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僕は蚊帳の外

「さっきからずーっと立ってるな、白石先輩」


僕は黙々と廊下の掃除を続けていた。地学準備室へと急いでいたはずの端島は、さっきから廊下の壁にもたれかかり腕を組んでぶつぶつとつぶやいている。ちらちらと外を見ては白石先輩の様子をうかがっているようだ。


「……ふぅ」


掃除があらかた終わると、僕は窓の外を見た。校庭で一人立ちすくむ白石先輩は、明らかにいつもと様子が違う。すれ違う下校中の女子たちにとってはサービスに他ならない先輩の端正な立ち姿も、いきさつを見ていた僕たちには別の意味で気になってしかたがない。


「お前、行ってこいよ。そう言ってただろ、さっき」


僕は端島に話しかけた。


「いや、お前も行くだろ。待っててやるからさ」


端島は校庭の白石先輩を見つめたまま僕に答えた。


「くそ……」


さっき白石先輩の元を走り去った女生徒、あれは兵庫先輩に違いない。昼休みの事もあり、何があったのか確かめたい気持ちが僕の中でどんどん膨らんでくる。


「……わかったよ。でも、すぐ帰るからな」


結局僕は好奇心に勝てなかった。


~~


端島と僕が校庭に出ると、白石先輩はまだ何かを考えている様子で、そばにあったベンチに腰掛けてぼーっと空を見つめていた。


「先輩、白石先輩」


端島が何度も呼びかけると、先輩ははっとしたような顔で僕たちの方を見た。


「やあ、どうしたの?」


「それはこっちのセリフですよ。さっき走ってった人、あれ摩耶先輩でしょ」


「ん? ああ、見てたのか」


白石先輩はため息交じりに校門の方を見て、再び押し黙る。


「白石先輩、ケンカでもしたんですか? 昼休みに言ってた事で……」


僕が先輩に訊こうとすると、端島がそれに食いついてきた。


「昼休み? 何だ、昼休みに何かあったのか?」


「いや、僕は何も知らないよ。先輩が何か話す事があるって……そういや、お前だって兵庫先輩と話したんだろ?」


僕はこの一件に関して何が起こっているのか全く知らなかった。僕以外の三人、ここにいる二人と兵庫先輩の方が僕よりもはるかに事に通じていて、それでいて僕に全てを隠している。

何でこんな僕が付き合わされてるんだ? 僕は少しいらついた。


「……いや、ね。まぁやを説得しようと思ったんだけど……」


白石先輩が苦笑交じりに言った。


「やっぱ、望遠鏡の事ですね!」


端島が興奮したような声を上げる。


「うん。でも、なかなか難しいね、説得は」


「俺も、あの頑固な摩耶先輩の決心を変えさせるのは大変ですよ!」


僕の分からない事で会話を続ける二人。僕の苛立ちはどんどん増していき、ついに我慢ができなくなった。


「ちょっとちょっと! 二人は何か知ってんだろうけど、僕にもわかるように言ってくれ!」


端島に向かって大声で言うと、端島はきょとんとした顔で僕を見た。


「あれ、お前だって見てたじゃんかよ、望遠鏡の」


「いや、その後だよ! お前ちっとも教えてくれないし!」


「だって、摩耶先輩が秘密にしろって言うから……お前が直接聞けば……あっ、今日は無理か」


「もう帰るぞ! 僕は!」


腹が立った僕が帰ろうとすると、白石先輩が僕を呼びとめた。


「やあ、悪かったよ。君もまぁやの心配をしてくれたのにね」


「いえ……でも、僕は蚊帳の外みたいですので……もう関係ないです」


「ごめんよ。事情を説明するから、怒らないでくれよ」


白石先輩が必死になだめるので、僕はとりあえず足を止めた。


「事情?」


「うん。まぁや、望遠鏡を隠しただろ?」


ああ、あの望遠鏡たちはやっぱり兵庫先輩が隠したんだ。そんな事を考えていると、突然白石先輩があたりをきょろきょろと見回し、近くに誰もいないのを確認してから声をひそめて僕に言った。


「彼女、望遠鏡を売ろうとしてるんだ」


「……えっ」


僕は耳を疑った。地学部が使用している望遠鏡たちは、もちろん兵庫先輩の個人的な持ち物じゃない。いくら兵庫先輩の率いる部しか使っていないといっても、それらは立派に学校の備品なのだ。そんな学校の望遠鏡を売るとなると……横領……いや、窃盗……。


「先輩! 摩耶先輩が黙ってろって!」


端島が叫んだ。


「端島君。そう、これは公にできない。だから少し落ち着いて」


白石先輩が再び周りを見回しながら端島に言った。慌てて口をつぐむ端島。しかし、こいつは一体僕に何をして欲しいんだ。

白石先輩は軽く笑うと、元のひそひそ声に戻って言った。


「まぁやは君たちに知られることは覚悟しているはずさ。実際、彼女自身もさっき君たちの事を言っていたよ」


「……それで、その望遠鏡の事、先輩も止めたんですよね」


「うん。止めた。でもまぁやの決心は固いんだ。彼女の小さい頃からの計画だからね」


「……計画?」


僕と端島が同時に声を上げた。奇妙な話だ。先輩はこの学校に入る前から望遠鏡を売る事を計画していたというのか?


「そうだな……じゃあ、話そうか。僕の知っている事」


白石先輩がベンチから立ち上がり、校舎に向かって歩き出しながら僕たちを振り返った。


「ここじゃ寒いし、地学室においで。全部話すよ」


思わず付いて行きそうになった僕は、ふと空を見上げて大切なことを思い出した。もう夕暮れも近くなっている。このまま白石先輩の話を聞いていたら榛奈さんと会えなくなってしまうに違いない。少し迷ったけど、僕は白石先輩に向かって言った。


「先輩。僕、その、榛奈さんと……」


「ああ、そうか。じゃあ、また今度話してあげるよ」


「すみません……」


端島は納得いかないような顔をしながら僕につぶやく。


「何だよ……お前のためだってのに」


「そもそもお前が僕に何も言わないからだろ!」


「だって、摩耶先輩との約束だったしなあ……白石先輩、俺は聞きますよ。話してくれますか?」


白石先輩に真剣な表情で頼んでいる端島。こいつがここまで地学部の事に……いや、兵庫先輩の事に……首を突っ込むことが、僕には少し意外だった。


「いいよ。君もまぁやの事を心配してくれてるしね」


「……じゃあ、僕はここで」


「ああ、またな。明日教室で話してやっから」


白石先輩と端島は、校舎の方に歩いて行ってしまった。


「さて、と」


気になる事はたくさんあったけど、まずは橋げただ。僕は急いで自転車置き場に向かった。


~~


「はぁ、はぁ、よかった……」


榛奈さんはまだそこにいた。すでに沈みかけていた夕日をじっと見ている。こんな彼女を遠くから見るのは久しぶりで、僕はそのまま彼女に声をかけずに見とれていたい衝動に駆られた。


「いやいや……やっぱり話したい」


僕は橋げたの下まで駆け寄ると、榛奈さんの邪魔にならないようにそっとそばのコンクリートブロックに座った。


「………………」


榛奈さんは何も話さない。僕が来た事には恐らく彼女も気付いているだろう。だけど、彼女が夕日を見つめる時はいつも沈黙が周囲を支配するのがこの場での真理。彼女が今口を開いてはならないのだ。それを理解している僕は、ただ彼女と同じように黙って夕日を見つめる事に専念した。


(きれいだな……)


いつ見てもそう思う。もう半分以上沈んでしまった夕日だけど、この場で見ると本当に美しい。僕は、榛奈さんと会うずっと前からこの夕日を知っている。ススキ野原のざわめきも、高く、遠く、流れていく雲たちも。やがて空で星たちがきらめき始める。


「………………」


僕はいつものように榛奈さんをちらりと見た。彼女も僕と同じものを見ているだろうか。ほら、あそこに見える一番星。あれが光り出すと彼女は静かに立ち上がるんだ。

今日は、何も話せずに終わってしまいそうだ……。


「……今日は、少し遅かったね」


榛奈さんが、おもむろにつぶやいた。


「ん? あ、ああ……ごめん」


思わず謝った後、僕は妙な気分になった。以前は僕が来る時間など気にもしていなかった彼女が、こんな事を言うなんて。最近は日が沈むのも早いし、一人だと怖いのかな。

……あの榛奈さんが怖い? 何だかイメージと違う。


「兵庫先輩が、ちょっとさ……あ、いや」


端島が異常にこだわっていた兵庫先輩の口止めを思い出し、僕は慌てて口を閉じた。いくら地学部と関係ないからって、これ以上兵庫先輩の事を広めるのはまずい気がする。


「ええと……訳あって言えないんだけど。地学部でちょっと……。この前洋館に来てくれたみんなに関係がありそうで」


僕は関係ないんだけど……と言おうとしたけど、それだと今日の遅刻の言い訳にならないので言わなかった。


「そう。大変ね」


「うん、大変そうなんだ。まだ解決してないみたいで、白石先輩と端島ががんばってる……と思うんだけど」


榛奈さんには以前望遠鏡が消えた出来事を話してしまっているので、これらが兵庫先輩を巡る事件だという事にもう気付いているだろう。僕がさらに何かを言おうとした時、榛奈さんはこっちを向いて言った。


「困っている時は、助けてあげてね。お願い」


すでに薄暗くなっていたので、彼女の表情は僕にはわからなかった。

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