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星空は綺麗

「ほら、きれいだろう。ここは空気が澄んでるからね」


白石先輩は星にとても詳しいらしく、僕に熱心に天空に輝く星座たちの説明をしてくれた。こんな状況、女の子ならウットリして白石先輩の肩に思わずもたれかかるところだろう。僕は当然、そんな事はしない。


「もう少ししたら、流星群もやって来るんだ。すごいぞ……」


だけど僕は、別のことを考えていた。手元にある星座盤をじっと見つめながら、夕方の事を何度も何度も思い返してはため息をつく。


「ちょうど星座の位置する方向から降るから、その名が付くんだ……」


白石先輩は僕の態度には気付いていないのか、夜空を見上げながら滔々と説明を続ける。僕はあいまいに相槌を打つのみ。


(僕、何かまずい事やったかなぁ……)


ふわりと揺れるスカートに見とれてしまったのを気付かれたんだろうか。いや、名前を聞いたのがまずかったのか……。でもなぁ、名前くらいで……。


「……さて、どうかな?」


白石先輩がひと通り説明を終えて僕の方を向いた。


「え、ええ……面白いです」


「そうか、ふふ、よかった」


白石先輩は満足したような笑顔で望遠鏡の方に向き直る。この人、ほんとにかっこいいな。


「じゃあ、難しい話はこれくらいにしようか。ただ楽しんでくれればいいんだ」


望遠鏡を覗くように促され、僕はレンズに目を近づけた。


「……わぁ」


宝石箱をひっくり返したような溢れるばかりの輝きが、そこにはあった。


「星団だよ。実際に見ると、圧倒されるだろう」


「ええ、ほんとに」


さっきまでのわだかまりはどこかに吹き飛んでしまい、僕は熱心に眼前に広がる光の明滅を見つめた。


~~


「また、来るわよね?」


兵庫先輩が帰り際に訊く。


「え、ええ、まあ、気が向いたら……」


「来るってことね!」


数冊の本とノートを整えながら、兵庫先輩は嬉しそうに叫んだ。


「いや……ええと」


「おいおい、まぁや。あんまり強引に誘うなよ」


後ろから来た白石先輩が、僕の肩越しに兵庫先輩に言った。


「また! その呼び方!」


「あ、いけない。あはは、ごめんごめん」


「今度呼んだら、罰金もらうわよ!」


兵庫先輩は地面にしゃがみ込んで、道具を片付けている。


「でもまあ、兵庫部長じゃないけど、また来てくれたら、嬉しいよ」


白石先輩が僕の肩をポンと叩く。


「はぁ……」


この天体観測は、僕にとってもそれなりに面白くはあった。ただ、再び来る気になるかといえば、それはちょっと怪しい。


「……悩んだら、星を見るのが一番の解決法さ」


白石先輩がぽつりと言った。


「え?」


「何か、悩んでるんだろう。ため息ばっかりついてたよ」


何だ、ばれていたのか。


「星座盤を見ても元気にはならないけどね。ほら、見てみなよ」


腕を大きく広げた白石先輩につられて、僕は思わず空を見上げる。


「………………」


言葉を失う僕。星の大海だ。目が暗闇で慣れたせいか、無数の星がまるで僕にのしかかってくるかのように感じられる。ぽかんと口を開けたまま、しばらく動くこともできなかった。


「やっぱり星は本物さ。心配なんて、ちっぽけに感じられるだろう?」


「はい」


「さあ、これからも僕と星空のランデブーを続けてみないか」


「……あんた、最後のは余分よ」


下の方から声がして地上に目を移すと、兵庫先輩が振り返って僕たちを見ている。


「あ、いやあ、つい……いつものくせで」


頭をかきながら照れ笑いする白石先輩。兵庫先輩はヤレヤレという様子で僕に言った。


「白石、こうやっていつも女の子を勧誘してるのよ」


「あ、そうですか」


確かに、こんなに背の高くてかっこいい人に満天の星空の下で誘われたら、断れる女子生徒はまずいないだろう。こんな風に誘えるなんて、白石先輩がつくづくうらやましい。僕がやったら……どうだろうな。


「私は部員が増えるのはいいことだと思うけどね。ただ、あの子たち、星なんかちっとも見てないんだから」


「まあ、いいじゃないか。きっかけは人それぞれさ」


白石先輩が兵庫先輩をなだめる。


「部長が厳しく当たるから、誰も残らないのが難点かな」


「あんた! ここはデートする場所じゃないのよ!」


「わかった、わかったよ。悪かったよ、はは」


ほんとに元気な人だなあ、兵庫先輩。


「でも、絶対にモテるでしょうね、白石先輩って」


「ほんと、何でこんなふうになっちゃったのかしらねぇ」


兵庫先輩がため息交じりに言う。どういうことだろう。


「先輩、彼女とかいるんですか?」


「僕かい? いるよ。あそこにいるんだ」


白石先輩が空を指さした。空に?


「おとめ座。僕の彼女さ」


舞台役者のように大げさに言う先輩。


「は? はぁ……」


「真珠の異名を持つスピカ、淡く光を放つ大銀河団、見るものを虜にする暗黒帯のソンブレロ……」


先輩はうっとりとした表情で語り続ける。まるで詩でも読み上げているかのようだ。


「ああ、この季節、君はなかなか姿を見せてくれないのだ」


「………………」


「それも、こいつの持ちネタなのよ」


兵庫先輩が冷酷に言い放った。


「男子にまで使うんじゃないわよ、白石ったら」


「何だよ、いい所だったのに」


白石先輩は素に戻って、兵庫先輩に笑いかけた。


「まぁや、美しく輝く天空の乙女にも匹敵する女性は、地上では君ぐらいだよ」


「やめてよ! その呼び方! そういう言い方も! 罰金百億千万よ!」


兵庫先輩は手に持っていた分厚い本を振り上げて白石先輩に投げつけるしぐさをした。


「ははは! 嫌うなよ!」


この二人。仲いいな。付き合ってるのかな……。


~~


「おいおい、どうしたどうした」


「なんだ、端島か」


「昨日ニヤついてたと思ったら、今日はため息かよ」


次の日になっても、廃墟での伊香保さんとのやりとりのことが気になっていた。星空のもとで吹っ飛んだと思われた悩みは、太陽が昇るとまた僕の元に戻ってきたのだった。いくら空が雄大だといっても、僕はしょせん地上にへばりついて生きる平凡な一学生だ。


「はは~ん、フラれたな」


「ふ、フラれてはいない! まだ!」


「……やっぱりそうか」


端島がニヤッと笑った。


「お前に好きな子ができた、って俺の勘は当たってたわけだ」


しまった! 自分の間抜けさに腹が立つ。


「よし! 相談に乗ってやる!」


こいつは何を言い出すんだ。モテなさ加減は僕もこいつも似たようなもんだ。こんな端島がどうやったら僕の恋の相談に乗れるのか。僕はうんざりしながらその申し出を断った。


「何だよ、せっかく人が心配してやってんのに」


お前の場合、ただの下衆心だ。


「まあ、押せよ。行くときは一気に、な。マシンガントークで口説き落とせ!」


端島は親指を立てて僕の前に突き付けた。こいつは知らないけれど、夕暮れ廃墟倶楽部では相互介入は禁止だ。少なくとも、彼女はそれを嫌っているように見えた。


「そんな子じゃないんだよ……」


ぼそっとつぶやく。


「ほう。じゃあ、あれだ。行動で示せよ!」


「行動?」


「カッコいいところを見せるんだよ!」


廃墟で僕の何を見せるというんだ。まったく、こいつとはとことん話がかみ合わない。


「わかった、わかったよ……ありがとな、アドバイス」


僕は端島を適当にあしらい、机に突っ伏した。突っ伏しながら考える。今日、会えるだろうか……来てくれるだろうか……。


「またね」


あの子は昨日、帰り際にそう言った。来るさ。来たら、もうちょっとうまく会話できるように頑張ってみよう。よし、今度こそは。僕は不安と期待の入り混じる奇妙な気分で、授業もそっちのけに放課後になるのを待った。

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