フェリシアの研究
セレーネが魔術薬の研究をしている時、港の防衛魔術道具を量産し終えて、壁の上への配置を終えたフェリシアは、洗濯用の乾燥機作りに着手していた。
しっかりとナタリアに許可を貰っているので、総合研究室での研究となる。フェリシアが想定しているのは、魔術による乾燥ではなく魔術道具による乾燥だ。魔術だけを開発しても使える人が少なければ、何も意味がない。
誰でも扱える魔術道具にする事で、一般家庭にも浸透させるという目論見があった。
フェリシアは、自分の部屋で設計から始めていた。そこで、一つの悩みがあった。
「カノンさん。一つ聞きたいのだけど、乾燥機の大きさはどのくらいが良いのかしら?」
マリアはセレーネの元にいるため、フェリシアの傍にはカノンがいる。セレーネの部屋と違い、フェリシアの部屋には片付けるものがないため、軽く埃を取っている。
そんな中でフェリシアから質問を受けて手を止める。
「そうですね……そもそもどういう機能のものになるかによって変わって来るかと」
「想定しているのは、組み立て式で内部に干す事で乾燥するものよ。家に置くのに、大きなスペースを常に占領するものは、あまり歓迎されないと思うのよ。私達貴族の家は、かなり広いけれど、庶民の家となると大きなスペースを常に占領するのは邪魔でしかないでしょう?」
「そうですね」
元々裕福とは言い難い家にいたカノンは、フェリシアが言っている意味を正確に理解していた。洗濯機などでただでさえスペースを取られている中で乾燥機でも同じようにスペースを取られるとなると、購入するのに手が伸びにくくなる。
そのために、フェリシアは普段はバラバラにして収納する事が出来るようにしようと考えていた。常に部屋干しというのならともかく、雨の日などに利用したいだけなら、そこまでの頻度で使用する訳では無いという想定だ。
「大体この部屋が庶民の家の全体だと思って下さい。二階三階があるかもしれませんので、一階という想定です」
「ここに……仕切りとなる壁やお風呂、冷蔵庫、洗濯機、玄関、ベッド、机、テーブル、色々と置く物があるわよね。そこに乾燥機……乾燥できる空間を作るものだから、そこそこの大きさが欲しくなるわね。それに洗濯物の量で多少変わるかしら?」
「はい。これは家族の人数で変わります。一般家庭では大体四人から五人でお考え下さい。貴族になれば、その倍となります。この家のようにメイドのものと合わせて洗濯するとなれば、二十人分などもあり得るでしょう」
セレーネが特に気にしないという事もあり、基本的には全員の洗い物はまとめて洗濯されている。下着だけは、洗濯スライムがしっかりと洗っているが、基本的にはそれ以外は一緒に洗い、洗濯の手間を減らしていた。
「継ぎ足しが出来るようにした方が良いという事ね。そこから考えるとして、結界型が良さそうね。洗濯物を干すという事は人が常に入っているという事は考慮しなくても大丈夫かしら?」
「ものぐさな人は、そのまま出しっぱなしで過ごすかもしれません。それこそ、自分の生活スペースに入っていても気にしない可能性があります」
「洗濯物以外を乾燥させすぎるのも考えものよね?」
「火事の際燃えやすくなるかもしれません。乾燥度合いは程よく止め、洗濯物のみに作用するように調整する必要があるかと。副次効果として空間内の空気が乾燥する可能性があるという事を注意書きに書くのが良いかと」
「まぁ、そこは使用者の常識に期待するしかないわね。結界の構築を手助けする形にしたいから……棒を使って空間を作るという事にしようかしら。接合部をこういう填め込む形にする。四方向に伸びる形にしておけば、棒を増やして空間の大きさも自由に決められるのよ。一メートルの棒が丁度良いと思うのよ。二本繋げてニメートルよ」
「そうですね……高さはそれでも良いと思います。ただ奥行きなどは、半分ほどの長さがあると良いと思います。それと、この大きさに合わせた室内干し用の物干しがあると良いかと」
「物干し……そうよね。空間に拘り過ぎていたわ。乾燥が早くなる物干しを作れば良いのよ」
カノンの意見を受けて、フェリシアは開発するものを空間から物干しに変える。
「物干しに掛けられた対象を乾燥の対象にするわ。乾燥の度合いは一定の水分量以下になるまでね。掛けられた対象のみなら、近くにいても人に影響はしないと思うのよ。人がぶら下がれば別ではあるのだけど。洗濯ばさみを付ける形が良いかしら? でも、それだとハンガーを使って干せないわね。ぶら下がりを注意書きに書けば良いかしら。ひとまず縦に二メートルと少しの高さにして二段にしたら便利かしら? 下の段だと床に着く可能性があるかもしれないのだけど」
「その辺りは干し方の問題になると思いますので、問題はないかと。ただ先程よりも組み立てというのが難しくなると思われます。どちらかというと常用に近いかと」
「外に干さずにずっとそこに干す可能性かしら?」
「はい。そちらの方が乾燥させやすいとなれば、そちらを優先して使う可能性は十分にあり得るかと」
「難しいわね。結局急激に水分を抜く訳ではないから、晴れていれば特に変わらないと思うのだけど……」
「その辺りは実際に使ってみなければ分からないかと。一つ提案なのですが、折りたたむ形は如何でしょうか? 多少スペースを使いますが、左右にハンガーを掛けられるようにするというものです。雨の日などにしか使わないという点で考えれば、多少スペースを取るのは仕方ないかと」
「ある程度の割り切りは必要という事ね。でも、それはこういう形になるでしょう? 細かい洗濯物には使い辛い気がするわ」
人の背丈とほぼ同じくらいの高さで、左右に広げる事で自立し、左右のポールをハンガーラックのようにして干す。
フェリシアからすれば、この形はハンガーで掛けられるシャツのような洗濯物やタオルくらいしか使えないのではと考えられた。
「いえ、この形は部屋干し用の物干しとしてはあります。大きさに違いがあるため、この大きさのものが基本とは言えませんが。ここにピンチハンガーを掛ける事も可能なはずです。この高さであれば、十分に干せると思います。ただし、それを洗濯物と認識出来るかが問題ですが」
「その辺りは、形の認識で……いえ、こうなると【思考演算】が必要になってくるわね。自動化すると、絶対にこの辺りで躓くわね……これがないとただの乾燥室を作る事になるわ。正確に洗濯物から少しずつ水分を抜くという動作を【思考演算】なしで行う……」
「さすがに厳しいかと。重さで判断するというものでも、水分を抜く対象が曖昧になる恐れがあります。水分を感知するにしても、結局は制御出来る【思考演算】がなければ、危険性が高くなるかと」
「そうね……人が管理しなくて良いという状態にするには、どうしても必要になってしまうわね。これなら普通に乾いた温風が出るようにするだけで良いかしら?」
「局所的な乾燥になり、洗濯物全体の乾燥はし辛いかと」
「結局はこういう形になるのね。セレーネは、本当に魔術道具界に革命をもたらしているという事がよく分かるわ。取り敢えず、さっきの話から、ピンチ……ハンガー……? これの形をした乾燥機も考えてみるわ。そうしたら、こっちは大きなものに使えて、ピンチハンガーはハンカチとかに使えるわよね?」
「はい」
「なら、二つの設計図を描いて提出ね」
フェリシアが集中して設計図を描くのを見て、カノンはお茶の準備を始める。内容は変わりつつも、セレーネの注文通りに洗濯物の乾燥に特化した魔術道具の製造が進み始めた。




