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会話は弾みたい

放課後、僕と端島はとりあえず地学部に行ってみることにした。というよりも、端島に地学準備室の場所を教えるのが主な目的だった。呆れたことに、こいつは部屋の場所を知らなかった。


「俺……地学部だっけ?」


端島は今でも半信半疑な顔をしているが、僕ははっきり思い出していた。間違いない、こいつは地学部員だ。何せ僕が地学部員なのはこいつのせいなのだ。


それは僕たちがこの学校に入学した頃に遡る。


~~


どの部活にも何の魅力も感じていなかった僕は、適当にサボれる部活を探していた。部活動参加が必須のこの学校では、どこかに籍を置いていなくてはならない。自分の机で入部希望届とにらめっこしていた僕に近づいてきたのが、こいつ、端島だった。


「おい、どの部に入るか決めたのか?」


端島は最初から馴れ馴れしい奴だった。戸惑いながらも僕が正直に自分の気持ちを言うと、端島はニヤッと笑いながら答えた。


「はは、俺もさ。部活なんかメンドクセエし、適当に書きゃいいんだよ」


「でも、出席に厳しい部活だと困るしなぁ」


「いい部があるぜ。そこは行かなくても全然問題ない」


「え? どこ?」


「それはな……」


~~


「地学部……か。俺、そんなとこに名前書いたかなぁ?」


当の端島は何も覚えていないようだ。恐らくこいつが教えてくれた幽霊部情報も、誰かからの受け売りだったんだろう。だけど、僕も人の事は言えない。僕だって、兵庫先輩に呼ばれるまでは、そんな事すっかり忘れていたのだから。


「せんぱーい、失礼しまーす」


地学準備室に着くと、端島が閉じられたドアの前で声を張り上げた。部屋の中から何やら音がする。


「よし、じゃあ入るか」


端島は何のためらいもなくドアを開けた。中は真っ暗だった。


「ちょっと!」


すぐに暗闇の中から声がする。声の主は兵庫先輩のようだった。


「明るくしないでよ! 活動の最中なんだから!」


何をしているのか最初はよくわからなかったが、どうやら室内プラネタリウムで星の動きを見ていたらしい。部屋の中には他にも何人かいる気配がした。


「いやぁ、今日の当番っていうもんだから、ちょっと確認しとこうかと思いまして」


端島は悪びれる様子もなく兵庫先輩に言った。先輩は小さなため息を漏らすと、僕たちに部屋の中に入るように指示する。


「あ、ちゃんとドアは閉めてね」


部屋中暗幕が張り巡らされ、ドアを閉めると途端に暗闇が僕たちを覆った。


「天体観測はもっと後。今はその予習してるんだから。君たちも付き合いなさい」


まいったな、と僕は思った。僕は天体観測に行くつもりもなければ、ここでこうして活動に参加するつもりもなかった。端島を連れて来ただけなのに、このままじゃ夕暮れに廃墟に向かうことができなくなる。厄介な事になった、と僕がしかめっ面になった時。


「あ、先輩。こいつは今日早く帰らないといけないんですよ」


真っ暗闇でそんな僕の困り顔を見たはずもないのに、端島はとっさに僕に気を利かせてくれたようだった。こういう時はいつも頼りになる奴だ。


「え? 何でよ。天体観測もあるのよ、今日は」


「え、ええと……足の検査をしないといけないんだよ、な? そうだろ?」


「う、うん。そうなんです。だから今日はちょっと……」


「……ほんとかしら?」


何も見えないけれど、兵庫先輩の疑いの視線が体に突き刺さっているのが痛いほど分かった。すると。


「病院じゃあ仕方ないじゃないか。怪我はちゃんと治さないといけないしね」


部屋の奥の方で爽やかな男の声がした。あれは、白石先輩だな。


「すみません……参加はまた今度という事で……」


僕がじりじり後ずさりしながら扉に近づいていくと、兵庫先輩が言った。


「わかったわ。お大事にね。でも、治ったらちゃんと来るのよ。いい?」


「ええ、まあ気が向いたら」


「もうっ! そんなやる気のない態度じゃだめよっ!」


「はは、またおいで。幽霊君」


兵庫先輩と白石先輩の声に見送られ、僕は静かに地学準備室を後にした。端島の奴には借りができた。だけど、あれほど部活動に無関心だった端島が、どうして今頃地学部なんかに行く気になったんだろう。少し不思議に思いながらも、僕は自転車置き場に向かった。


~~


端島と僕が橋げたの下で榛奈さんに出会って以来、僕は毎日のようにススキ野原へ通っていた。榛奈さんはあの時からずっと橋げたに集ってくれている。端島は、最初の日に来ただけで、最近は全く来る気配がない。何でも、僕と彼女との時間を邪魔したくはないんだそうだ。僕は最近奴には感謝しきりだ。そんなわけで、僕の心には若干の余裕が生まれていたのだった。


「やあ、こんにちは」


「こんにちは」


榛奈さんは橋げたにもたれかかって空を見上げていた。もうすっかり見慣れた風景。地平線もススキ野原も橋げたも夕日も、まるで彼女を引き立てるための舞台セットのように思える。


「今日はね、端島を部活に連れて行ったんだ」


早速榛奈さんに話しかける。最近気付いた事だけど、榛奈さんは僕が廃墟で腰を落ち着けるまでは雑談に付き合ってくれる。僕が一息ついて空を見上げた時、そこから二人に相互不干渉ルールが適応されるようだった。そんなわけで、その短い時間の中で何を喋るべきかをススキ野原に着くまでに必死に考えるのが、最近の僕の習慣になっていた。


「そう……どんな部活?」


今日も彼女は僕の話に乗ってくれた。


「うん、僕も端島も、地学部なんだ」


「地学?」


榛奈さんが不思議そうな顔をした。もっともかもしれない。


「地学って名前だけど、空も見るんだ。今夜は天体観測の日で、あいつがその準備をすることになってるから、部室に連れて行ったんだよ」


「へぇ……天体観測かぁ……いいね」


榛奈さんは空を見上げてしみじみと言った。


「そうだね……僕も一回行ったけど、よかったな」


僕もつられて空を見上げて……しまった。こうなってしまったら、僕は黙らなければいけない。そう、この雰囲気、空気。彼女の心がどこかに飛んで行き、あるいは廃墟と一体になり、時が止まってしまったかのように感じられる、この瞬間。僕はあらゆる言動を封じられる。話しかけてしまったら、彼女はとたんに僕に幻滅するんじゃないか、そんな恐怖感が僕の中には今でも渦巻いていた。


「………………」


いつものように顔を空に向けたまま、横目でチラリと榛奈さんの方を見る。彼女は相変わらず空を見上げてボーっとしていた。この時の憂いを湛えたような彼女の顔が、僕はたまらなく好きだ。文明の残骸ともいえるこのボロボロな橋げたの退廃的な美学と彼女の透き通った儚げな表情、僕にはすごく合っているような気がした。彼女は本当は、廃墟の妖精なんじゃないだろうか? 彼女はとにかく、不思議な言動が多い。


「他に……」


突然。


「他に誰か……来るかしら」


榛奈さんが口を開いて、僕は驚愕した。彼女の独り言のようなつぶやきは今までも何度か聞いたことがあるけれど、今回は明らかに違っていた。彼女は僕の方を向いていたのだから。


「え、誰かって……端島じゃなくて?」


「うん。もっと違う人も。倶楽部が大きくなったら、楽しいでしょ?」


楽しい、という言葉は、何だか僕たちの倶楽部には似つかわしくないような気がした。榛奈さん、どうしたんだろう。相変わらず落ち着いた態度に見えるけれど、何か、何かが違う。いつもの彼女なら、こんな世俗的なことは言わない。勝手な思い込みかもしれないけれど、なぜだか彼女の言った事が妙に引っかかっていた。


「榛奈さんは、静かで落ち着いた場所が好きなんだと思ってたけど。人が多いと騒がしくなるんじゃないかな」


「うん。そうかもしれないけど……でも……」


それっきり榛奈さんは口を閉ざしてしまった。やっぱり僕と二人っきりじゃ、嫌なのかなあ……。


「ねえ、ずっと前からここにいたんでしょ? 誰かと会ったりはしなかった?」


「いや、小さい頃は友達と来てたこともあったけど、それ以外は榛奈さんと端島、それだけかな」


「そう……」


榛奈さんが珍しくうつむいた。やっぱり変だ。僕の心はざわついた。何か言わなきゃ、何か気の利いた事を……。そして、思わず。


「ねえ、榛奈さんは他の廃墟、知ってる?」


「えっ? 他の廃墟?」


「うん。この街、寂れてるだろ。結構廃墟があってさ」


「へぇ、そうなんだ」


「端島とか、僕の他の友達も誘って、今度みんなで行ってみない?」


「みんな?」


「あ、もちろん榛奈さんの友達もよかったら一緒に、さ。夕暮れじゃないかもしれないけど、一応廃墟倶楽部の活動っぽいし」


「私……」


寂しそうに見えた彼女を励まそうと思って、無意識に僕の口から飛び出た提案。無茶な誘いだったかもしれない。僕は少し出過ぎた真似をしたかもしれないと思いながら、それでも後悔はしていなかった。だって、この提案には全く下心はなかったのだから。


「………………」


彼女はしばらく考えているようだった。そして。


「うん。ありがとう。楽しみだわ」


にっこり笑った彼女を見て、僕は知らず知らずのうちに固く拳を握りしめていた。さすがにガッツポーズはできなかったけれど。

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