訪問は大勢
日曜日。
僕は朝早くから起き出して家を出た。コンビニに立ち寄りありったけのパンとおにぎり、お茶を買い込む。
今日は榛奈さんと古びた廃館で会う約束だ。
僕の胸は昨日の晩から高鳴りっぱなしだった。何しろ彼女と橋げたの下以外の場所で会うのは初めてなのだ。ほんの短い間しか一緒にいられない普段の「面会」と今日では状況がまるで違う。本当は彼女を迎えに行ったりしたかったけど、彼女はその申し出をやんわりと断った。少し残念だけど、まあ仕方がない。
「よう、待ったか?」
端島と待ち合わせた駅前で落ち合う。廃館は街から少し離れた小さな山の中腹にある。山のふもとまでは電車で行かなければならない。山自体は丘を大きくした程度なので簡単に上ることができる。ただ、そんな何の特徴もない山なので、足を踏み入れる人間はめったにいないようだった。
ホームで端島と世間話をしていると、一両編成の電車がやって来る。なぜ廃線にならないのか誰もが不思議に思っているこの路線を走る電車は、今日もやっぱり僕たち以外に誰も乗せている乗客がない。
「いやあ、いい天気でよかったよなあ」
端島は僕に遠慮しているのか、榛奈さんの事には全く触れなかった。電車が山に近づくに従ってどんどん無口になっていく僕にも気付いてるんだろうが、それでもバカ話を続けていた。
「来るかな……」
思わずつぶやく。僕の心配はそこだった。
「来る来る! 大丈夫だよ!」
端島が陽気に言った。
「もし……来なくても……俺も先輩たちもお前に一日付き合ってやるから、さ!」
こいつ、本心では半信半疑なんだな。それも仕方がない。廃墟に女の子を誘うなんて普通はあり得ないことだ。
そうこうしているうちに、電車は終点である山のふもとの駅へ着いた。
ホームを下りると、人影が二人。
「おーい! おっそーい!」
「やあ、おはよう。いい天気で暖かいね」
駅を出たすぐわきに自転車が二台置いてある。兵庫先輩と白石先輩はどうやらここまで自転車で来たらしい。
「遅いったって、電車の時間は決まってますよ、先輩」
端島が笑いながら言った。
なぜ兵庫先輩と白石先輩がこの場にいるのか、いきさつはこうだ。
~~
「なぁ、廃墟にホイホイくる女なんていねえよ」
「うん、まあ……でもなあ……」
僕は榛奈さんに女友達を連れてくると約束してしまったのだ。何としても見つけなければ、この素晴らしい廃墟めぐりもお蔵入りになってしまう。僕は内心焦っていた。
「誰か……誰か……」
一生懸命考える僕と端島。奴には思い当る子はいなかったようだ。僕の場合は友達がいないので、思い当るも何もなくただ単に誰も誘えない。
「ねえ、ちょっと君さ、面白いところ行かない?」
端島がクラスの女子に話しかけている。
「面白い所?」
「お化け屋敷っていうか、まあそんな感じの所」
「は? 遊園地?」
「いや、まあ人によっては遊園できるっていうかさ」
「何で私がそんな不気味な所に端島君と行かなきゃいけないのよ」
「いやいや、君だけじゃなくても他の子も誘っといでよ。男でもいいしさ。なぁ?」
端島が僕の方を振り向いた。僕のために尽力してくれるのはありがたいけど、こいつはちょっと強引すぎる。
「あんたも行くの?」
「え、うん……まぁ」
女子はうんざりしたように端島に向き直り、説教を始めた。
「だめじゃないの、変なことに巻き込んじゃ。気が弱い友達だからって振り回すのはいけないわよ」
「何だよ! むしろ俺の方が付き合ってやってんだっての!」
端島がむっとしたように言い返した。
「端島、もういいから、な」
僕は端島をなだめ、女子に謝る。
「……ごめん、邪魔した」
「まったく、誘うならもうちょっとちゃんとした所がいいわよ」
案の定文句を言われて僕たちはすごすごと退散した。端島はヤレヤレといった雰囲気でため息交じりに言った。
「な、やっぱり難しいわ。廃墟に誘うなんてさ」
「何? どこに誘うって?」
後ろから聞き覚えのある声がして振り返ると。
「君たち、地学部員を勧誘してるの? 感心ねえ! えらいえらい!」
満面の笑みを浮かべて兵庫先輩が立っていた。
「先輩、また勝手に教室に入ってきて……」
「誰も気にしやしないわよ。それより、どう? 見つけた? 入部希望者」
「先輩、違いますよ。こいつのデートのために付添い人を探してるんですよ」
端島が苦笑交じりに言った。それを聞いた兵庫先輩は興味津々な顔つきになる。
「ほうほう、面白いわね。どういうこと?」
端島がハッとした表情で僕の方を向いた。うっかりと口を滑らせた事への後悔が表情に現れている。兵庫先輩が言葉を継いだ。
「教えてよ。私も協力できるかもしれないわよ」
ずいっと一歩近寄りながら僕に言う。僕は少し悩んだけど、思い切って兵庫先輩に言ってしまうことにした。僕と端島だけでは八方ふさがりなのだ。
~~
「……ふぅん、その廃墟好きの子に来てもらうために他にも女子が必要、と。へぇ」
僕のささやかなたくらみを聞いた後も兵庫先輩は不思議そうな顔をしている。
「変な子ね。ほんとにそんな子なの? 君の印象がねじ曲がってるだけじゃないの?」
「いやいや、ほんとにちょっと不思議なんですよ。俺も会ったことあるけど」
端島が隣で言った。
「……まあいいわ。難しいけど、協力してあげる。地学部には辺境好きの子もいると思うわ。化石掘ったりしてるしね」
兵庫先輩が得意げな表情に戻る。
「ところで、どこに行くつもりなの?」
「ええと、街外れの小高い山の中腹にある廃館です」
「廃館……?」
「ええ、知ってますか?」
「………………」
「ふもとから見上げてもなかなか見えないんですけど」
「俺も知らなかったな、そんなの」
「………………」
「そこに榛奈さんが興味を持って、一緒に行けたらな、と」
「ありゃ? 兵庫先輩、どしたの?」
「……私が行くわ」
「へ?」
「女子ならいいんでしょ。私が行く」
「は、はぁ、そうですか……」
兵庫先輩が突然決意したように参加を表明する。どうしたんだろう。
「まあ、私は関係ない人間だけど。邪魔はしないわ」
「いや……ありがとうございます」
「そのかわり。次の天体観測に来なさい。いいわね?」
「は……はい」
「端島君。君も」
「ん……んー……まあ、いっか。行きますよ、先輩」
「よしっ! じゃあ決まりね! 詳しく決まったら教えてちょうだい」
言い終わらないうちに兵庫先輩は僕たちに背中を向けて教室から出て行った。
「……よかった、のか……?」
「まあ、いいんじゃないか。見つかったんだし」
兵庫先輩はいつも嵐のような人だけと、今回はその性格に感謝すべきなのかもしれない。
~~
天体観測にやって来ると、白石先輩が珍しそうな顔で僕たちを見ながら言った。
「リピーターってのはめったにいないからね。それも二人いっぺんか」
「この子たちは下心があるのよ」
道具を整えながら白石先輩の後ろで兵庫先輩がつぶやいた。
「ふぅん。まぁやに会いたいのかい?」
「白石! 呼び方!」
「まあ、あながち間違ってはないですよ」
端島がおどけたように言った。
「先輩の協力がいるんで」
「お、おい……端島」
僕は慌てて端島を制止した。こいつがまた口を滑らせてしまうんじゃないかとヒヤヒヤする。別に隠すことでもないけど、あまり公にしたい類いのものでもない。だけど、白石先輩はもう兵庫先輩から聞いてすべてを知っているようだった。
「君も面白いね。うちの部長も協力するって言ってるし、健闘を祈るよ。大丈夫、僕は誰にも言わないさ」
白石先輩が爽やかに笑う。考えてみたら、白石先輩に黙って兵庫先輩を勝手に誘ってしまってよかったんだろうか。この二人は付き合ってるような気もするし……本当はどうなんだろう。
「あの、白石先輩もどうですか?」
そんなことを考えながら、思わず僕は誘いの言葉を口走ってしまった。
「僕?」
「ほら、あのコブ山の家」
兵庫先輩がボソッとつぶやいた。
「……まぁや、僕も行っていいかい?」
「何で私に了解取るのよ。誘われてんのあんたでしょ」
白石先輩は少し考えるようなそぶりを見せた後、僕に言った。
「うん。じゃあ、僕も行こうかな」