農業区の視察
一週間後。十分な量の肥料を作ったセレーネは、継続投与で効果の検証を続けながら、家畜の病気対策及び特効薬作りもある程度素材の選定を済ませていた。
ただ、ここで農業区の壁が完成した事もあり、その視察を行う事になった。視察にはセレーネ、カノン、マリアナで向かう。
レッドブラッドの入口と同じ門を魔動車で潜り抜けたセレーネは、まだ何もない周囲を見回す。
「何もないね」
「まだ壁が出来たばかりですので。ですが、少し奥の方にはある程度柵が出来てきています。それと家畜用の厩舎も建てられ始めています」
「ああ、そっか。そのためにちょっと壁を大きくしたんだっけ。そういえば、私、生きた牛とかってあまり見た事ないかも。牛見た~い」
「まだいないので、無理です。マリアナ、いつ頃運び込まれる?」
「厩舎が出来上がらないと何とも言えないかな。出来上がっても飼料を用意しないといけないから、一、二ヶ月先になると思う」
「それまでのお楽しみにしましょう」
「むぅ……まぁ、いいや。そうだ。試験用の牛って買える」
「買えない事もないですが、実際の牛で試験するのですか?」
「だって、実際にやってみないと本当に使えるか分からないでしょ? 普通の薬だって、最終的には人で試験するでしょ?」
薬を作っても、理論的には使えるというだけでは売る事は出来ない。実際に使えるという証拠を集めなくてはならないため、実際に牛などで試してみる必要があった。
「なるほど。交渉はしてみましょう」
「お願いね。それにしても広いね。ここに家は何軒くらい建つの?」
「十二軒ほどですね。既に契約したいという農家ともやり取りを重ねて担当する面積を決めているところです」
「そうなの? 何か、向こうの方で作業してる人いるよ?」
セレーネは、遠くの方に見える開墾をしている人達を指していた。
「最初の畑起こしなどを先に始めて貰っています。宿を利用して貰う事になっていますが、それで構わないとの事でしたので」
「そっか。まぁ、早く利益を出したいもんね。ところで、騎士団の一部が同じように畑起こしをしてるみたいなんだけど。あれってベネットだよね? しかも、普通の道具じゃないみたいなんだけど」
セレーネの視線の先には鍬ではなく何かを引いているベネットがいた。その他にも騎士団が剣ではなく鍬を持って土を掘り起こしている。
「ああ、あれは牛が引くものですね。効率よく畑起こしができて、自身を鍛えるのにもちょうど良いと思ったのでしょう」
「おぉ……まぁ、助かるから良いか。でも、自分で耕すのって大変だよね。魔術は使わないの?」
「魔術を扱える農家は少ないですから。後は、ああして土を弄る事で土の状態が分かるのだとか」
「分析魔術なしで?」
「はい。この辺りは農家の目というところでしょうか」
「お嬢様が魔術陣を見て、どのような魔術かを見極められるのと似たようなものと言えばわかりやすいでしょう」
カノンの補足にセレーネは納得する。自分が魔術に精通している事と農家が土や作物に精通している事が似たような意味になると分かったからだ。
「ああ、なるほどね。じゃあ、便利な道具は開発しない方がいいかな? 魔動車にあれを繋げるとか。あっ、でも畑と畑の距離が近いと使いにくいか……牛型ゴーレムかな?」
「牛型である必要はあるのですか?」
「だって、あの道具は牛専用でしょ? あれと規格を合わせるなら牛じゃないと」
セレーネは、段々と離れていくベネットの姿を指差す。それを見て、マリアナも納得する。
「なるほど。普通に牛を使うよりも従順で良いかもしれませんね。完全自動化というわけにはいかないので土を調べる事もできるでしょう」
「酪農家以外の家に支給する?」
酪農家であれば、そこまで畑の面積はないので、より広い畑を整える必要がある農家の方が必要とするだろうと考えられる。
セレーネはそう考えたのだが、マリアナは首を横に振る。
「いえ、申請制にした方が良いでしょう。領の所有物だと認識すれば雑に扱われる事も少なくなります」
マリアナやフィアンナに申請して、許可が出たら使って良いという方式だ。面倒くさい書類作業などが間に挟まるが、支給するよりも数を作らなくて良いという事に加えて、雑な扱いをされる可能性が格段に減る。修理代は、借りている農家が払う事になるからだ。
「そっか。じゃあ、開発するものリストに入れておこうかな。そういえば、ここの地面は随分と平らだね。街の大部分もそうだけど」
「畑を作りやすいようにある程度整地をしています。あちらの方は少し高い場所になっているのがお分かりでしょう」
「建物がある場所?」
「はい。あれは肥料作りのための堆肥舎です。一番目立つところに設置しました」
堆肥舎がある場所を目立つところに置くことで、肥料を取りに行くのに迷いにくくする事が出来る。加えて、他の家とは違う特徴的な見た目をしているので、ランドマークにもなる。
「周囲には臭いを広げないように結界を張り、ガスを安全に処理する魔術機構やその中で発生する可能性がある病原の対策用の魔術機構もナタリアとフェリシア様が開発されました。もしもの時は安全に処理できるでしょう」
「そういえば、フェリシアはナタリアの研究を手伝っていたんだっけ。それって、糞の中で出てくる病気の事だよね?」
「はい。ですので、根本的に全ての病気対策とはなりません」
「じゃあ、私の研究は続けた方が良いね」
糞などの不衛生的なものを扱うために、病気が生まれる可能性は否定出来ない。そのため、その対策はされている。だが、これはあくまで、この堆肥舎から広まってしまう病気に関するものであり、家畜全般に掛かる可能性のある病気などには関係していない。
そのため現在セレーネが進めている研究は必要となる。
「はい。万能薬とまではいかずとも症状を和らげ死から遠ざけられれば良いかと」
「後は病気に沿った薬の開発になるかな。そっちは、今後やってくる研究員に任せてもいいけど」
「そうですね。私もそう思います。他の研究員の仕事を全てセレーネ様とナタリアで取るのは危ないですから。それができるだけの技術力と寿命があるので」
「そうだね」
セレーネとナタリアだけでも、かなりの数のものを開発出来るが、そんな事をしていれば、他の研究員のやる事がなくなってしまう。
他の研究員に任せられるところは任せて、セレーネやナタリアは、自分達にしか出来ない研究を進めるのが一番良い運びだという考えだ。
「ここには馬型ゴーレムを配置するんで良いんだよね?」
「はい。こちらも申請制としています。個人で魔動車を購入する事ができるのであれば、それを使っても構いませんが、現在の魔動車の価格では厳しい家が多いでしょう。なので、基本的に借りる家が多くなります。出来れば、最低でも四体は欲しいところです」
「材料があれば作れるから、お金と相談かな。余裕はあるから大丈夫なはずだけど」
「その辺りのやりくりはこちらにお任せを」
「うん。ひとまず農業区は、問題なく進められそうだね」
「はい。明日は工業区の視察予定です。現在はセレーネ様専用の工場用の壁を増設中です」
「私個人のためのものに生産ラインを使うわけにもいかないしね。工場の建設度合いとかも確認しなきゃ」
「はい。しばらくは一つ一つ念入りに視察をしてもらいます。領主であるセレーネ様は、これらの確認が必要ですので」
「は〜い」
この後も一通り農業区を見て周り、予定と異なる箇所や他にも問題がないかどうかを確認していった。




