マリアナの補佐
翌日。屋敷の実験室で結界発生装置を作っていたセレーネの元にマリアナがやって来る。
「セレーネ様。お時間宜しいでしょうか?」
「ん? 良いよ」
セレーネは、作業の手を止めてマリアナの方を向く。すると、マリアナの後ろに青みがかった紫色の髪と紫の瞳をした眠たげな女性が立っていた。
「その人がフィアンナ?」
前日にマリアナから話を聞いていたため、セレーネはその人物がフィアンナであると気付いた。フィアンナは一歩前に出てセレーネに挨拶をする。
「初めましてセレーネ様。フィアンナ・クロッカスと申します。この度は雇用して頂きありがとうございます。主にマリアナの補佐をしつつ、セレーネ様の補佐も致します。顔を合せる事が多くなると思いますが、ご了承頂けると幸いです」
「うん。よろしくね。フィアンナはカノンと同級生だったんだよね?」
「はい。カノンと比べて、優秀ではありませんでしたが、粉骨砕身の思いで臨む覚悟です」
「ん? うん。そこまで気にしなくても良いよ。マリアナが連れてきたって事は、ちゃんと優秀って事だから。段々と忙しくなっていくから、手伝ってくれるのは嬉しいな」
セレーネは笑いながらそう言う。セレーネとしては、マリアナが連れてきたという点から、フィアンナが優秀な人材であるという信頼があった。これはどちらかと言うと、マリアナへの信頼だが、同時にフィアンナへの期待でもあった。
セレーネは無意識にやっている事だったが、これはフィアンナへのプレッシャーに変わっている。
(可愛い笑顔で物凄い期待をしてくる子だなぁ……カノンも微妙に苦笑いっぽい顔をしているし、無意識の事なんだろうけど。これは……適度にサボるのもやめて、しっかりと働かないとかな)
フィアンナはそう思いながら、今一度自身に活を入れた。
「あっ、でも、ちゃんと休むようにしてね。倒れるのが一番駄目だから」
「あ、はい。かしこまりました」
まさかセレーネ本人から休みを取るように言われるとは思っていなかったフィアンナは、多少戸惑いながらも返事をした。
「それじゃあ、マリアナは他の仕事があるだろうから、カノンがフィアンナの案内をしてあげて。マリアナは仕事の前にもう一度設置場所の相談に乗って」
「かしこまりました」
「では、一通り案内した後に戻ります。危ない実験はしないようにお願いします」
「は~い」
カノンはフィアンナを連れて屋敷の中の案内を始める。
「それにしてもフィアンナも本当に来るとは思わなかった」
「う~ん……役所の仕事は楽しくないからね。面倒くさいし、馬鹿な上司が多いし、飲み会は多いし、酔いに乗じてセクハラしようとしてくるし、身体目的の男が寄ってくるし、最悪中の最悪。カノンは良い職場だったみたいだね。色々と話題の中心になることが多い家だったみたいだけど」
「まぁ、確かにね。一回死にかけたし、友人も亡くなしたし、それなりの騒動の渦中にはいたけど、そういう意味での最悪はなかったかな」
「う~ん……人生的な悲劇で言うと、カノンに軍配が上がりそうだね。私は仕事の嫌なところに直面したくらいだし」
「フィアンナのそれは仕事の嫌なところよりも、人間の嫌なところな気がするけど」
「似たようなものでしょ。仕事仲間を含めて仕事なんだから。こっちは良さそうだね。セレーネ様が思ったよりも可愛いし」
「当たり前でしょ。お嬢様程可愛らしい方はいないから」
「おぉ……」
フィアンナは、高等部時代では考えられなかったような事を言うカノンに若干戸惑っていた。
「そういえば、カノンはスピカと恋人になったんだっけ?」
「そうだね。スピカは部屋にいるから、挨拶だけしておく?」
「そうしようかな。まずは、ここに慣れたいし」
カノンは、フィアンナを自室に案内する。カノンとスピカは同室で暮らしているために案内するのは、カノンの自室になる。部屋で結界に関する研究をしていたスピカは、カノンが帰ってきた事に笑顔になり、フィアンナがいる事に驚いていた。
「フィアンナ。今日来るとは聞いていたけど、もう来たんだ。いらっしゃい」
「うん。スピカは……何か幸せそう」
「ん? うん。幸せではあるけど。カノンが案内しているの?」
「お嬢様の指示だから。スピカも一緒に来る?」
「良いの? それじゃあ、お邪魔しようかな」
特に拘束時間がある訳でもないスピカは、カノンによるフィアンナの敷地案内に同行する事にした。久しぶりの同級生という事もあり、少し話したいという気持ちが大きかった。
「スピカはカノンの恋人として来てるの?」
フィアンナは早速自身が一番気になっている事を訊いた。スピカがいるという事は聞いているが、その役割などは一切聞いていないためだ。
「ううん。聖女として来ているよ。ここに教会を作る事になっているから、そこで働く感じかな。後は、カノンの恋人って事もあるけれど、セレーネ様の眷属だから、ここに置いておいて貰えるって感じかな」
「へ? 眷属? 確かにマリアナから貰った資料にもあったっけ。結局眷属はどのくらいいるの? マリアナも?」
「ううん。フィアンナも知っている人で言うと、カノンと私くらいかな。知らない人で言うと、セレーネ様の姉君であるテレサ様とその従者であるルリナさん。セレーネ様の婚約者であられるフェリシア様、ユイ様、ミュゼル様。フェリシア様専属メイドのマリアさん。ユイ様専属メイドのメイさんかな」
「へぇ~、結構多いね。しばらくここで暮らすなら粗相のないようにしないと」
「あまり気にしなくても大丈夫だとは思うけどね。皆さん気にされないから。特にセレーネ様は全く気にしないから」
「そうなんだ。まぁ、あの感じなら納得かな」
セレーネと会話したフィアンナは、スピカの言っている事に納得していた。
「多分、お嬢様の事だから、今日の夜にでもお風呂に誘われると思うけど、フィアンナは大丈夫?」
「え? まぁ、良いけど、セレーネ様は婚約者いるんじゃないの?」
「普通に親交を深めたいって考えしかないから気にしないで大丈夫」
「お風呂で? まぁ、着飾らないって事を地で行く感じなのかな。それを私にもってなると、マリアナとはもうお風呂に入ったの? 今のマリアナなら、セレーネ様くらいの子が好みのど真ん中じゃない?」
マリアナの好みを知っているからこそ、フィアンナはセレーネの容姿を見てその点を気にしていた。その状態で一緒にお風呂に入る事が危険ではというように考えていた。
「分別は付くようになっているから大丈夫。この前一緒に入った時もちらちらと見るくらいだったし、真っ直ぐ正面向いて話す時はお嬢様に話し掛けられた時くらいだから。さすがに、お風呂になるとオフの状態になるから、我慢が大変そうだったけど」
「それなら大丈夫か。まぁ、危なかったら止めれば良いしね」
「そういう事」
そんな風に昔と変わらずに会話をしながら、フィアンナの案内は続いていった。




