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入部希望は唐突

入部?


この少女は今、確かに入部希望と言った。今朝、新入生たちを熱心に地学部へ勧誘していた彼女が、なぜ再入部する必要があるのだろう。


「あの、どういうことでしょう」


僕は声をひそめて彼女に訊いた。


「……何よ、こそこそと。何か用?」


彼女は薄暗い準備室の中をじっと見つめている。そこには誰もいない。

……いや、隣の地学室でなにやらごそごそと物音がしているような気がする。


「入部希望って、どういう事かと思いまして」


「だから、入部するのよ。人の話ちゃんと聞いてるの?」


「いや、僕の事はいいんですけど……ご自分の名前も言っていたような気がしますが」


「そうよ。私も入部するの。あんた一人にはしないから安心しなさい」


何とも奇妙な話だ。では彼女は、自分が入部する前から、自分が入部する予定の地学部を宣伝して回っていたというのか。そもそも彼女、自分の事を新入生と呼んでいる。ならば僕と同学年だ。


そんな事を考えていた時。地学準備室の奥にある扉がガチャリと開いた。そこは隣の大きな地学室とつながっているらしい。恐らく誰かが隣で何かをしていたのだろう。


「あら。珍しいわね。人が訪ねて来るなんて」


扉の向こうから現れたのは、大人びていてとても美しい女生徒だ。落ち着いた物腰、聡明さを伺わせる立ち居振る舞い、一目見ただけで高学年の先輩だという事がわかる。

隣にいるユニークな少女とはやはり大違いだ。


「入部希望を伝えに来ました! 兵庫摩耶です。それに、こっちは白石鉱」


さっきほんの少し会話を交わしただけなのに、兵庫さんはまるで僕と腐れ縁でもあるかのようにぶしつけな態度で先輩に僕を紹介した。


「元気な子ね、ふふっ。二人とも新入生?」


先輩は美しい声でクスクスと笑うと、準備室のカーテンを開け始めた。兵庫さんは輝くような満面の笑みを浮かべると、大声で答える。


「はいっ! 私たち一生懸命活動しますので、どうかよろしくお願いしますっ!!」


そう言うと、彼女はぺこりとお辞儀をした。


「ほら、あんたも!」


お辞儀をしたままこちらを向いて、僕を睨みつける。仕方がない。僕も軽くゆっくりとお辞儀をした。

これは困ったことになった、と僕は感じていた。気楽な見学程度にしか考えていなかったはずが、僕は今こうして入部希望を勝手に伝えられ、あろうことか自分自身お辞儀をしてお願いまでしている。もう入部取り消しを言い出せる雰囲気ではない。


「……まあ、入って。お茶を入れてあげるわ」


先輩は準備室のカーテンを全て開けてしまうと、窓際に据え付けられている流しに向かい、ヤカンを手に取った。


「失礼しますっ!!」


兵庫さんは何のためらいもなく準備室に入っていく。そのまま先輩のそばに近寄っていき、何か手伝えないかと申し出た。


「はぁ……」


ため息をつきながらも、僕も観念して準備室に入り、扉を閉めた。

教室の中を見回すと、壁いっぱいに広がるガラス棚の中には、掘り当てたらしき化石の標本や様々な鉱物、天体観測用の望遠鏡や三脚、地球儀や卓上プラネタリウム、恐らく気象観測などで使うであろう複雑な造りの器具たちが整然と並べられていた。

もう片方の壁には大きな天体図が貼られていた。そこにはとても美しい星座たちが描かれており、僕はしばし芸術ともいえるその図柄たちに見とれた。


「お客さん?」


ふいに声がして、隣の部屋に続く扉から男子生徒がひょっこりと顔を出した。


「あ、こんにちは。新入生の兵庫摩耶です」


その男子生徒と目が合って、兵庫さんが慌ててあいさつをした。


「へぇ、珍しいね。新入生の方から来るなんて。こんな事はめったにないよ」


男子生徒もかすかに笑う。それから彼は僕を見つけると、近寄りながら言った。


「綺麗だろう。本物の星空たちはこれよりももっと綺麗だよ」


彼は僕の隣に立つと、僕と同じように天体図を見つめた。確かに、本物はここに描かれる星たちよりもずっと緻密で美しく輝いているはずだ。目の前でいっぱいに広がり明滅する夜空を想像し、僕は心躍るのを感じた。


「地学部は天体観測もされるのですね」


僕はそう言いながら、今朝兵庫さんが言っていた事を思い出していた。

彼女によると、この地学部で世界に通用するほどの天文知識を得られるらしい。だが、当の本人はあの時入部すらしていなかったのだ。恐らく彼女なりの少々大げさな勧誘アピールだったのだろう。


「さあ、お茶が入ったわ。お菓子も出しましょうね」


美しい先輩が僕たちに呼びかけた。僕は黙って会釈をすると、近くにあったイスを引き寄せ、そこに座る。男子生徒も僕の隣に座った。


「さあっ、がんばらなくちゃ……」


兵庫さんは一人でぶつぶつと何かつぶやきながら、窓際で突っ立っている。僕には彼女がとても興奮しているように感じられた。


「兵庫さん、こっちに来て座ったらどうかな」


僕がそう何度も呼びかけると、彼女はやっと我に返ったかのように僕のそばに近寄りイスに座った。

先輩の女生徒は自分の手提げカバンからお菓子を取り出して、皿の上に並べ始めた。


「これね、後で好摩(こうま)と食べようと思っていたの。少し多めに持って来て、ちょうどよかったわ」


先輩が笑いながら言う。


「そういえば、まだ自己紹介していなかったね。僕は尾去沢好摩(おさりざわこうま)だ。君たちより二年先輩になるかな」


「私も自己紹介しなきゃね。尾去沢一乃(おさりざわかずの)。同じく三年生よ」


先輩たちに続き、僕も自分の名を名乗った。


「白石鉱です」


「そして、君は兵庫摩耶さん、だね」


「はいっ。よろしくお願いします!」


兵庫さんが軽くあいさつを済ませると、一乃先輩は何も言わずにほんの少しうなずき、お菓子のいっぱい乗った皿を机の上に置いた。続いてティーカップに紅茶を注いでいき、僕たちに差し出した。


「さて」


一乃先輩は近くのイスに座ると、兵庫さんの方をまっすぐに見つめ、少し真剣な顔をして。


「訪ねてきてくれて、本当に嬉しいわ。でもね」


そう言うと、一呼吸して、決心したように口を開いた。


「落ち着いて聞いてね」


「え……はい」


兵庫さんが相槌を打つ。


「私、地学部部長と、好摩、地学部副部長。この二人が地学部員すべて。それでね」


「………………」


「私たち、今日でこの部を去るの」


そこまで言うと、一乃先輩は少し悲しそうな顔をした。

お久しぶりです。

久しぶりすぎて話の流れを作者が忘れてるっていう

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