ユイの仕事
一週間後。セレーネは、魔術薬の実験室で錆止め用の魔術薬を調合していた。その様子を椅子に座りながらユイが眺めていた。
「セレーネって、意外と繊細な作業も出来るわよね」
「意外って何さ。魔術薬は分量が命だから、真剣にやろうとしたらこうなるよ。こういうところはリーシアちゃんやミーシャちゃんの教育の成果になるのかな? ユイもやってみる?」
「一応、仕事に使うものだからやめておくわ。趣味のものだったらやってみても良いのだけどね」
セレーネが調合している錆止めは、魔動車などに使う他、街の開発に使う金属を錆びさせないために利用される。数が足りなくなってきたためにセレーネが調合する事になったのだ。
「魔術薬も新しい実験をしたいなぁ。何か面白い植物とか見つけてない?」
「面白い植物って何よ……」
「外に出たら変な毒草とか生えてたりしないのかなって」
「毒草なら生えてこない方が良いわよ。せめて薬草を欲しなさい」
「でも、毒草が薬になる事もあるらしいよ。リーシアちゃんの授業でもカノンの授業でもやったし」
「触って良いものか分からないじゃない」
「そりゃ不用意に触っちゃ駄目だよ。カノンに怒られるから」
「セレーネの基準って大体カノンよね」
「いつも怒るのはカノンだからね」
世話係のカノンが付きっ切りで世話をしていたため、セレーネはカノンに育てられたと言っても過言ではない。そのため、セレーネの行動基準の一つにはカノンに怒られるかどうかというものが存在する。
それでも好奇心の方が勝る事が割とあるが、毒物系に関しては大人しく従っていた。
「そういえば、ユイの方の仕事は順調なの?」
セレーネの作業を覗きに来ているので、自分が担当している教育要項等は問題ないのかとセレーネは気になっていた。
対して、ユイは複雑そうな表情をしていた。
「順調ではあるのだけど、ちょっと考えが凝り固まっている気がしているのよ。だから、少し休憩を入れて冷静になって見返してみようと思うの。意外と大事でしょう?」
「確かに、その場の熱で決めちゃう事ってあるもんね。後々見返してみたら、これはないなって思ったりするし」
これにはセレーネも同意見だった。セレーネの場合は、研究の理論を組み立てている際に起きやすいことだった。
改めて確認した際に、この理論では破綻しているという事に気が付く。
組み立てている時は、様々な事を考えている事と研究の熱でいけると思ってしまうのだ。改めて考えて無理だという事に気付くという事はしばしばある。
「大分出来てはいると思うのだけどね。私自身がもう学生じゃないっていうのもあって、学生目線に立てていない気がするのよね」
「ふ~ん……私は基本的にカノンと先生からしか習ってないしなぁ」
「まぁ、二人とも教師として優秀だものね」
「今はどういう感じで進めてるの?」
セレーネは、少しでもユイの役に立つために軽く意見を出してみる事にした。そのために現状の進み具合などを確認する。
「魔術に関しては、小等部で基礎を重点的に学んで貰う事にしたわ。基礎の重要さは身にしみて理解しているから。中等部で、それぞれの専門的な方向に進むという形よ。だから、小等部は六年通えるようにしたいわね」
「六年っていうと、四歳から?」
「そんな訳ないでしょう。アカデミーを卒業する年齢がちょっと伸びる形ね」
「お金は?」
「その分払う事になるわね。でも、一番お金が掛かるアカデミーは入学するかどうかは、その人次第だから」
「あぁ~……普通の教科は?」
「そっちもじっくり学べると思うわ。特に科学に関しては、ここでみっちりと出来るようにしたいわね。簡単な実験くらいなら実践するのも有りだと思っているわ」
「まぁ、科学の一部の実験は魔術に繋がってくるしね。魔術道具の構造とかも基本的には科学が関連してくるし、科学研究所とかとも連携する事があるから、ある程度知識として持っているのは良いと思う」
輸送用魔動列車や遠距離連絡用魔術道具の件で、科学研究所などとも連携を取る大切さや構造への理解などの重要さを理解しているため、この点ではユイに賛同していた。
「後は数学も重点的にやっていきたいわね。結局色々なものの根幹に関わる事でしょう?」
「まぁ、確かにね。歴史とかは? 後、地理。私は空間転移装置を設置するときに色々と回っていたけど、もうちょっと地理関係は学んでおいた方が良かったかなって思ったもん。後は輸送用魔動列車の路線を調べる時とかも思ったかな」
「地理ね……確かに外の国に関してもある程度は学んでおいた方が良いものね。土地関係の特産とかも知っておいた方が仕事の役に立てられるだろうし、そこもしっかりと学んだ方が良いのは確かね。セレーネの経験も考えると、もう少ししっかりと学べるようにした方が良いかもしれないわね」
ユイは、セレーネの意見をメモしていく。実際、地理関係の方はユイも軽く見ていた。実際に住んでいる国であるため、ある程度把握はするだろうという考えがあったからだ。
ユイ自身は、幼少期より公爵家の人間として国のことを知ろうと思い地図などを眺める事があった。その結果、ある程度の地形などは把握する事が出来ていた。この経験があるために先程の考えに至っていたのだ。
「小等部でしっかりと学習させてから、専門的な要素を含んだ中等部に進学して、更に専門的な要素を含んだ高等部に進学するという形は問題ないかしら?」
「うん。卒業時期の問題があるけど、そこら辺をしっかりと話し合えば大丈夫だと思う。これはマリアナには話したの?」
「ええ。マリアナは良い考えだと言っていたわ。王都の学園と差別化する事が出来るからってね」
「ああ、なるほどね。そういう面で言えば良いのか。後は教材の準備とかもしれないといけないね」
「そうね。必要なものの見積もりは出してあるけど、用意するのは大変そうだわ」
「ちゃんと決まったら書類出してね。あっ、マリアナの方にね。マリアナから私に上がってくるだろうから」
「分かったわ。良い気分転換になったわ。それじゃあ、また夜にね」
「うん。またね」
気分転換を終えたユイは、自分の仕事部屋へと向かって行く。その後を入口で控えていたメイが追っていく。部屋から出る際に、メイはセレーネに頭を下げてから追って行った。
それを見送ったセレーネは、錆止め用の魔術薬の調合を続ける。同じ作業を延々と続ける事になるのだが、セレーネは特に嫌々やる事もなくカノンと楽しげに話ながら続けていった。




