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昼休みは美少女と

開け放たれた窓から少しひんやりとした、だけどとても心地のいい風が入ってくる。爽やかな秋の日の昼休み。外では真っ青な高い空が広がっている。


「………………」


僕は押し黙ったままの兵庫先輩と二人っきり、地学準備室にいた。ざわざわとした喧騒が支配する教室や食堂と違い、ここは時折そよぐ風以外に大きく音を立てるものはない。窓の外の、ここよりはるか下の校庭の方からは、生徒たちがスポーツやおしゃべりに興じている賑やかな声がかすかに聞こえてくる。それらのざわめきも、遠い遠い別世界の出来事であるかのように、僕たちのいる部屋の中は静まり返っていた。


「………………」


僕は窓際に腰掛ける兵庫先輩の方をぼんやりと見つめていた。兵庫先輩は窓の外の方を向いて、何かを考えているようだ。

イスに座ったまま、少しずつ、兵庫先輩の横顔が見える場所まで移動してみる。

薄暗い室内から先輩を見ると、逆光のせいか、さっきから力のこもっている大きな先輩の瞳は、普段よりもさらに輝きを増しているように見えた。鼻筋はすらりと通っていて、固く閉ざされた唇は、数々の毒舌が本当にそこから出てくるのかと疑わしくなるほどに美しく柔かげに、僕の眼を魅了した。


「………………」


事情は大体把握し、先輩の野望も知って、それでもなお、もっと訊きたい事が、解決しなければならない事があるはずなのに、先輩を見ていた僕はもう何も言えなくなってしまった。


見とれてしまっていたのだ。


風になびく兵庫先輩の髪は茶色がかっていて日の光を浴びると時々金色に見える事があったけど、まさに今、僕の眼の前で先輩の髪は金色に輝いていた。


「金色……彗星……」


思わずつぶやきそうになり、慌てて口をつぐむ。初めてこんなにじっくりとみる兵庫先輩の横顔。誰かが「きれいな先輩」と僕に言っていたが、改めて見ると確かにかなりの美人だということがよく分かる。

そう、兵庫先輩は美人なのだ。先輩に関しての噂の内容は決して良いものとは言えないけど、そんな噂を面白おかしく触れ回る連中も、先輩の容姿に関しては皆一様に賞賛の言葉を送るのだ。

曰く、「学校有数の美人なのに、もったいない……性格さえ穏やかなら……」と。


そんな我が学校有数の美人、兵庫先輩と、今僕は二人っきりでここにいる。


(……あれ)


自分に似つかわしくない事を考え始めていた僕は、自分の事を滑稽に感じて少し笑ってしまい、思わず天井を見上げた。

少し前なら逃げ出してしまっていたであろうこの状況に、すっかり馴染んでしまっている今の僕。友達もいない僕が、最近は可愛い女の子たちとたくさんの時間を過ごしている。

これはもちろん、ほとんど毎日橋げたの下で榛奈さんと二人で一緒にいるからに他ならない。今の状況だって、僕が榛奈さんと過ごす時間とそっくりなのだ。


(ただ、相手は違うけどな)


僕の中で榛奈さんと兵庫先輩は明らかに違う。でも、兵庫先輩と過ごすこんなひと時も僕には同様に心地がよかった。

もう自分が何をしにここに来たのかよく分からない。


(ごめん、榛奈さん……浮気じゃないんだ……)


もちろんそうだ。僕は榛奈さん以外の誰かを好きになったりはしない。それがどんなに美人で僕に仲良くしてくれる人であっても……。僕は窓際の先輩をもう一度見つめた。

すると。


「……ねぇ……何も言わないの?」


兵庫先輩が突然僕の方を見た。目が合った僕は慌てて顔を伏せてしまう。


「えっ……いえ、今は……」


「そう……」


兵庫先輩は意外そうな顔をしたが、もっともな反応だ。あれだけ激しく先輩を追いかけた僕が、真相を知っても何も言おうとしない事が不思議なんだろう。


「……僕はどうしたらいいか考えます。考えさせてください。それから、協力します」


そんな僕の言い訳じみた言葉を聞いて、兵庫先輩は微笑んだ。


「……優しいね。こんな私のわがままに付き合ってくれるなんて」


「いいえ。優しいのは白石先輩も端島もです」


「そうかしら」


「そうです。端島なんか昨日はずっと先輩の事を言っていました。今日はまだ話をしていませんが……」


「あの子、止めろ止めろって言い続けるから、私もムキになっちゃってケンカ別れしちゃったのよ。白石もだけどね……」


「先輩のためを思っての事ですよ」


「へぇ」


とぼけたような顔をしてイスから立ち上がった先輩は、それから少し笑いながら、持っていた空のカップをティーポットのそばまで持っていき、紅茶を注いだ。


「……そうだよ、まぁや」


突然。部屋の扉の向こうから声がした。


「ちょっと! 先輩!」


「あ、いや、はは」


兵庫先輩と僕は準備室の向こうの廊下の方を見た。扉の向こうで誰かの話す声が聞こえる。


「……はぁ」


先輩はゆっくりとため息をつきながら、さっき座っていた窓際のイスに腰を下ろした。そのまま、うんざりしたような顔をしながら外を見ている。


「……ええと、いいんですか?」


「何が?」


「あの二人、廊下の外にいるみたいですけど」


「いいのよ、放っておけば」


「たぶん先輩に用があるんじゃないかと……」


「あれば勝手に入ってくるでしょ」


一向に意に介さない先輩を見て、僕もそりゃそうかと思い、コーヒーの残りを飲み干した。それからゆっくりと立ち上がり、先輩に言った。


「先輩、じゃあ僕戻ります。どう協力できるか考えますから、今度は逃げないでくださいよ」


「わかったわ……ありがとね」


「いえ、コーヒー御馳走様でした」


僕は準備室の入り口に歩いていき、扉を開けた。すると、白石先輩と端島がなぜか肩を組みながら廊下の窓から外を見ていた。


「……何してんですか、先輩。端島も」


「あ、いや、二人でいろいろさ、まあ……話し合いっていうかね」


「そうそう! 話し合いだよ! 男同士の!」


「……兵庫先輩、中にいますけど」


「え? いるの? あ、そう! 知らなかったなあ、ねえ、先輩!」


「あ、うん、知らなかったねえ」


「……それじゃ」


僕は彼らを残して教室に戻った。昼休みは終わろうとしていた。突然腹の虫が鳴る。


「昼飯食い損ねたな……たぶん兵庫先輩も。悪いことしたな」


~~


午後の授業の間じゅう、僕は兵庫先輩のためにどうやったら金を工面できるかを考えていた。どの程度必要なのかは知らないけど、学校にある望遠鏡を全部売ろうとしているくらいだ、半端な額ではないだろう。自分の小遣いや貯金だけでは到底足りそうにない。トシに借りても……無理か。

ふと顔を上げると、端島がひっきりなしにこっちの方をチラチラ見ている。こんな事は今まで一度もなかったので、とても気持ちが悪い。


「何だよ、お前さっきから」


授業が終わった後、僕は走り寄ってきた端島に文句を言った。


「いや、それよりさ、お前、昼休み何してたんだよ!」


端島の関心事はやはり兵庫先輩の一件に違いない。僕の方もこいつに訊きたいことがあった。


「何もしてないのはお前も知ってるだろ……覗いてたくせに」


「の、覗いてなんかないぞ!」


端島は明らかに動揺した。こいつは地学部の事になるとやたらと言動がおかしくなる。


「摩耶先輩と一緒にいた、って、それぐらいしか知らねえよ! なんか聞いたのか?」


つめ寄る端島。顔がどんどん近くなり、僕は思わず端島を払いのけながら自分の席から立ち上がった。


「お前の知ってる以上の事は聞いてないよ! 新しい望遠鏡を買う金が要るとか……」


「おっ! その事話したのか! 先輩が!」


「あ、ああ……まあな。小惑星を見つけたいと……」


「ほほう!」


端島が驚嘆の声を上げながら僕の方ににじり寄ってきた。あまりの迫力にたじろぐ。


「近寄るな! そこにいろ!」


「俺も聞いたんだよそれ! 白石先輩から!」


「……は、まあ……白石先輩は兵庫先輩に近いからな……」


昨日白石先輩が話すと言っていた事は恐らくこれだったんだろう。確かに、兵庫先輩と同学年でずっと同じ地学部の仲間だった白石先輩が事情を知っていても不思議はない。


「そういや、白石先輩の話、まだお前から聞いてないぞ」


「ああ、そうだ。今から話してやるよ。まあ……お前も摩耶先輩から聞いてるんだろうけどな」


「いや、僕もそんなには聞いてないから」


僕は自分の席に戻った。端島がその前の席に座り、こちらに向き直る。


「これはだな、先輩たちが入学した頃まで遡る……」


端島は声をひそめて話し始めた。

展開が遅くてすみませんです。

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