少しずつ少しずつ
翌日。セレーネは、リーシアから聖域の泉の水の分析結果を受け取っていた。
「まぁ、成分的には水質調査魔術道具の結果と変わらないね。あの子は飲めそうかな?」
「はい。ですが、しばらくは人肌に温めた牛乳に栄養補給薬を混ぜた擬似的な母乳を飲んでもらいます。免疫力など、諸々今から身につけなければいけないものがありますので」
「そっか。使えるなら良いや。時間を凍結させて保存するね。後は、これを環境づくりに使って効果があったかどうかだね。ここは部屋に行けば分かるかな。リーシアちゃんは、次が当番?」
リーシア、ミーシャも魔術による生命維持に協力している。セレーネが作った魔術陣を見せれば大体の内容はわかる為、二人でも問題なく行うことができる。
フェリシアは、ナタリアと共にユニコーンが過ごしやすい環境づくりを目指している。聖域の泉が持つ清浄さを部屋の中に充満させるというものだ。
空気質調査用の魔術道具を利用して、分析を行っていき、どうすれば聖域に近づけるかを試行錯誤していく。
ミュゼルは、撮影機を使ってユニコーンの写真を撮り、スピカやリーシアの診断をノートに書き込んでいく。写真により前日との顔色などの細かい違いを比較しやすくする為だ。
これらの写真はユニコーンを聖域に帰した後に焼却する予定だ。あくまでも、現在の看病に必要なための用意で、ユニコーンにとって、この写真も嬉しくはないだろうからだ。
この辺りはミュゼルも理解しており、了承している。
ユイは、セレーネの代わりにライルと共に領主代行として動いている。領内の人間がいれば、ライルが動きやすくなるからだ。
ユニコーンに関しては、領内への告知はされていない。下手な考えを持つ人間が出てこないようにする為である。
カノン、マリア、メイは、全員のサポートに回っている。足が必要なら魔動車を出し、それぞれの時間の管理などを担う。
そして、ユニコーンの主な世話はリーナをはじめとしたメイド達が担当した。哺乳瓶を使い、しっかりとユニコーンに栄養補給牛乳を与え、吐き出してしまったものの掃除や身体拭くなど、細かい事はメイド達が行う。
流石にリーナ一人では過労となるということで、メイド一丸となって世話をすることになったのだ。
そうして、三日が経った頃、ユニコーンはセレーネ達の補助無しでも十分な量の酸素を吸い込めるようになっていた。脈もまだ弱いが補助無しでも打つようになっている。
セレーネの開発よりも先にユニコーンの方が安定した。だが、セレーネは今後のことも考えて開発は続ける方針でいる。
朝起きたセレーネは、朝ご飯を食べ終えて、すぐにユニコーンの元に向かう。
「リーナ。ユニコーンの調子はどう?」
「落ち着いています。さっきも哺乳瓶の牛乳を飲み干しました。その後も吐き戻すという事はありませんでしたので、大分良くはなっているかと」
「そっか。そろそろ立てるようになると良いね」
セレーネは、ユニコーンの首を優しく撫でる。すると、セレーネの傍にクロがやってきて自分も撫でて欲しいと言わんばかりに顔を押し付けてきた。
その為、セレーネはクロも一緒に撫でていく。
「クロが一緒にいても問題ない?」
「はい。寧ろ落ち着いているようにも思えます」
ユニコーンが来てから、クロはユニコーンの部屋で過ごすようになった。
最初はユニコーンが落ち着かないのではと思われていたが、思いの外ユニコーンはどうじなかった。セレーネ達よりも大きな体格をしているため、捕食者にも見えてしまうとセレーネは考えていたのだが、それも全て杞憂だった。
ここまで問題が一切起こらないことからも、それは明らかだった。
それどころか、クロがいることによって落ち着いてすらいるということには驚きを超えて、最早疑問に思っていた。
「クロとユニコーンに何か繋がりでもあるのかな?」
「猫人族の中には、大黒猫を神聖視する者がいます。ユニコーンも似たようなものですから、その辺りで何かしら共通するものがあるとも考えられます。後は、まだクロの事をしっかり理解できていないのではないでしょうか」
「クロをユニコーンだと思ってるってこと?」
「はい。それに近しい存在でも構いません。まだ生まれたばかりですので、自分の姿を正確に認識しているとも限りません。後はクロの庇護下にいると認識している可能性もあります。クロがユニコーンと会話できるのであれば、そういった話もできると思いますが」
カノンの言葉を受けてセレーネがクロを見ると、クロは首を横に振って鳴いた。
「にゃ〜」
「どうやらまだ会話はできないようですね。ユニコーンも生まれたばかりですので言葉を正確に認識できていないのだと思います。そもそも言葉が通じるかどうかは分かりませんが」
「にゃ〜」
クロは頷いて鳴く。
「一応、通じるは通じるみたいですね」
「まぁ、動物同士だし何かしらあるのかもね」
ひとしきり撫でると、満足したクロはユニコーンの傍に戻って丸くなる。
「さてと、それじゃあ、私はこの子の健康状態を調べてくれる魔術道具と生命維持機を作ってくるね。良い子にしててね」
セレーネは、ユニコーンを優しく撫でてから実験室に向かった。
残っているリーナは、ユニコーンの傍に座って優しく撫でる。
「早く立てるようになれると良いね。馬は立って生活するから、横になるのはあまり良くないしね」
そんなリーナの言葉を理解したのか。ユニコーンは、身体を震わせながら身体を起こそうとする。
「ちょちょっ!? 無理はしちゃダメだからね!?」
ユニコーンの突然の行動にクロも起き上がって備える。
リーナは、なるべく手を貸さないようにしながら、ユニコーンがいつ倒れても良いように構えている。
リーナが見守る中で、ユニコーンはゆっくりと立ちあがろうとする。何度も蹄を滑らせながらも立ちあがろうとするユニコーンを、リーナは何度も手が出そうになるのを我慢しながら見守った。
時間にして五分が経過する。すると、ユニコーンが足を震わせながら立ち上がる事が出来た。
リーナは涙を流しながらユニコーンを抱きしめる。
「立てた! 立てたよ!」
ユニコーンは何とか十秒程立った状態を維持したが、その後力無く崩れる。だが、リーナがしっかりと抱きしめていたので、床に強く倒れる事はなく、リーナに支えられてゆっくりと毛布に横たえる。
「ちょっとずつ立てる時間を延ばしていこうね。ゆっくり無理はせずにね」
リーナがそう言ってユニコーンを撫でると、ユニコーンが首を持ち上げた。そして、そのままリーナの膝に頭を乗せる。
ユニコーンが甘えてきている事に気付いたリーナは、笑みを零しながら、膝を載せやすく、あまり首の負担にならない角度にしてユニコーンに膝枕をする。
リーシアの栄養補給薬の効果もあり、ユニコーンは着実に健康になってきていた。だが、まだ自然に帰すには不安な要素が多い。ユニコーンとの生活はまだまだ続く。




