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復活は情熱で

先輩たちは、もうこの学校の生徒ではないのだそうだ。あの日、地学室の片付けをしに学校に来ていたほんの短い間に、兵庫さんと僕は先輩たちを捕まえる事ができた。これは本当に幸運だったのだと思う。もしあの時出会えなかったら、地学部はそのまま廃部になっていたのだ。


「私は土が好きなの。地層の事は私に任せてね」


「僕は天文担当だ。天体観測をやらなくなって久しいけれど、君たちが復活させてくれるよう願っているよ」


僕たちが入部した日以来、先輩たちは毎日学校に来て僕たちに地学に関する様々な知識や技術を教えてくれた。僕も兵庫さんも授業が終わるとすぐに地学準備室に向かい、すっかり日が沈んでしまうまで熱心に先輩たちの指導を受けた。

何しろ直接指導を受けられる時間は一週間しかないのだ。


「ここでは鉱物資源が豊富だった事は知っているわね? 地層も特殊なのよ」


一乃先輩は等高線地図を机いっぱいに広げ、目をキラキラ輝かせながら僕に説明してくれた。それはとても有意義で楽しいひと時。こんなにも聡明で美しい先輩ともう一緒に活動できなくなるのかと思い、僕は悲しい気分になった。そんな時、僕の肩をぱんと軽く叩いたのは。


「白石! 一緒に頑張っていきましょうね!」


まぁやだ。

まあ、退屈はしないだろう。この頼もしくにぎやかな新部長がこの部を治めている限りは。


~~


「ねえ、兵庫さん」


星座表についての説明を好摩先輩から受けていた時の事だ。ふいに先輩が説明を止めた。


「何です? 先輩」


「どこかで聞いた苗字だと思っていたんだ……君、ひょっとして、以前お兄さんがこの学校にいなかったかな?」


そう訊かれると、まぁやが真剣な顔になった。


「……はい。兄は地学部にいました」


「そうか。それで分かったよ。兵庫明延(あきのぶ)先輩の妹さんだったんだね」


「………………」


そばにいた僕は、今聞いたその情報に対して少なからず興味を覚えた。類推するに、まぁやが地学部を守りたかった理由はそこにあるのだろう。彼女はお兄さんと地学部に思い入れがあるようだが。


「そこに描かれた天体図、これも先輩の作品だよ」


「えっ……そうなんですか?」


僕とまぁやがほぼ同時に声を上げた。ここに来た初日に僕が見とれた天体図、これはまぁやのお兄さんが作ったものだったのだ。


「明延先輩の事は地学部でずっと語り草になっていたよ。たくさんのものを残してくれた」


「すごいな、まぁや。知らなかったよ」


「………………」


「それで、お兄さんは、今……」


先輩がそう訊くと、まぁやの顔は曇った。少しの沈黙の後。


「……亡くなりました……この学校を卒業する前……」


そう言うと、うつむいて黙ってしまった。

僕はそれを聞いて絶句した。先輩もバツの悪そうな顔をしている。


「そうか……バカな質問をしてしまって、悪かったね」


「いえ……ひくっ……」


そうか。そういう事か。彼女にかける言葉は僕には見当たらなかったが、この時、僕は彼女を支えていく決心を固めた。

兄の愛した地学部のために奮闘する少女。それが兵庫摩耶の本当の姿なのだ。その奮闘の重要性を身を持って知る事は僕にはできない。いつまで経っても僕には「たかが部活動」、それ以上でもそれ以下でもない。だが、まぁやは違う。


「……休もうか、少し。僕のせいで、済まない」


「………………」


「いえ、先輩。続けてください。僕たちには時間がありません」


僕は言った。まぁやもそうしたいに違いないと思ったからだ。


「まぁやのお兄さんも優秀な方のようですが、僕もかなり優秀ですからね。負けてはいられません」


「……ふんっ、白石じゃ全然ダメよ」


まぁやが唸るようにつぶやいた。泣きかけていた彼女も、すっかり涙を引っ込めたようだ。


「そうかな。地学部再興のカギは僕が握っていると思うけどね」


僕が彼女に自慢げに言うと、彼女はぷうっとふくれた。


「何よ、偉そうに。まずは好摩先輩に追いつけるように頑張りなさいよ」


「あら、熱心ね。二人とも頑張ってね、ふふっ」


机の向こう側では、一乃先輩がお菓子を並べながら僕たちに微笑んでいる。


「ええ、先輩。お任せください」


「もう、白石ったらデレッとしちゃって。ほんとに大丈夫かしら」


「ははは……じゃあ、続けるよ。この星座盤と観測緯度の関係について……」


~~


文化部連合とは本当に色々あった。だが、まぁやはとてもよくやったよ。三年生になった今年、まぁやはついに連合を牛耳ってしまったんだ。これには僕もとても驚いたさ。

彼女はそれだけ地学部を愛し、お兄さんを尊敬しているんだ。

僕はといえば、もうあの時からずっと彼女と奇妙な関係を保ち続けている。……恋仲? はは、まさか。親友、いや、戦友、かな。彼女の助けになりたいとは思っているけど、彼女の恋人になりたいと思った事はない。僕たちにはそんな関係は考えられないんだ。

うまくは説明できない。僕にはただ、彼女の追う夢の行き先を見てみたいという純粋な思いがある。それ以外の邪魔な感情を挟みたくないんだ。

彼女の夢。それは、かつて彼女のお兄さんが十二年前に一人で見つけた小惑星を、彼女自身が再び見つけ出す事だ。きっと彼女は、お兄さんの卓越した才能を人々に知らしめたいのかもしれない。あるいは、それを見つけた時の打ち震えるような感動を亡きお兄さんと共有したいのかもしれない。動機は彼女にしかわからないが、それでも僕は応援し続ける。僕はね、彼女の喜ぶ顔が見たいのさ。入学した日から少しも揺るがなかった彼女の思いが実り、ついに彼女が夢をかなえた時、彼女のそばにいて共に喜びたい。心の底からそう思っている。


それが。


~~


……それが、白石先輩が地学部にいる理由、か。


僕は今日端島から聞いた、白石先輩の過去の思い出の事を考え続けていた。


橋げた。夕暮れ。ススキ野原はざわざわと揺れている。

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