは満足そうに頷いた。

「短い時間で覚えたにしては、上出来だ。書くのはともかく、まずは読むことが大切だ。」

 神妙に頷くと、ジルは料理が運ばれてくるまで飽きずに私に字を読ませた。


 しばらくすると、甘い香りのするパンとお茶が運ばれてきた。

 白いクリームがパンの上に乗っていて、とてもおいしそうな香りだった。

「食べてごらん、おいしいよ?」

 そう言ってニコニコするジルが黒髪黒目の彼と重なって、私はかなり微妙な顔で頷いた。

「どうした?」

「うん・・・最近ね、私によくお菓子をくれる人がいて・・・・・。」

 今の顔がその人にそっくりだったと言うと、ジルはびっくりしたように目を見開いた。

「黒い髪と黒い目をしていて、ジルと同じくらい背が高いの。その人も魔術師みたいなんだけど・・・そんな人の事知ってる?」

 もしかして、同じ魔術師だったら知り合いなのかも知れない。

「うん?ああ、まあ・・・知っているといえば知っているかな。」

 珍しく歯切れの悪いジルに首をかしげるが、ジルは苦笑してそれ以上は何も教えてくれなかった。

「ほら、温かいうちに食べた方がいい。」

「うん。いただきます。」

 ジルが話さないという事は、私は知らない方がいい事なのだろう。

 そう考えて、私はパンを口に運んだ。

「おいしい!」

 そのパンは溶けるようにやわらかくて、甘くておいしかった。


「ジルは食べないの?」

 ジルの方にはお茶が置かれているだけだった。

「俺は軽く食べてきたから。」

 私はパンを小さくきると、フォークに乗せてジルの方に向けた。

「じゃあ、少しだけ。」

 こんなに美味しいのだから、ジルにもやっぱり食べてもらいたかった。

 固まるジルに、食べかけは嫌だっただろうかと不安になる。

「ありがとう、もらうよ。」

 けれどジルはすぐに元の柔らかな笑顔に戻ると、少しだけ身を乗り出してパンを口に入れてくれた。



 それから日が暮れるまで、ジルと二人で街を歩き回った。

 ジルに値札の読み方やお金の数え方を教わって、一人で買い物をすることも出来た。

 日ごろのお礼を込めて、マーサには小さな花の絵が描かれたカップを買った。

 今度会えたら渡せるように、黒髪の彼用にいろんな種類の飴が入った小さな小瓶を買った。

 あんなにお菓子ばかりくれるのだから、きっと彼もお菓子が好きなのだろう。

 オリヴィアには・・・散々悩んで、いい香りのする便箋を買うことにした。実家に出す手紙の紙は城から支給されるが、真っ白なただの紙しかない。

 残るものでもないし、最低嫌がられはしないだろう。


「結局自分のものは何も買ってないみたいだけど、いいのか?」

 日も暮れ始めた頃、ジルと私は城に向かって戻り始めた。

「うん。自分のものって言っても、特に思いつかないし・・・。ジル、今日は付き合ってくれてありがとう。」

「どういたしまして!俺も、今日は楽しかったよ。」

 後半は独り言のようにも聞こえたが、それだけに本当にそう思ってくれてるような気がして嬉しかった。


 庭園の入り口まで来ると、ジルは私の手を離した。

 それに急に寂しくなったけど、なんとか顔には出さずにすんだ。

「ジル、これ・・・もらってくれる?」

 紙袋から小さな袋を取り出すと、ジルは驚いたようだった。

「・・・開けてもいいか?」

 頷くと、ジルは丁寧に袋を開けた。

 ジルのために選んだのは、シンプルな万年筆だった。色々悩んだけれど、これならあっても困らないだろう。

 この程度のものでこれまでのお礼になるとは思えなかったけれど、少しでも気持ちが伝わればいいと思った。

「ありがとう、フィリス。大切に使うよ。」

 

 ふいにジルが私の肩に手をのせた。

 ゆっくりと顔が近づいてきたと思ったら、頬に何かやわらかいものが当たった。


「お休み、フィリス。」

 

 それからどうやって自分の部屋に帰ってきたのか、全く覚えてなかった。

 気が付いたら自分の部屋にいて、床に座り込んでいた。


 自分の頬に触れたものを想像して、顔に熱が集まるのが分かった。

 

 ・・・・・ジルは、どうしてあんな事をしたのだろう?


 頭を冷やそうと顔を洗ってみたが、さっきの光景が何度も頭の中に繰り返されてしまう。

 

 今日は、なかなか眠れそうになかった。

    

 

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