第9章 青い花
この離宮では、現在7人の花嫁候補が生活していた。
最大で10人分の部屋が用意されていて、残りの部屋も近日中に埋まる予定らしい。
城に着いた翌日、オリヴィアは竜王様と謁見した。
短い時間だったけれど、部屋に戻ってきたオリヴィアはボーっとして何度もため息をついていた。
きっと、オリヴィアは竜王様の事が好きになったのだろう。
「竜王様には、次はいつお会いできるかしら?」
それから日に何度もそう言っては、白い頬を鮮やかに染めている。
オリヴィアの気持ちはよく分かった。
私も、毎日同じ様な事を考えていたから・・・。
すぐにまた会えると思っていたジルとは、城に入ったあの日以来会っていない。
慣れない仕事を覚えるのに必死で、毎日気がついたら夜になっている。
それでも疲れた体をベッドに横たえると、眠りにつく前に頭に思い浮かぶのは、決まっていつもジルの顔だった。
ジルが言っていた通り、城についた翌日にはマーサの隣の部屋が私に与えられた。
部屋に入るとベッドにはフカフカの布団が用意されていて、カーテンは淡い黄色。
柔らかな真っ白な絨毯が敷かれ、炊事場の棚には最低限の食器も入っていた。
「こんなものまで支給されるの?」
目を丸くする私に、マーサも不思議そうに首をかしげた。
「さあ・・・?布団とカーテンは、最初から備え付けられているものだけど・・・でも、業者からまとめて買ってるものとは違うみたい。前の人がみんな置いていったのかしら?」
故郷から花嫁候補たちに着いてきた侍女達は、一年経つと花嫁候補と一緒に故郷に戻る。
その時に持ってきたものや自分たちで買ったものは持ち帰るのだが、たまに面倒で置いていく人もいるらしい。
「いいんじゃない?かなり質も良さそうだし、遠慮なく使わせてもらったら?」
なんとなくその一言で話が落ち着いて、部屋にあるものは取り合えず使わせてもらうことにした。
そして城についてから半月が経ち、離宮には10名の花嫁候補たちがそろった。
「やっぱり、会う時間が長い方が印象に残りやすくなっちゃうでしょう?だからその年の花嫁候補が全員あつまるまでは、竜王さまは離宮にはいらっしゃらないことになってるの。」
この日マーサはいつにもまして元気が良かった。
「そりゃあそうよ!私たちの仕事は、これからが本番なんだから!いい?今日のお茶会はとっても大切なのよ?今後竜王様がオリヴィア様の所に通ってくださるかどうかは、今日にかかってるんだからね!」
今日は、午後から庭園でお茶会が開かれることになっていた。
10名の花嫁候補達と竜王様が親睦を深めるために、定期的に行われるらしい。
「マーサ、ちょっといいかしら?お茶会の服なんだけど・・・。あら、フィリス。ちょうど良かった。あなたに頼みたい事があったのよ。」
朝食の片づけをしていると、オリヴィアが顔を出した。
オリヴィアの部屋にも炊事場はついているけれど、食事は城の厨房まで取りに行けば用意されている。ただ、食器を返却するときはちゃんと洗っておかなければいけなかった。
「なんでしょうか、オリヴィア様。」
慣れない敬語と呼び方にも、ようやく慣れてきた。
城に来てからのオリヴィアとの関係は、おおむね良好だった。
相変わらずほとんどの用をマーサに頼むけれど、それはマーサの方がプロなのだから当然のことだと思う。
あの日は、きっと情緒不安定だったのだろう。
「庭園に咲いている、青いバラの花をもらってきて欲しいの。めったにない色だから、1本だけでもいいのよ。お茶会のテーブルに飾りたいの。いいかしら?」
「もちろんです。食器を片付けたら、帰りに探してきますね。」
青いバラなんてあっただろうか?これまで何度も城と離宮の間を行き来してきたけれど、覚えていない。
けれど、別に庭園の花をすべて調べて回ったわけでもない。探せばきっとどこかにあるだろう。
「オリヴィア様、青いバラなんて私は見たことがないのですが・・・それに、もうこの季節ではバラ自体咲いていないかも知れません。」
マーサが戸惑うように言葉を挟んだ。
それにオリヴィアは微笑んで、
「昨日窓の外で誰かが話していたのよ。だから、大丈夫。場所までは話してなかったから、少し探してもらわないといけないけど・・・。」
少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「かまいません。今日は大切な日ですから。」
「そう?ありがとう。お茶会が始まるまでに探してもらえたらいいから、急がないでいいのよ。」
「はい、オリヴィア様。」
マーサが心配そうに私を見たが、私は大丈夫だと笑ってみせた。
本当は庭師の人に聞くのが一番早いのだけれど、彼らは朝早く作業をして朝食を食べる頃には帰っていってしまう。
私は厨房に食器を戻した後、ゆっくりと歩いてバラを探した。
誰かに聞きたいけれど、今日はお茶会の準備で忙しいのか誰も外には出ていないようだった。
しばらく歩き回ってみたが、バラの花自体見当たらなかった。
オリヴィアは昨日聞いたと言っていたが、その人たちがもうみんな持っていってしまったのだろうか?
私は少し考えて、庭園の端から順番に探していくことにした。
日が高くなるにつれ、だんだん足が速くなる。早くしなければ、お茶会に間に合わなくなってしまう。
せっかく、オリヴィアが私にくれた仕事なのに・・・。
「探し物は何かな?」
突然声をかけられて、私は驚いて顔を上げた。
前の方に男の人が立っていた。
背の高い、黒髪黒目のとても整った顔立ちの人だった。
軍服によく似た真っ黒な服を着ている。
「さっきから、ずっとこの辺を歩いていただろう?」
その人は近くにくると、少しだけ腰をまげて私を覗き込んだ。間近に見ると、本当に綺麗な人だった。
どんな両親から生まれてきたら、こんなにも完成された美しい顔になるのだろうか?
「話してごらん?力になれるかも知れないよ?」
・・・この人は、本当に人間だろうか?
けれど、せっかくこう言ってくれているのだから聞くだけ聞いてみてもいいだろう。
「あの、青いバラの花をどこかで見ませんでしたか?」
そう言うと、その人は軽く眉を上げて首をかしげた。あごに手をあてて考えこむ姿がジルによく似ていて、私は胸が苦しくなった。
「もうバラの時期でもないからな。しかも青いバラとは・・・それは、君の主の希望かな?」
頷くと、その人は納得したように頷き返した。
「バラはもう咲いていないだろう。代わりに違う花では駄目か?」
その言葉に、私はうなだれた。
仕方のないことかも知れないが、オリヴィアに頼まれた仕事を満足にできないことが辛かった。
「・・・では、これではどうかな。」
その人は私の様子を見て、近くにあった花を一本手折った。名前は知らないが、白い可愛らしい花だ。
「青い花というのは、もともと少ないんだよ。この花も、種類は多いが青い色はない。」
そう言いながら、その人は手折った花の上に手をかざした。
すると、見る間に白い花が青い色に染まっていった。
あまりの事に驚いて何も言えないでいる私に、その人はクスリと笑うと青く染まったその花を差し出した。
「持って行くといい。これなら、バラでなくとも君の主ががっかりすることはないだろう。」
「・・・ありがとうございます。」
この人も、ジルと同じ魔術師なのだろうか?
「気をつけてもどりなさい。それから、ここで私と会ったことは絶対に誰にも話してはいけない。いいね?」
「・・・?分かりました。本当にありがとうございました!」
私は頭を下げると、駆け足でオリヴィアの部屋に戻った。
部屋に戻って花を見せると、オリヴィアとマーサは目を丸くした。
「こんな色の花、庭園にあったかしら?」
マーサは本気で不思議がって、オリヴィアは笑顔の中に複雑そうな表情を見せた。
「ありがとうフィリス。とっても綺麗ね。疲れたでしょう?昼食の時間まで、部屋で休んでいていいのよ。」
「・・・はい。」
別に休まなくてもぜんぜん良かったけど、そう言うとまたオリヴィアが困った顔をするような気がして、私は素直に返事をした。