ミカエラとゼノビア
二週間後。様々な研究をしていたセレーネは、屋敷の応接室で待機していた。
街の方は、総合研究室の研究棟及びナタリアの家、役所、鍛冶師と裁縫師の工房が完成した。現在ギルドも建設中である。
工房は、居住スペースも設けており、工房の主が住めるようにさせている。常に工房にいる事が出来るようにしてほしいという工房主の要求からこの形になっている。
今日は、その工房主との顔合わせだった。時間を伝えられているため、セレーネは先に待機しているのである。
ノックがされ、マリアナが二人の女性を連れて入って来た。セレーネに会うという事もあって、二人とも慣れないドレスを着ている。
「失礼します。セレーネ様。こちら鍛冶師のミカエラ・ガンメタルと裁縫師のゼノビア・ラセットブラウンです」
ミカエラ・ガンメタルは、くすんだ灰色のウルフカットの髪と灰色の瞳をした人族の女性だ。ドレスの袖から覗く二の腕はしっかりとした筋肉に包まれており、余分な脂肪は一切見えないものだった。辺境伯であるセレーネと対面するという事もあり、緊張が見て取れる。
ゼノビア・ラセットブラウンは、濃い赤褐色の長い髪と赤褐色の瞳をした犬人族の女性だ。ほんわかとした雰囲気であり、ニコニコと笑いながらセレーネを見ていた。相手が辺境伯という事で、どんな強面の人が出て来るかと思っていたが、蓋を開けてみれば可愛らしい子が出て来たために笑顔になっているのだった。
「初めまして。ゼノビア・ラセットブラウンと申します。この度はセレーネ様の街の裁縫工房の工房主に任命して頂き、誠にありがとうございます。若輩者ながら、セレーネ様が治めるこの街の糧になれるよう粉骨砕身の思いで臨む所存です」
ゼノビアがすんなりと挨拶をした事に驚きつつ、自分も挨拶しなくてはいけないと思ったミカエラが緊張しながら口を開く。
「は、初めまして! ミ、ミカエラ・ガンメタルです! 前の工房では一人前と認められましたが、まだ未熟なところもあると考えています。今後成長し、セレーネ様のお役に立てるよう精進していきたいと思います!」
鍛冶場での生活が長かったためか、ミカエラの声はゼノビアの三倍は大きな声だった。セレーネの後ろで聞いていたカノンが若干驚いた程だ。
「ミカエラとゼノビアね。私はセレーネ・カルンスタイン・クリムソンだよ。よろしくね」
セレーネの軽い挨拶に、ミカエラとゼノビアは少し呆けてしまった。そんな二人の間で、マリアナが手を鳴らす。
「呆けていないで、ソファに座って。カノンがお茶を入れてくれたから」
「あ、うん」
「失礼します」
ミカエラとゼノビアがソファに座ると、マリアナはセレーネの隣に座る。そこでお茶を飲みながらマリアナが街での二人に関して話し始める。
「取り敢えず、二人は街で雇用する形にしてあるから。最初は私達が依頼するものを作って貰って報酬を払うという形ね。住人が増えたら、住人からの依頼も増えていくと思うから軌道に乗るまではちょっと不便かもしれない」
「うん。そこは了承して来てるから大丈夫」
「私も大丈夫。最初が一番苦労するって親方も言ってたし」
ゼノビアもミカエラも事前に説明を受けていたので、この辺りは了承していた。そのため改めての確認となっている。
「じゃあ、早速依頼するね」
笑顔でそう言うセレーネにミカエラとゼノビアは緊張する。初めての依頼という事も相まって、緊張が強くなっているのだ。
「ミカエラには、騎士団の剣と鎧の整備。ゼノビアには、普段着の量産をお願い。王都に戻った時にある程度補充はしてあるけど、ここで作って貰えるなら、王都での買い物リストが少なくなるから」
カルンスタイン領に来て一年程経っているため、騎士団の剣なども大分摩耗していた。あまりにも危ない状態のものは王都での買い物や他の領とのやり取りで輸送して貰ってどうにかしていた。
それを自領で回せるようになれば、輸送費がなくなり、費用がある程度抑えられる。
ただ整備というだけでは、内容をはっきりと理解できないミカエラは、小さく手を上げる。
「ん? 何か質問があるなら手を上げなくても普通に訊いていいよ。面倒くさいし」
「え? あっ、はい。整備という事ですが、研ぎ直しなどで戻せないようなものは新しく作り直すという事で良いんでしょうか? 鎧などは基本作り直しの方が安全になると思いますので、その場合はどうしたら良いですか?」
「作り直しで良いよ。大丈夫だよね?」
セレーネとしてはベネット達の安全を優先したいので、一番安全な手段で整備して欲しいと考えていた。だが、それが費用的に問題があるとなると困るので、マリアナに確認する。
「はい。毎回作り直しになる訳ではありませんので問題ないと思います。ベネット達にも大事にするように言ってありますので」
「まぁ、訓練は木剣でやってるもんね。そういう事だから、材料は運び込んでおくからよろしくね」
「は、はい!」
ミカエラが威勢良く返事をする。元気に返事をしてくれるミカエラに、セレーネは内心満足していた。頑張ろうという意思を感じるからだ。
「ゼノビアの方は質問ある?」
「デザインはどのような形が良いでしょうか?」
「ゼノビアの自由で良いけど、なるべくサイズが複数あると良いかな。ベネット達が訓練で使ったりするから頑丈だと尚良いかも」
「なるほど……分かりました」
既にゼノビアの頭の中ではある程度のデザインが完成していた。大量生産で考えているため、基本的にはシンプルなものが良いと考えていたので、デザインが固まるまでに時間は必要なかった。
「問題は食事くらい。一応、食料は輸送して貰っているものがセレーネ様の屋敷に保管されてあるから、二日に一回一定量を配給する形で大丈夫? 一応、キッチンとかも完備されてあるから、自炊さえ出来るなら、これで問題は無くなると思うけど」
「自炊……」
自炊という言葉に、ミカエラが気まずそうな表情になる。ミカエラは本当に簡単なものしか作れないので、自信満々に自炊出来るとは言えないのだ。
「取り敢えず、私の家で食べさせてあげるから、うちに二人分配給してくれる?」
見かねたゼノビアがそう提案する。
「了解」
マリアナは、即座に了承する。ここで断る理由がないからだ。ゼノビアが独占するというのなら話は変わるが、二人で分け合うのだから何も問題はない。
「ゼノビア……ありがとう!」
ミカエラは、女神が降りたかのような表情になりながらお礼を言う。大袈裟なミカエラに、ゼノビアは苦笑いしながら頭を撫でる。
「取り敢えず、急ぎで確認したいのはこのくらいですね」
「了解。それじゃあ、今の通りでお願いね。積もる話もあるだろうし、カノンも残って旧交を温めたら。マリアナの休憩も兼ねてね。私はマリアのところに行ってるから」
「分かりました。寄り道はなしですよ?」
「分かってるって」
セレーネは、四人に手を振りながら応接室を出て行った。




