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光明は意外にも

~~


「端島」


「おう! 行くんだろ?」


「お前も同じこと考えてたみたいだな」


翌日の昼休み。僕と端島は連れだって一年生の校舎へと向かう。羽幌さんの事がどうしても気になっていたのだ。

昨日、あの後の僕と端島はがっくりと肩を落とす兵庫先輩にかける言葉も思いつかず、大丈夫だからと微笑む白石先輩にその場を任せて二人でそそくさと地学準備室を立ち去ってしまった。新しい望遠鏡に必要な金の工面は今日の放課後にまた考えるとしても、恐らく地学部の生殺与奪を握っているであろうあの無愛想な少女、彼女にどこまで知っているのかを確かめておく必要があった。


少なくとも僕と端島はそう考えたのだ。


「ああ、留萌ちゃんね。詳しいことは知らないけど、君たちの下級生だよ。まぁやも僕も地学部に誘ったことがあったけど、その時はもう鉄道愛好会に引き入れられてたんだ。惜しい事したなぁ」


昨日、白石先輩はそう言っていた。


「あ、あのさ、羽幌留萌さんって子、知らない?」


一年生の校舎までやって来ると、廊下を歩いている女子生徒を呼び止めて訊いてみる。


「え……いや……」


僕が羽幌さんの名前を出した瞬間、女子生徒が怯えたような顔をした。そのまま何も言わずに走っていってしまう。


「………?」


端島と顔を見合わせる。端島が別の一年生を捕まえて同じ質問をすると、やっぱり反応は同じ。どうなってるんだ。


「……中庭……私が教えたって……言わないでください……」


何人もの生徒に訊いて、ようやく居場所を教えてくれる生徒に巡り合う。その子は消え入りそうな声で僕たちに情報を告げると、やっぱり走って逃げていってしまった。


「……そうとう恐れられてるな」


「まあ……わかる気がするわ」


僕と端島はそんな事を話しながら中庭までやって来る。大きな木の下に羽幌さんは独りでたたずんでいた。


「あの、地学部の部員なんだけどさ、昨日会ったの、覚えてる?」


僕が恐る恐る話しかけると。


「はい」


彼女はこちらを見ることもなく、そっけなく答えた。どうやら昼食を取っている最中のようだ。彼女のひざに乗せられた筆箱かと思うほど小さな弁当箱に、色とりどりのおかずが並んでいる。


「すごくうまそうだな、それ」


端島が羽幌さんの弁当を見てそう言うと。


「自分で作っています」


「へ、へえ……そう」


「おいしいです」


「ふーん」


何だか予想外な反応をする。少なくとも嫌がられてはいないようだ。僕は単刀直入に訊いてみることにした。


「昨日の事、ちょっと気になってさ。君がどこまで知ってるのか、って。兵庫先輩が望遠鏡を売りたがってるって、何でそう思ったの?」


「だって、先輩は大口径の新型望遠鏡購入の代金が必要なのでしょう」


「……君、そこまで知ってるなんて……」


僕は改めて驚愕する。この子、一体何なんだ……。


「お前、どこからその情報を仕入れたんだよ!」


端島が興奮したように大声を出す。周りが気になってしかたがない僕は、端島を必死になだめた。


「まあ落ち着けって、端島」


「兵庫先輩を見ていればすぐに分かります。誰にでも」


「いや、そうかなあ……」


僕たちには分からなかった。様子がおかしいことに気づいてはいても、望遠鏡の事まではさすがに分からない。


「それで、他に知ってることは?」


「どういう事でしょう」


「いや、新しい望遠鏡を買う理由とか……さ」


「天体観測のためでしょう。違いますか?」


「ま、まあ……そうだけどな……」


小惑星の事も知っているのか知らないのか、どうやって探ればいいのか僕たちには分からない。もし彼女がそれを知らなかったら、下手に話を掘り下げるとこちらから情報を与えてしまいかねない。

羽幌さんは僕たちの方を振り向くこともなく、弁当箱の中身を箸で一口ずつ小さな口に運んでいる。


「うーん」


この少女はどこまで不可思議なんだ。その時、この子を少し試してみたいという衝動が僕の中に湧きあがってくる。


「な、なあ。備品を売る以外になんとか金を工面する方法、ないかな……なんて」


昨日の羽幌さんなら、兵庫先輩を追い詰めようとすればできたはずなんだ。なのに彼女はそうしなかった。いや、途中からはまるで兵庫先輩に助け舟を出すかのような発言さえしていた……少なくとも僕にはそう思えたんだ。ただの勘違いかもしれないけど。


「……おい、お前、何訊いてんだよ……」


端島が僕を睨む。わかっている。こんなことを訊くのはバカげてる。この子はただの部外者、しかも僕たちの後輩だ。だけど。


「可能性はあります」


「……へ?」


彼女の答えはまたしても予想外のものだった。


「方法は二つ」


「ふ、二つも……あるのか……」


「……おい、この子、信用できるんだろうな」


「知らないよ、でも聞くだけなら別にいいんじゃない……か?」


ひそひそと話す僕と端島に構う事もなく、彼女が話を続ける。


「この街でかつて鉱山鉄道が走っていたことはご存知ですか?」


「知ってる……橋げたが残ってるから」


僕にとっていろいろな意味で思い入れがある橋げたが。


「その駅舎が、現在閉山となった鉱山、その精製場の隣に今でも残っています」


「……うん」


「駅舎跡の待合室、かつてそこには書庫が置かれていました。鉄道は頻繁にやってくるわけではなかったので、時間を潰すための一種の図書館のような役割を果たしていました」


「よく知ってんなあ……」


端島が感嘆の声を上げた。僕には話が一向に見えてこない。


「あの……それと望遠鏡の費用に何の関係が……」


「百年近く前から走る鉄道です。その書庫も古い書物が多く、今では非常に貴重とされる本もありました」


「………………」


ここまで言うと羽幌さんは弁当箱を閉じ、僕たちのほうに向き直った。真っ直ぐに僕たちを見つめる瞳は、幼さを感じるのに何もかも見透かすような深みを持ち、僕はその漆黒の闇に飲まれるような錯覚を覚えた。この色は榛菜さんのものとも兵庫先輩のものとも全く違う。


「戦前の漫画『のっくろ』についてお聞きになったことはありますか?」


「いや、知らないけど」


「老若男女に関わらず、大衆、すなわち鉱山労働者にも人気を博した漫画です。発禁処分を受け、その多くが逸失し、再販もかなわず、永遠に失われた漫画黎明期の幻の名作と謳われています。その初版本、全十五巻」


「まさか……」


「その駅舎の待合室に置かれていたのです」


「ほ、ほんとに!」


「本当です」


無表情のまま羽幌さんが答えた。つまり彼女は、その貴重な本が金になると言いたいんだろう。

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