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距離は埋まらない

もうすっかり肌寒い季節。僕も榛奈さんも大きな柱の裏に身をひそめ、吹き行く風から身を守っている。いつもは榛奈さんに見とれているだけの橋げたの下の僕も、今日は兵庫先輩の事が頭から離れなかった。

兵庫先輩には、今は亡きお兄さんがいた。そして、そのお兄さんがはるか以前に一人で見つけたという小惑星を再び見つけようと躍起になっている。たぶん周期的に地球に近づくと思われる、その時期が今月ってわけか。

僕は兵庫先輩の健気さに妙な親近感を覚えるのを感じていた。僕の知る先輩はいつも地学部のために奮闘していた。今だって、危ない橋を渡ってまで観測に必要な望遠鏡を手に入れようと一生懸命だ。


すごいや、先輩は。


僕は隣に座っている榛奈さんをちらりと見た。彼女は背中の柱にもたれかかりながらじっと空を見つめている。僕はここまで彼女の近くにいられるまでに成長していたのだ。だが、そこまでだ。隣同士に座っているのに、ほんの少しだけ開いた僕と榛奈さんの距離が、どうしても縮まらない。腕を伸ばせば彼女の肩さえ抱ける距離にいる。なのに。


「………………」


彼女は何か考えているみたいだ。相変わらずどこの学校のものかよく分からない制服姿で、コートも羽織っていない彼女。そんな格好で寒くないだろうかと僕は心配になる。風邪でも引いたら大変だ。


「ねえ、榛奈さん。これからもっと寒くなる。ここに毎日来るのは本当に楽しいけど、冬にここで集まるのはお互いに大変だと思うんだ」


「……うん」


「それで……その……」


「うん」


「もしよかったら……だけど……そろそろ、教えてくれないかな」


「……何?」


「連絡先とか、さ。僕も教えるから。ここでしか会えないのは、ちょっと残念だよ」


僕は勇気を振り絞り、彼女にそう言った。相互不干渉が基本の夕暮れ廃墟倶楽部。ただ、それは暗黙の了解にしか過ぎない。文化部連合のそれに立ち向かった兵庫先輩の話を聞いて、僕は僕の気持ちに正直であろうと決心していた。

たとえ榛奈さんに拒絶されることになっても、だ。


「……ごめんなさい」


榛奈さんはうつむいた。

想像通り。そうあってほしくはなかったけど、彼女がそう答えるだろうという予感はあった。


「ダメなの?……そっか」


「本当に……ごめんなさい……」


「ううん。いいんだ。残念だけどね。君は僕を信用できないんだね、まだ」


「……いえ、そういうつもりじゃ……」


「いいよ。僕らは廃墟倶楽部の仲間。それだけ。それでいいよ」


悲しい。悔しい。腹が立つ。いろいろな感情が僕の中に渦巻き、僕は榛奈さんを思いっきり責め立てたい衝動に駆られた。だが、冷たい風と美しい夕焼けがその衝動をどうにか押しとどめる。


「……またさ、別の廃墟に行こうよ。それならいいだろ?」


「………………」


「この前の洋館みたいな。楽しかっただろ?」


「……うん」


「他にもいい所がたくさんあるよ」


「……考えてみるわ」


榛奈さんは困ったような顔をして、そう答えた。明らかに乗り気でない事がよく分かる。


「……別に、嫌ならいいよ。よく分かんないけど、僕と深くかかわるのが嫌なんだろ? 無理に洋館に連れ出したりして、ごめんね」


「いえ……そんな」


「もう無理強いしないよ。ここにいればいいさ」


僕は彼女の思っている事がどうしてもつかめず、そのせいもあってか、知らず知らずのうちに乱暴な言葉を彼女に浴びせかけていた。


「……ごめんなさい」


榛奈さんは何度も僕に謝る。それが僕には悲しかった。そして、彼女に対する熱烈だった想いがほんの少し冷めかけている自分に気付く。

僕はふと思い立ち、ある提案をした。


「僕、しばらくここに来るのをやめようと思う。地学部の事でやる事があってさ」


兵庫先輩に協力したい。その思いがあるのは本当だ。だけど、それは言い訳に過ぎない。僕は、ここでのみ榛奈さんに出会い続ける虚無に振り回される自分を突き放してみたくなったのだ。それは、部分的にとはいえ、榛奈さんを否定する事でもある。それでもいい、とその時は思った。


「……あなたがそう決めたのなら」


榛奈さんは僕から顔をそむけ、反対側を向きながらつぶやいた。その態度が僕には気に入らなかった。


「もういつ来るかわからない。寒いし、僕は冬は廃墟めぐりはしないんだ」


「……うん」


「じゃあ、忙しいから帰るよ」


僕は立ち上がった。この子は難しすぎる。まっすぐ突き進む性格の兵庫先輩の方がずっと分かりやすいじゃないか。僕は兵庫先輩とだって仲がいいんだ。もう僕は一人の女の子の態度で一喜一憂するほど暇じゃない。

僕は榛奈さんの方を見なかった。背中を向けて足早に立ち去ろうとした、その時。


「あの、私は夕暮れを……見に来るから……」


彼女が消え入るような声で言った。


「ふぅん。そう。別に僕に言わなくても、榛奈さんの自由だよ」


僕は吐き捨てるように言うと、ススキ野原を走り出した。暗闇が辺りを覆い始めていた。


~~


翌日の僕の気分は複雑だった。

榛奈さんをあんな形で突き放したくせに、僕には兵庫先輩を助けるための方策が何も思い浮かばない。どうやって小惑星を発見するのか、いや、そもそも、まだ公になっていない小惑星をただの学生である兵庫先輩が本当に単独で見つけられるのか、僕には皆目分からなかった。

どうせ専門的な知識を何も持ち合わせていない僕だ、何か助ける事ができるとすれば、兵庫先輩の欲しがっている望遠鏡を何とかして手に入れる事、それしかないだろう。


「金か……」


僕がそうつぶやいた瞬間、僕の席のそばでしゃがみこんでいる端島が同じ言葉をつぶやいた。


「いい方法、ないかなあ」


端島に話しかけると、端島はため息をつきながら首を振る。


「金額がさ、半端ないんだよ。大人ならともかく、俺たちみたいなガキじゃなあ……」


「バイト、探してみるか?」


「今月末だろ、もう時間がない。お前は夕方忙しそうだしな」


端島が横目で僕を見る。


「……いや、しばらくあそこには行かない事にした」


僕がそう言った瞬間、端島が突っ伏していた顔を上げ、立ち上がった。


「どうした? 何で行かないんだ?」


「兵庫先輩の一件が片付くまで、さ」


「……いいのか、あの子……」


「いいんだ」


僕は真剣な顔をしながら答える。僕が榛奈さんに決心を伝えた時、同時に僕は覚悟を決めていたのだ。とにかく兵庫先輩の野望―成功するか失敗に終わるかに関わらず―それに最後まで関わっていこう、と。端島は僕の覚悟を読み取ってくれたようで、それ以上は何も訊こうとはしなかった。


「……そうか。よし。じゃあ、放課後にまた一緒に地学部に行くか!」


「そうだな。兵庫先輩や白石先輩ともちゃんと話し合おう」


こうして、僕は意識して榛奈さんの存在を心の片隅に追いやった。僕も榛奈さんも、今は一人でいる時間が必要なのだ。お互いの存在がどういう意味を持つのかをお互いが知るために。そんな結論で自分を無理矢理に納得させた。

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