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友情はありがたい

動揺を隠しきれない僕を見て、端島がなだめるように言った。


「どんな関係の子か知らんが、あんまり無茶するなよ。怪我なんかしやがって」


僕は伊香保さんがいつあの場所にやってきて、何をして、何を見たのかが気になってたまらない。端島は何かを知っているだろうか。こいつは彼女と話をしたんだ。きっとこいつから彼女の聞けるに違いない。くそっ、それにしてもうらやましい奴め!


「おい、端島!」


「な、何だよ! びっくりした、突然大声出すなよ」


「その子、どっちから来た? どんな様子だった?」


僕は矢継ぎ早に質問を投げかける。体をどんどん乗り出して、ベッドから落ちそうになっているのにも気づかずに。端島は僕の両肩に手を乗せて、ほんの少し押し返した。


「まあ、まあ、落ち着けって。あの子なあ……俺もあんまり気にしてなかったから、どっちから来たかよくわかんないな。いや、突っ立ってたような……」


「そ、それで!」


「ええと……うーん、普通だったなあ……普通っていうか無愛想っていうか」


「僕が怪我したってこと、知ってたか?」


「いや、どうだろうな。焦ってるようには見えなかったけどな。いや、でもあっという間にいなくなったよなあ。走って帰ったのかな」


端島からの情報を総合しても、僕が知っている伊香保さん以上の振舞いは全く出てこない。結局、彼女はあの時何をしていたんだ?


「なあ! 何でそこにいたのか、訊かなかったのかよ?」


僕はだんだんイラついてきて端島にさらに質問を投げかけた。


「訊くわけないだろ! 全然知らない人間にそんな事訊けるかよ!」


端島ももううんざりしたような顔をしている。こいつは何も悪くないんだ、いや、むしろ命の恩人だ。大げさかもしれないけれど、こいつがいなかったら僕はいろいろな意味で絶望に飲み込まれていたんだ。感謝すべきなのに、鬱積した思いをぶつけてしまった事を僕は恥じた。


「……まずはしっかり治せ。治ったら俺も協力するからさ」


端島は僕よりもずっと大人だと感じた。僕の焦りや憤りを全てお見通しなのかもしれない。そのまま僕に背中を向けると、右手を上げて手を振った。


「じゃあな、学校でまた、な」


「ああ……ありがとな」


端島はそのまま病室を出ていった。あとに残った僕は沈みゆく夕日を見ながら橋げたの風景を思っていた。今日は伊香保さんは来ているだろうか。夕日のきれいなあの場所に。集うことのできない僕に失望してはいないだろうか。もう倶楽部を解散してしまおうなんて考えているんじゃないか。そしたら、もう二度と彼女には会えないのか。そんなの嫌だ。ベッドにもぐりこんでいると、悲観的な思いばかりが膨らんでくる。


「早く治れよ、脚のやつ」


~~


退院しても支障なく歩けるというわけじゃない。自転車はしばらく乗れないし、一本とはいえ松葉づえの世話になる必要もあった。もっとも、つえが本当に必要だとは思えない。僕はゆっくりとならもう普段と同じように歩けるんだ。松葉づえは保険のようなものに過ぎない。

それでも、つえをついて再び登校する僕は衆目の的となり、ある連中は同情の目を、そして他の連中は侮蔑の目を僕に向けるのだった。


「端島が本当の事隠してくれて、本当に良かった」


僕はほっと胸をなでおろした。廃墟で怪我なんて、格好悪いなんて以前の問題だ。当然好奇の目にさらされたに違いない。


「やっ、災難だったわね」


後ろから元気のいい声がした。


「は、はぁ。まったくです」


僕は振り返る。兵庫先輩は以前と変わらず僕に屈託のない笑顔を見せてくれていた。


「どう? まだ痛むの?」


「いえ、そんなには……もうほとんど治っているんですが」


「そう、よかったわ。でも無理はダメよ。完全に治るまで、活動を休んでてもいいわ」


「はぁ……」


活動というのは、兵庫先輩が部長を務める地学部の天体観測の事だろう。僕は一度しか行った事がない。それも兵庫先輩に無理やり引っ張られて行ったたようなものだ。休むも何も、活動に参加するなんてひと言も言ってない気がするけど。


「じゃあね!」


兵庫先輩は元気に校門の方に走って行った。相変わらず元気な人だ。あんな人が、本当に部費を強欲にせしめているんだろうか……。


~~


「よう、復活だな」


端島が僕の席に寄ってきた。


「ああ、あの時はほんとありがとな」


「ああ、いいさいいさ。それよりもさ」


端島がニタリと笑いながらさらに顔を近づける。


「いいのかよ、もう浮気か?」


「は?」


何を言っているのかさっぱりわからない。端島は薄気味悪い笑みを保ったまま、声をひそめて言った。


「金色彗星と野原の子と、迷ってる。そうだろ?」


金色彗星? ああ、兵庫先輩か。……って、おいおい!


「まだ兵庫先輩の話を引っぱってんのかよ!」


「だってさ、お前、すごく親しそうじゃんかよ、金色彗星と。今朝も見たぞ。お前が仲よさそうに話してんの」


「……はぁ」


僕はため息をついた。伊香保さんの事であれだけ必死になっている僕を見ていながら、なぜそこで兵庫先輩が出てくるんだ? こいつは鋭いのか鈍いのか、ちっともわかりゃしない。


「……兵庫先輩の事は全く関係ない。いいな。忘れろ」


「ほう? じゃあ野原の子にしぼるのか」


そもそも兵庫先輩が気になった事なんか一度もないが、まあいい。端島には僕が伊香保さんを気になっているという事がばれてしまったが、こいつも彼女に会っているんだし、いつまでも隠していても仕方がない。間違いなく一方的な想いだろうけれど、それでもいいんだ。僕は一つの決意をしていた。


「あの場所に行かなきゃ……」


そうつぶやきながら、僕は窓の外を見た。さわやかな青空が広がっていた。


~~


放課後、どうやら僕は思いつめた顔をしていたらしく、端島が心配そうに僕に話しかけた。


「おい、行くのか?」


「ああ、行く」


「今日はやめとけよ、あんまり無理するとまた怪我するぞ」


「……一刻も早く会っときたい」


「………………」


僕の覚悟を見て取ったのか、端島はしばらく腕組みして考えた後、決心したように言った。


「よし! 俺が連れてってやる! お前のその脚じゃ自転車で行けんだろうしな」


「お前が? あそこに?」


「気にすんな! 子守りだと思ってくれりゃいいんだよ!」


子守り……って……。だけど、こいつに一度あの場所で助けられている以上、僕は何も反論することはできない。それに、こいつはこいつで、僕の事を心配してくれているんだとわかる。こいつはそういう奴だ。


「そのかわりさ、ちょっとでいいからあの子の事、教えてくれよ」


「伊香保さんの事……そうだな……」


僕は、入院していた時から、いつか夕暮れ廃墟倶楽部の事を端島に話すつもりでいた。だけど、今、まさに話そうとしていた時に、ある重大な事に気付く。そういえば、あの場所は僕と伊香保さんだけの秘密だったんだ。そう言い出したのは僕自身だ。なのに今、僕はそれを自分から破ろうとしている。どうしたらいいんだ。


「おい、どうしたんだよ」


端島がいぶかしげな顔をしている。僕は悩んだ。こいつに洗いざらい話してしまっていいものか。話してしまったら、伊香保さんは怒って来なくなってしまうだろうか。端島は廃墟が好きな性格にはどうしても見えない。そんな人間に話してしまうのは……うーん。


「ええい、もう! 彼女に訊け!」


僕は端島に橋げたまで付いてきてもらうことにした。こいつはすでに僕を助けるために一度あの場所に行っている。その事は伊香保さんも知ってるんだ。何より、端島に僕に居場所を教えたのは伊香保さん自身だ。それはつまり、端島はすでに両者共に認める倶楽部の関係者だって事じゃないか?

僕の先走った考えかもしれない。ただ、それを確認するためにも、もう一度こいつを伊香保さんに会わせたい。彼女との事に関してもうすっかり自信を失くしてしまっていた僕には、この心強い友人、端島の力を少しでも借りたいという下心もあったに違いない。


「そうか。よし、決まりだな。俺は自転車取ってくるから、校門で待ってろよ。後ろに乗っけてやるから」


下駄箱置場からゆっくりと校舎を出た後、僕は日が傾き始めた空を見ながら校門に向かって歩いていた。今日はきれいな夕暮れが見られそうだ。だけど、彼女は来ているだろうか?

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