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計画は水泡に

「……どうしよう」


僕はちょっと厄介な事になったと思った。僕たちしか知らないと思っていた兵庫先輩の突拍子もない計画。それが、こんな人物に知られてしまうなんて。僕たちの誰もばらすはずはないのに、どうして知られてしまったんだろう。僕は小柄な羽幌さんの方をちらりと見た。彼女は相変わらず無表情のまま。これじゃ金の工面うんぬん以前に地学部の存続すら危うくなってしまう。


「メ、メンテナンスに……出すから、だから箱に入れてるだけよ!」


「学校の備品管理事項を調べましたが、そんな届け出はなされていません」


羽幌さんが冷静に兵庫先輩に答える。


「だ、だから……これから……」


「少なくとも一か月前には届け出ることになっています。では望遠鏡のメンテナンスは来月以降ですね」


「ぐっ……」


兵庫先輩が追い詰められたような表情を見せた。羽幌さんは表情を変えずに兵庫先輩をじっと見つめている。この子が入手している情報はどれも一般生徒には手の届かないものばかりだ。


「何者なんだ……」


思わずつぶやく。今にも泣き出しそうな顔の兵庫先輩と冷徹な目を向ける体の小さな少女。僕はなぜかそれを見てゾッとした。


「何で……何でみんな邪魔するのよ……何で……」


兵庫先輩が声を絞り出すようにしてそううめくのを、僕は聞いた。いや、それが声として出ていたのか、実際はよくわからない。だけど僕には兵庫先輩の心の声が確かに聞こえたのだ。僕はハッとしたように兵庫先輩を見て、それから部屋の入り口に立つ羽幌さんを見た。


「先輩のためです」


羽幌さんは声に出して小さくそう言った。

先輩のため……天塩先輩か……いや、兵庫先輩?


「ぶはっ!」


その時、天塩先輩が突然吹きだした。


「おい! 屁理屈はもういいぞ! 何で箱詰めする必要があんだよ! 売るためだろうが!」


「だ、だから……」


「どう見たって明らかなんだよ! 窃盗! 横領! お前の部もこれで終わりだ!」


これはかなりまずいんじゃないか。僕は緊張した。その時。


「いえ、現状ではそうとも言い切れません、先輩」


突然、兵庫先輩をじっと見ていた羽幌さんが今までと正反対の事を言い出した。


「……そうなの?」


「箱に望遠鏡が入っている、というだけです。そこに発送先が書かれているわけでもありませんし」


「だってさ、留萌っぺ、金色の奴がいつでも発送できるように準備してるって、さっき……」


「兵庫先輩はそうお考えですが、その物的証拠は未だ存在しないのが実情です」


「……じゃあ、どうする」


「地学部の方々が本当に必要に迫られて望遠鏡をお売りになりたいのなら、私たちに見逃してもらいたいはずです。私たちは望遠鏡の監視を続ければよいのではないかと」


「そう……そうだな。よし! お前らに絶対望遠鏡は売らせんからな! 金は手に入らん、ざまあみろ!」


「ご了承ください、地学部のみなさん」


~~


さっきから僕たちと鉄道愛好会の二人との睨み合いが続く。いや、睨んでいるのは主に兵庫先輩と天塩先輩だけで、あとは無関心といった様子だ。白石先輩は手元のハーブティーをゆっくりと飲んでいる。僕はまだ緊張を解けずにいたけど、同時に心の中で少しほっとしていた。兵庫先輩はもうこれで望遠鏡を売ることができない。計画を先生に知られることもない。小惑星の一件に関しては問題が残っているけど、これで地学部や兵庫先輩が処罰を受けることはなくなる。


「……ん? 俺たち、地学部を潰しに来たんじゃなかったか?」


しばらくして、突然天塩先輩が思い出したように羽幌さんの方を振り返って訊いた。


「どちらにしろ地学部の皆さんは困っているようです」


冷静沈着さを保ったまま、羽幌さんが答えた。


「ま、まあいいか。あっはは! 困れ困れ! お前のせいで俺たちトレインアスロン部が困ったように!」


その変な名前の部こそ、きっとかつて天塩先輩が部長を勤め、後に兵庫先輩によって潰された部なんだろう。


「俺の部を復活させるなら見逃してやってもいいぞ! 考えとけよ、ちゃんと!」


「よろしくお願いします」


鉄道愛好会の二人はそう言い残し、くるりと向きを変えると地学準備室から出て行った。大またで自信満々に歩く老け顔の天塩先輩と、その後ろをチョコチョコと付いていく小柄な羽幌さんは、やっぱりどう見ても歳の離れた兄妹か、親子のようだった。

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