新しい友達
学園に入学してから一ヶ月が経った。ここでセレーネとフェリシアに最大の難関が訪れる。それは、体育の授業に関する事だった。運動着に着替えた生徒達は、校庭に出て来ていた。
「お~し、三人一組になれ。三人で、このボールを地面に落とさずに、パスし続けろ。キャッチする事も魔術の使用も認めん。さっ! 早くしな」
ミルズが出した指示で、セレーネは迷わずフェリシアの手を掴む。これで一人確保したが、もう一人の確保が問題となる。セレーネは、周囲を見回して一人で残っている人がいないか探す。これまで知り合いを作っていないセレーネとフェリシアにとって、残り一人を見つける事が難しかった。
さらに、既にいくつかグループが出来ており、人が見当たらないのも問題だった。
(誰か一人になってる人は……)
そうして見回し続けて、黄みがかった赤色のボブカットで桃色の瞳をした少女を発見する。オロオロとして、周囲を見回しているので、三人組を作る相手がいないのだと判断したセレーネは、フェリシアを引っ張りながら、少女の元に移動する。
「ねぇ、一人?」
「へ? あ、はい……」
今にも消え入りそうな声で返事をする少女に、セレーネは構わず詰め寄る。
「一緒に組も!」
「へ? あ、あの……」
「あっ! 自己紹介だね。私はセレーネ・クリムソンだよ。よろしくね。はい、フェリシア」
「フェリシア・ウルトラマリンよ。よろしく」
「あわわ……シ、シ、シフォン・コーラル……です……」
「よろしくね、シフォン!」
笑顔でそう言うセレーネに、シフォンは目を泳がせて、もじもじと指を動かす。極度の緊張状態だった。それも仕方のない事。シフォンは平民であるのに対して、二人は侯爵と伯爵の貴族である。貴族との縁など全く無いシフォンが緊張するのは当然のことだった。
「あわ……あわわわ……えっと……よ、よろしく……お願いします……」
「うん。よろしくね。シフォンは友達いないの?」
「ふえっ!? あ、あの……はい……」
シフォンは涙目で返事をする。
(うぅ……やっぱり貴族様だから……馬鹿にされてる……)
どうにかしてここから逃げ出したいと思い始めているシフォンの手をセレーネが取る。
「じゃあ、私達が初めての友達だね! 私の初めての友達はフェリシアなんだよ。仲良くしてね」
「ふえっ?」
「そうね。友達になっても良いわよ」
「ふえぇっ!?」
思ってもいなかった言葉に、シフォンは困惑していた。平民である自分が貴族と友人になるなど許されて良いのかと考えているのだ。
「嫌なの?」
セレーネが悲しげな表情でシフォンの顔を覗く。シフォンは顔を赤くしながら顔を背けた。
(ふおおおおお! 美少女の顔がぁぁぁああああああ! 何でこんなに整ってるの!?)
目が合わない事に腹を立てたセレーネは、シフォンの頬を両手で掴んで、自分の方を見させる。
「嫌なの?」
「いいいいい……いえ……! おおお……お願い……します……!」
「ふふん! じゃあ、友達ね!」
「はははは……はい……!」
目を泳がせながら、シフォンは返事をする。しっかりと言質を取ったセレーネは満足げに頷いた。
(この子……恐ろしい子ね……これを天然でやっているわけだし)
フェリシアは、セレーネがニコニコしながらシフォンを見ているのを見ながらそう思っていた。
「三人組が出来たなら、ボールを受け取って始めな。上手く息を合わせてやれ」
セレーネがボールを受け取りに行くと、ミルズがボールを投げて渡す。セレーネは、そのボールをキャッチして戻ってきた。
「持ってきた!」
「ご苦労様。それじゃあ、始めるわよ。ボールを回し続けるのが目的なのだから、なるべく高く上げるように」
「うん!」
「ははっ、はい……!」
最初は、ボールを持ってきたセレーネからだ。セレーネは高くボールを上げる。それをフェリシアが両手で上に弾く。シフォンは、少し慌てながらもボールの落下地点に移動してボールを上げる。
セレーネとフェリシアは、難なくボールを上げ続けるが、シフォンは若干危なげだった。そうして十一回パスをして、シフォンがパスするところで途切れた。目測を誤って落としてしまったのだ。
シフォンは一気に顔を青くする。自分が二人の邪魔をしてしまっているという自覚があったからだ。
(ぜぜ……絶対に怒られる……)
二人からの叱責を覚悟して目を閉じるが、一向に二人からの叱責はなかった。
「シフォンは、運動得意じゃない?」
シフォンの予想に反して、セレーネの口調は柔らかかった。シフォンは涙目で頷く。
「シフォンがやりやすいように出来ないかな?」
「魔術を禁止されている以上、厳しいと思うわ。ボールを取る事が禁止されているから、上にあげるのは必須よ」
「じゃあ、私とフェリシアでサポートに入る? 結局、続けて一人でやらなければ良いんでしょ?」
「そうね。その方向でカバーしていきましょう。シフォンもそれで良いわね?」
「あ、は、はい……でで、でも、そそ、それならお二人でやった方が…………」
「三人でやるものなんだから、シフォンも一緒にやらないと。それに、シフォンも一緒の方が楽しいし」
セレーネがそう言うと、シフォンは目を丸くする。
「で、でも……成績が……」
「え? どうにかなるんじゃない?」
「これだけで決まるわけじゃないから、特に気にしないわよ。それよりもサボっていると思われる方が不味いわ。セレーネは私、私はシフォン、シフォンはセレーネの順番で回していくわよ。シフォンには、なるべく高く上げるから、しっかりとボールの落下地点を見定めて。運動は得意じゃないみたいだけど、普通に動けてはいるのだから、落ち着いてやれば大丈夫よ」
「は、はい……」
再び、セレーネからボールを上げる。そして、フェリシアがより高く上げて、シフォンが落下地点を見極めようと頑張る。
「後ろ! あっ、ちょっと前! やった!」
「次行くわよ」
「あわ……あわ……」
セレーネが声でサポートし、フェリシアがなるべく受けやすいようにボールを高く上げて、シフォンが頑張る。そういった風にして、パスが続いていった。
それをミルズが見ている。
(ふむ……三人組にして、無理矢理クラスメイトと関わらせる作戦は成功のようだね。まぁ、まさか、若干鈍くさい子を選ぶとは思わなかったけれどねぇ。他のグループに迷惑が掛からない子を無意識に選んだのか……単純に目に入ったからなのか……まぁ、仲良く出来ているのなら、それで良しとしておこう)
ミルズなりの気遣いによる三人一組のボール回しは、それぞれのグループに様々な影響を与えた。仲が一層良くなったグループもあれば、一気に仲が悪くなったグループもあった。
(これで仲が悪くなるのなら、元々良い関係ではなかったという事だ。別に成績を決めるとは言っていないのだから、あの子達みたいに気軽に遊べば良いものを)
ミルズは若干呆れつつも、授業を進めていった。
最終的に、セレーネ達のグループは、三十回まで繋げる事が出来た。セレーネは終始楽しそうに、フェリシアはなるべく繋げられるようにと意識しながら、シフォンはサポートしてくれる二人に報いるために頑張っていた。
「ふぅ……楽しかったね!」
「そうね。初対面にしては、大分息を合わせられたと思うわ」
「すすす、すみません……私のせいで……」
「もう! シフォンは謝らない! 私は、シフォンも一緒だから楽しいって言ってるんだよ? シフォンはつまらなかった?」
「い、いえ、楽しかった……です……」
「ふふん! じゃあ、良いの! ボール返してくるね!」
セレーネはそう言ってミルズの方に向かって駆け出していく。二人きりになると、シフォンは少し居心地が悪そうになる。それをフェリシアも察していた。
「緊張しないで良いわよ。別にセレーネがいない場で虐めようとか思わないから」
「い、いえ……そんな事は……」
「考えていたでしょ? 貴族が平民を虐めるのはよくある事だから。でも、そんな馬鹿みたいな事はしないわよ。貴族には貴族の、平民には平民の仕事がある。それを尊重し合わないで、世の中を良くすることは出来ないわ」
「……す、凄いですね……わ、私よりも、と、年下なのに……お、大人みたい……です……」
「教育を受けるのが早かっただけよ。とにかく、私もセレーネもあなたを嫌ってはいないの。だから、虐める事なんてあり得ない。友人同士なのだから、尚更よ。分かったわね?」
「は、はい……」
「何の話?」
ボールを返して戻って来たセレーネが首を傾げる。
「仲良くしろって言っていたのよ」
「ふ~ん……そうだ! シフォンも一緒にお昼食べよ! せっかく友達になったんだから、もっと仲良くなりたいもんね!」
「えっ……い、いや……でも……」
「さっき言った事忘れたの? 変な遠慮は要らないのよ。友人なのだから」
「え、えっと……は、はい。ご、ご一緒させて頂きます……」
こうして、セレーネとフェリシアに新しい友達が出来た。まだ完全に打ち解けているわけではないが、セレーネは新しい友達という事で大興奮だった。




