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あの人はモテる

「……というわけで、お礼は言いそびれちゃったんだ」


僕は橋げたのふもとにいる。隣に座っているのは相変わらず妖精のように可愛い榛奈さん。


「そう」


榛奈さんはいつも多くは語らない。


「た、楽しかったよね……あの洋館さ」


「……うん」


「また行こうね。どこか見つけてさ」


「……うん」


時々、僕は誰とも話していないんじゃないかという錯覚に陥る。姿も見えるし声も聞こえるけど、僕が相対峙しているこの少女は実は僕の作り出した幻なんじゃないか、そんな不安に今でも時々襲われる。


「ねえ、洋館、一緒に行ったよね」


僕は無意識のうちにバカな質問をしていた。あの場には端島も先輩たちもいて、間違いなく榛奈さんと会話を交わしたんだ。そいつを急に確かめたくなった。


「ええ。なぜ?」


「いや、いいんだ……」


ひと安心した僕が次に考えたのは、僕と彼女の関係についてだった。確かに付き合っているとは言いがたいけど、友達以上に昇格したのは確かなように思える。だけど、ここで榛奈さんと話をしている僕は、相変わらずの意気地なしだ。


「………………」


榛奈さんが押し黙る。いつもの事だ。だけど、今日はなぜだかそれがとても寂しかった。彼女との微妙な距離感。縮まっているような、そうでもないような。

洋館ではあんなにいい雰囲気だったのに、そんな事まるでなかったかのように今日の僕たちはいつもと同じだった。


「はぁ……」


小さくため息をつく。榛奈さんには、僕のため息、聞こえただろうか。


~~


「やっぱさ、俺、気になるんだわ。あの望遠鏡」


「ん? ああ……」


「……お前、ほんと分かりやすいよな」


「どういう意味だよ」


端島は机に突っ伏している僕のそばで、からかうように言った。


「お前の態度見てると、前の日にあの子と何があったのか大体判る、ってことさ」


「ほっとけよ」


「何だ何だ、付き合ってるんじゃないのか?」


「………………」


「な? 女の子ってのは、そんなに簡単じゃねえよ」


知ったふうな口をきくなよ。お前だって彼女いないくせに。


「……いや、そんな事よりも望遠鏡だよ。俺は、今日の昼にまた確かめに行こうと思うんだ。昨日の摩耶先輩の態度は、どう考えても普通じゃねえよ」


僕は、昨日の昼休みに地学準備室で会った兵庫先輩のことを思い出していた。確かにいつもの先輩とは全く違う、妙な迫力があった。僕たちは望遠鏡がなくなってる事を先輩に知らせただけなのに。


「お前も来いよ」


「何で僕が」


「気にならないか?」


「別に」


「……まあいいわ。俺一人で行くから」


端島は何だか変に張り切っていた。


~~


昼休み。端島は授業が終わるとすぐに教室を飛び出して行ってしまった。僕はゆっくりと伸びをすると、窓の外に目をやる。こうやって空を見上げ、放課後の廃墟倶楽部の活動のために天気をチェックするのが僕の日課になっていた。


「今日も綺麗な夕日、見えそうだな」


榛奈さんともっとお近づきになりたい。いや、実際のところ、最近は毎日のように彼女に会っている。だけど、これからどうすればいいのか皆目見当がつかない。彼女は廃墟以外には心動かされないようなのだ。


「……飯、買いに行くか」


僕はゆっくりと立ち上がると、購買部に向かった。


~~


出遅れてしまった僕には、食料は何も残されてはいなかった。ただでさえ入荷数が少ない菓子パン購入は、少しの遅れが致命的だ。


「はぁ」


仕方がない。僕は食堂に向かった。そこでは、僕たちのような飯にありつけなかった哀れな仔羊たちを救済する処置が取られている。チャーハン販売。


「他のメニューも用意しろっての」


僕はブツブツと文句を言った。この食堂では、チャーハンしか売っていないのだ。大きな炊飯器の前でおばさんが一人、チャーハンをついでいるだけ。皿を持って列をなす僕たち。まさに救済措置という言葉がぴったりの光景なのだ。


「おばさん、これさ、チャーハンじゃなくてピラフじゃないの?」


「うーん、さぁねぇ、おばちゃんよくわからないわあ、あははは」


僕はおばさんにお金を払うと、空いている席を探した。ほとんど埋まってしまっている。


「あ、おーい」


誰かが僕に向かって呼びかけた。振り向くと、声のした方の席に女子が三人。それから。


「ああ、白石先輩」


「こっちおいでよ。一緒に食べよう」


女子に囲まれている白石先輩の隣に座るのは、何だか気が引けるけど、席がない今の状況では仕方がない。僕は白石先輩たちに近寄った。


「白石君。この子は?」


女子の一人が、明らかに邪魔者を見る目つきで僕をじろじろと観察している。


「地学部のね、後輩なんだ。うちのホープさ」


「へぇ。白石君が認めるなんて、きっとすごく優秀なのね」


女子たちが白石先輩を見てキラキラと目を輝かせている。僕を見ていた目つきと全然違うじゃないか。


「救済メニューだね。うちの食堂は味気ないねえ」


白石先輩が僕のチャーハンを見て言った。


「ええ」


白石先輩の手元には弁当箱が三つ並んでいた。どれも綺麗に盛り付けてある超豪華な弁当だ。先輩がモテるだろうことはわかっていたけど、ここまであからさまにモテっぷりを見せつけられると、かえってすがすがしいくらいだ。


「可愛そうに、ねえ」


白石先輩がちらりと女子たちを見る。女子たちは白石先輩の言葉を聞いた瞬間、僕に対する態度を豹変させた。


「そうね。ここの食堂って、汚いし、何もないんだから」


「そうよ。あそうだ、私のお弁当のおかず、あげるわ」


「あ、私のも。このから揚げ、おいしいのよ」


「私はこの卵焼き、食べてね」


女子たちが次々と僕の皿におかずを放りこむ。味気ない風貌だったチャーハンが、みるみるきれいに彩られていった。


「みんな、ほんとに優しいね」


白石先輩は微笑みながら言った。顔を真っ赤にさせる女子たち。


「そ、そんなこと……ね」


「う、うん……だって、かわいそうだって思ったから」


「み、みんなで分け合って食べた方が、おいしいから」


分かりやすいな、この人たち。榛奈さんもこれくらい分かりやすかったらいいのに。いや、こんな性格の榛奈さんは、ちょっと嫌かな。


~~


「二人でコーヒー飲んでいくよ。本当においしかった。ありがとう」


白石先輩が女子たちに軽く手を振った。


「うん! また作ってくるからね!」


「私だって!」


「ちょっと! 白石君困ってるでしょ! 一人分でいいの!」


「じゃああんた、作って来なきゃいいのに!」


「私のが一番健康的なんだから!」


女子たちはワイワイと騒ぎながら食堂を出て行った。


「……先輩、ものすごい人気ですね」


「ん? 人気かどうかわからないけど、弁当はありがたいね」


缶コーヒーを飲みながら、さらりと言ってのける白石先輩。こんなセリフを吐ける男子高校生が、全国にどれだけいるだろうか。たけど、確かに先輩は外見も能力も、超完璧なのだ。性格は、よくわからないけど。


「あの、この前の洋館、付き合っていただいて、ありがとうございました」


「まあ、僕は何もしていないけどね。榛奈さん、その後どう?」


「それが、相変わらずっていうか。どうもよくわからなくて。仲良くはなってると思うんですけど」


僕は正直に自分の思っている事を白石先輩に話した。女心を熟知していそうな白石先輩は、端島より遥かに頼りがいがあるような気がする。


「ふうん、不思議な子だね」


「ええ、初めて会った時から、ずっと」


「彼女、君が何をしてくれたら一番嬉しいだろうね?」


「えっ? うーん」


彼女が僕に望む事? そんな事考えたことなかった。何だろう……そもそも、彼女は僕に何かを望んでいるんだろうか……。


「……静かに夕日を見る事じゃないかと」


「そっか。彼女、確かにもう少し君の気持ちをわかってあげるべきだとは思うけど、君の事はとても信頼してると思うんだ。だって、廃墟で二人っきりで会ってるんだから」


「ええ、これって信頼なんですかねえ」


「そうだよ。それに、二人で倶楽部を作るって、信頼がないとできないよ」


倶楽部、か。そういえば、白石先輩と兵庫先輩は、何だかんだ言ってとても信頼し合っているように見える。望遠鏡の事、白石先輩は知ってるだろうか。


「あの、兵庫先輩に洋館のお礼を言いそびれちゃって」


「まあ、次に会った時でいいんじゃないかな」


「昨日会ったんですけど、何だか様子がおかしかったので」


「ん? 様子?」


「ええ、望遠鏡がなくなっていたのでそれを知らせたら、急に怒り出して」


「………………」


「地学部の活動か何かに使ってるんですか?」


「……ちょっと、詳しく教えてもらえるかな」


白石先輩が、珍しくとても真剣な顔になった。

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