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廃洋館はたたずむ

「なんか変だな……」


二人の様子はどことなくいつもと違っていた。ただ、その違和感の理由がわからない。白石先輩が言うとおり、兵庫先輩のいたずらに端島が引っかかった、そう自分を納得させるしかなかった。


「……まあ、いいや」


無事ならそれでいいんだ。それよりも、僕はこの廃墟に潜んでいた輝ける張窓を榛奈さんと一緒に十分に堪能した。彼女と静かに窓を見つめたり、一緒に笑ったり、そして、榛奈さんの、ね、寝顔……。


「どうしたの?」


「いや、いや! 何でもないよ!」


榛奈さんに声をかけられ、僕は不必要に平常心を装ったが、他の人には滑稽に見えたに違いない。


~~


そんなこんなで、僕たちはみんな一緒に玄関に戻ってきた。扉をくぐると、とたんに視界が明るくなる。


「う……」


思わずうなってしまった。館の外も木陰になっていたけど、薄暗い所に何時間もいた僕にとっては十分まぶしい。


「何時間……?」


そうか。僕たちはそんなに長くいたんだ。時計を見て少し驚く。僕は端島に話しかけた。


「なあ、何やってた?」


「ん? 俺か? ひと通り回った後は、別に何もしなかったなあ。座って菓子食ったり、たまにお前たちを遠巻きに見たりって感じかな。摩耶先輩はあちこち移動してたけど」


「見られてたのか……そういや、兵庫先輩とは一緒にいたのか?」


「いや、頻繁にいろんな部屋を出入りしてたから、なんか話しかけづらくてさ。様子をぼーっと見てただけだよ」


兵庫先輩は扉を抜けたところで館の方を振り返って、上の階を見ている。


「さっきのさ、俺、騒いだろ」


端島が声をひそめて言った。


「一階にいたんだよ、兵庫先輩。でも、廊下の奥の部屋に入って、そこから消えちまったんだよ」


「隠れたんだろ? 白石先輩もそう言ってたじゃないか」


「いや、でもさ。次に出てきたのが上の階だぞ。どうやって移動したのか……」


「ねぇ、ちょっと待っててくれる? もう少しだけ、見ておきたいのよ」


兵庫先輩が突然僕たちの方を振り返り、思いつめた表情で言った。


「いいけど、またかくれんぼはやめてくれよ、まぁや」


白石先輩が笑いながら言った。


「もぅ、その呼び方やめてよ」


ブツブツ言いながら再び扉をくぐる先輩。やっぱり何か変だ。


「兵庫先輩さ、なんか、ここに来てからおかしいと思わない?」


「そうかしら? よくわからないわ」


榛奈さんに訊いてみたけど、そりゃそうだ。彼女は先輩には今日の朝会ったばかりなのだ。


「そりゃ、神妙な気持ちにもなるだろうね」


突然、白石先輩が僕に話しかけてきた。


「え?」


「主の久々の帰還だからね」


「………?」


「白石先輩、どういう意味ですか、今の」


端島が話に割って入る。


「……おや、聞いてなかったのか。そっか。こりゃまいったな」


白石先輩は頭をかきながら苦笑いすると、少し何か考えて、そして、僕たちに言った。


「この館。兵庫家のね」


「……えっ」


「兵庫家の、かつての別邸だよ」


「………!」


僕と端島は、唖然として何も言うことはできなかった。この館、いや、家は、兵庫先輩の家族が昔住んでいたものだったなんて!


「あ、あの……じゃあ、兵庫先輩も……ここに」


「そうだよ。ずっとじゃないけどね。小さい頃、よく遊びに来たって、まぁや言ってたよ」


「そっか。そうなんだ……」


榛奈さんは白石先輩の話す驚愕の事実を聞いて、何か合点がいったかのような表情をしている。


「白石先輩、じゃあ、消えたって俺が騒いだ時も、心配してなかったんですか」


「うーん、まあ、そんなにはね。まぁや、窓から裏山に抜けて、そこの木から上の階に上がるの、子供の頃よくやってたみたいなんだ。今回もそれをやったのかと思って」


「……なんか、よく知ってますね」


僕には、兵庫先輩と白石先輩の関係がますます不思議なものに思えてきた。それは端島にも同様だったらしい。


「はは、まぁやは結構よくしゃべるのさ。訊きもしないのにいろいろ教えてくれたよ。ずっと昔から荒れ放題の廃墟にかつて住んでた、屋根裏が好きだった、って」


「ずっと昔から荒れてた……?」


僕は白石先輩の言ったことに少し違和感を持った。数年前に僕が来た時は、何もかもきちんと整っていたのだ。僕はこの目ではっきりと見た。


「まぁやはそう言ったけど? 僕が見たわけじゃないけど、ずっと昔から今日みたいな雰囲気だったそうだよ」


……おかしい。兵庫先輩が間違っているのか、僕が夢を見たのか……。その時、僕の横に立っていた榛奈さんが僕の服の袖を引っ張りながら、ささやいた。


「ねぇ……そういうことって、あると思うわ」


「えっ」


「素敵な場所だもの。そういうこと、あっても不思議じゃないと思うわ」


「……う、うーん」


後で考えたことだけど、それはどうかんがえてもやっぱり不思議なんだ。だけど、その時は榛奈さんがあまりにも自然なことのように言うので、そうかもしれない、と納得してしまった。


「そう……かな」


「うん」


微笑んだ榛奈さんに見とれていると、兵庫先輩が出てきた。先輩の様子がおかしい理由も、今ではみんなが知っている。


「じゃあ、お礼を言いましょう!」


何かを考え込んでいた端島が、突然叫んだ。


「な、何よ、端島君。どうしたのよ」


「いいから、摩耶先輩もこっちに来て! さあ、みんな並んで!」


端島がいきなりその場を仕切り出す。僕たちは言われるまま館の前に横一列に並んだ。


「ありがとうございましたー!」


並び終わった瞬間、唐突に端島が大声でお礼を言い、頭を下げた。あっけにとられる僕たち。


「ほら、みんな!」


「……あ、ありがとう……ございました」


僕は、ちょっと戸惑いながらも。お礼を言って頭を下げた。いや、僕は本当にお礼を言うべきなのかもしれないと思ったんだ。とても素晴らしい時間をくれたこの廃墟、あの場所に。

そして、端島にも、先輩たちにも。もちろん、榛奈さんにも。


「ありがとうございました」


榛奈さんも丁寧に頭を下げた。そして、頭を下げたまま、僕の方を見てくすっと笑った。


「端島君……」


兵庫先輩は何だか複雑な顔をしていた。


「まぁや。どうだい、僕たちも」


「……うん」


こうしてみんなで廃洋館にお礼を言い、その場を後にしたのだった。


~~


登山口まで戻ると、僕たちは階段に座り、各々が持ってきた食料を分け合って食べた。榛奈さんは遠慮していたけど、僕は買ってきた食料と飲み物を強引に彼女に押し付けた。


「ここ、登山道じゃないんだからね」


兵庫先輩が独り言のようにつぶやく。私道だったのかな……そんなことを思ったけど、もちろん先輩に訊くわけにはいかない。


「榛奈さん、疲れたんじゃない? 一緒に電車で帰ろうよ」


「……私、いいえ。ありがとう」


「どうして? またここから歩いて行くなんて、無茶だよ」


「……迎えに……来てくれるから」


「えっ、誰が?」


「………………」


「ほら、榛奈ちゃんがダメって言ってんだから。引き下がりなさいよ」


僕たちのやり取りを聞いていた兵庫先輩が榛奈さんに加勢した。


「……ええと、いや、迎えが来るならいいんだ」


「………………」


廃墟を出た榛奈さんは無表情に戻る。心が通じ合っているのがはっきりわかった洋館の中とは違い、世俗界にいる榛奈さんはまるで全身を固い殻で覆い尽くしているかのようだ。でも、迎えなんて本当に来るのか? 信じてもいいのか? いや、彼女を疑うわけじゃないけど……。


「おい、もうすぐ終電出るぞ。この夕方の逃したら俺達まで歩きだぞ」


端島が時計を見ながら言った。僕たちは慌てて立ち上がり、駅の方を見る。電車はまだ来ていない。


「榛奈さん、あの……楽しかった。また、橋げたで会おうね」


「うん。今日は、本当にありがとう」


「じゃあ、俺たち行きますから。先輩たちも気を付けて。榛奈ちゃんもね」


「地学部の活動も忘れちゃダメよ」


「はは。待ってるからね」


「さようなら」


~~


「なんか、不思議な一日だったな」


端島がつぶやく。僕たちはひと気の全くない電車の中にいた。端島の言うとおりだ。不思議としか形容のしようがない日だった。ただ、僕にとってはニヤニヤの止まらない日でもある。


「……摩耶先輩さ」


ふいに端島が先輩の名前を口に出す。


「俺、実はあの後、屋根裏で見つけたんだよ」


「へえ」


「……泣いてた、すごい勢いで」


「……そうなのか?」


「白石先輩もいてさ、大丈夫だよ、って何度も慰めてた。俺、陰で見てたんだ」


「……そうか」


「やっぱり、何か思うところあるんだろうな……あの家……先輩にとって……」


「………………」


電車の窓からきれいな夕日が差し込み、僕たちの顔を赤く照らした。

廃洋館編おわり

次からしばらくまぁや編

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