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提案は完璧

「結構知ってるんだ、廃墟。どんなところがいいかな?」


僕は早速、具体的な計画立案を試みた。


「えっと……きれいで落ち着いたところ、かな」


榛奈さんは考えながら答える。その答えは、僕の思い描いていた彼女の好みにぴったりだった。廃墟といえば、ほとんどの人間は不気味で恐ろしい、不良やホームレスの溜まり場だと考えているだろう。そんな廃墟も確かに少なくはない。でも僕の厳選する廃墟は違う。


「それなら、いい場所を知ってるよ!」


人の手から離れた建造物、それは驚くべき早さで自然の一部と化す。きれいに整備されていたはずの壁も窓も、あっという間に赤茶け、あるいは植物に覆われ、僕たちの住む生きた文明から隠される。こうなってしまうと、それは廃墟というより、もう遺跡と言ってもいい。そして、そんな人と自然の作り出した作品である廃墟は、美しいんだ。今、この場で橋げたを愛する彼女も、それを感じることができるはずだ。僕には確信があった。


「あそこの山、あの中腹にね」


僕はススキ野原からも見える小さな山を指さした。ここからは約10キロほどだろうか。


「誰が住んでたか知らない洋館があるんだ。緑がいっぱいで、きれいだよ」


「へぇ、見てみたいなぁ」


榛奈さんは山の方を見ながら、興味深そうに言った。廃墟めぐりをしていて、本当によかった。彼女の顔を見ながら、僕は心の底からそう思った。


「洋館の入り口はすごく大きいんだ。だけど、その扉は閉じられてそこからは入れない。裏に勝手口があって、その窓、木の枝が突き破っていた。僕は偶然それを見つけて、カギを開けて入ることができた。中に入ると、すごいんだ。本や調度品が、まるでそのままにしてあるかのように残ってる。僕は最初、まだ人が住んでるんじゃないかと思ってビクビクしてたんだけど、水も出ないし電気も通ってない。何度か行ったけど、やっぱり無人のようだった」


僕は思い出せる限りの廃洋館の情景を彼女に説明した。


「うんうん、それで? 中を探検したの?」


彼女は興味津々のようで、僕の隣に近寄って訊いてくる。僕は話を続けた。


「中は薄暗くてね。厚いカーテンが閉められてるんだ。最初は怖くて、すぐに引き返したんだけど、その時に見たある光景が忘れられなかったから、思い切ってまた行くことにした」


「その光景って、何?」


「ほら、洋館によくある、外側にせり出したようになってる部分」


「ああ、ベイウィンドウね」


「そ、そう言うのかな。半円形で、床も窓もせり出していた。すごく大きな窓でさ。そこは床から天井まで全部窓なんだ。カーテンはなかったからそこだけ光が入ってきていて、その光がね」


「うん」


「すごくきれいな緑なんだ。きっと外の木やツタのせいだと思うんだけど、ほんとにキラキラ輝く緑で、いくつもの細い筋になって差し込んできていた。最初に逃げ帰った時はとても焦ってたから、それを実際に見たのかどうかすら思い出せなかった。だから、もう一度行ったんだ」


「それで、その場所は、本当にあったのね?」


「うん、あった。次に行ったのはさわやかな初夏の日でさ。洋館の中はひんやり涼しくて、外の木はそよ風で揺れていた。そのたびに光の筋も揺れて、すごく幻想的だったなあ。近くにあったイスを借りて、そこに座って、窓の外をずっと見てたよ」


「素敵、素敵だわ」


榛奈さんの声が弾んだ。その事ももちろん嬉しかったけれど、僕は廃洋館の事を思い出したことが一番嬉しかった。そうだ。あの張窓はまだ変わらずあるだろうか。最後に行ったのは数年も前のことだ。あの山は登山客もめったにいないので、洋館も人の目にさらされずに今もひっそりとたたずんでいるはずだ。僕は無性に廃洋館を訪れたくなった。


「ねえ、私も行っていいかなぁ?」


榛奈さんが遠慮がちに言った。僕はすかさず答える。


「もちろんだよ! そのために話したんだ、僕の秘密の場所!……あ、でも、その洋館は僕の持ち物じゃないんだけど……」


「ふふっ、そうね。荒らさないようにしなきゃ」


彼女が笑う。僕も笑った。


「はは、そうだね。洋館にお邪魔して、ちょっとお茶をごちそうになる、なんて」


おどけて見せると、彼女がさらに笑う。僕は体中が暖かくなるのを感じた。


「じゃ、じゃあさ! 近いうちに行こうよ! 僕は端島とか他の友達も誘うから、榛奈さんも誰か連れておいでよ!」


彼女の友達なら、廃墟を踏みにじるようなことはしないだろう。僕は端島にはいささかの不安を抱いていたけれど、奴だってちゃんと言えば大人しくしているに違いない。


「私……私は一人でいいわ」


榛奈さんが笑うのをやめて、静かに言った。それを見て、何だか気まずい気分になった。


「そ、そう? じゃあ、僕の方が女子を誰か連れてくるよ。それでちょっとは安心してくれるかな?」


「心配なんてしてないよ、私」


彼女が空の方に向き直った。ちょうどきれいな夕日が沈むところだった。


~~


「おい! 端島! おい!」


僕は教室に着くなり端島の机に駆け寄った。


「何だ、珍しいな。お前から来るなんて」


「昨日、昨日な!」


「ああ、昨日の事か。俺は夜まではいなかったけど、面白い情報を手に入れたぞ」


「へぇ……いや、そんなことより、榛奈さんだよ!」


「おい! ちょっと落ち着けって!」


端島が周りを見ながら慌てたように僕に言う。僕は興奮のあまり大声を出していることに気付いていなかった。ハッとして周りを見ると、みんなが僕の方を見ていた。恥ずかしくなって少し黙る。


「……どうしたんだ。何か進展あったか?」


「あ、ああ! 今度、榛奈さんと出かけることになった!」


僕が嬉しそうに話すと、端島はニヤッと笑った。


「おっ! デートか! やったじゃんかよ!」


「いや、デートっていうか……」


「それで、どこ行くんだ? 映画か? 遊園地か?」


「いや、廃墟へ……」


「はぁ?」


今度は端島が素っ頓狂な声を上げる。またしても周りの視線を集める羽目に。端島は声をひそめた。


「お前、せっかくのチャンスに廃墟って……どういうことだよ」


「しょうがないだろ……榛奈さんって、そういう子だから」


「うーん……ほんと、変な子だよな。でも、よく話できたな、お前。相互不干渉ルールとかいうのがあるんだろ?」


「昨日は珍しく彼女が話しかけてきてさ」


「何だ……彼女がルール破るのはアリなのか。お前、振り回されっぱなしだな」


端島が呆れたように言った。


「まあ、そもそもルールってのも僕が勝手に考えてただけなのかもしれんしな……それでさ」


僕は端島に用件を伝えた。


「お前も来てほしいんだ」


「………………」


「廃墟倶楽部の活動の一環としてさ」


「………………」


「おい」


「……わかった、わかったよ。お前にしちゃ出来すぎてると思ったんだ。まあ、上出来だよ。誘えたんだから」


端島はため息をついた。明らかに期待外れだという表情をしている。だけど僕は一向に気にしない。こいつにとっては期待外れでも、僕にとっては大きな前進なんだ。


「あとさ、女子をもう一人か二人、誘いたいんだ。榛奈さんも女一人じゃ不安だと思うし」


「女子、なあ……あいにく俺には廃墟好きの知り合いはおらんなあ」


端島が腕組みして考えている。そう。これは無理難題だ。いきなり、廃墟に行かないか、とそんなに親しくもない男子に誘われて、うなずく女子はそうそういない。僕はもう一度教室を見回してみた。友達のいない僕には、もちろん女子と喋る機会だってほとんどない。例え相手がクラスメイトだったとしても。


「……ちょっと、何見てんのよ。何か用なの?」


「い、いや、別に……」


ほら、こんなふうに文句を言われるありさまだ。


「……まあ、考えとくさ。せっかくお前が奮闘して手に入れたチャンスだしな」


「ああ、頼むよ」


端島だけが頼り、ということか。情けない事だと我ながら思う。


「ところでさ、金色彗星さ。金の使い道がわかったぞ」


「ああ、地学部か。兵庫先輩が活動費をせしめてるって噂の」


端島が話題を変えた。こいつは昨日、僕が橋げたで榛奈さんと過ごしている間、地学部の活動に参加していた。それはどうやら、金色彗星とあだ名される、兵庫先輩にまつわる噂の真相を探るためだったようだ。


「どうも、摩耶先輩はでっかい望遠鏡を買いたいらしいな。超高級の」


「ふーん、まあ、天体観測してるしな」


「ふっしぎだよなあ。望遠鏡は準備室にいっぱい転がってんのに」


「そりゃ、いい望遠鏡はよく見えるんじゃないの。よく知らんが」


「うーん……」


僕は榛奈さんの事で頭がいっぱいで、端島の話はすぐに忘れてしまった。この時はまだ、僕が後に兵庫先輩の野望に深くかかわる事になるなんて、想像もできなかったんだ。

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