言いたかった事
ミュゼルの部屋の前に着いたセレーネは扉をノックする。
「ど、どうぞ……」
ミュゼルの小さな声が聞こえ、セレーネは扉を開けて中に入る。
「お邪魔するね」
「あっ……セレーネちゃん……いらっしゃい」
少し緊張していた様子のミュゼルは、相手がセレーネだと分かって分かり易く弛緩していた。
「こっちでの暮らしは慣れた?」
「う、ううん……まだちょっと……」
「まぁ、王城ほど大きくないし、部屋の中に閉じ込められているままだもんね。私は閉じ籠もっている方が楽で良いけど。そうだ。クロを連れてこようか?」
「ク、クロちゃん? でも、ここは狭いと思うけど……」
「ああ……まぁ、そっか」
「そ、そういえば、クロちゃんも活躍したって聞いたよ?」
「うん。うちにも襲撃が来たんだけど、家を攻撃されて敵だと認識したクロが全部倒してくれたんだよね。大黒猫って大きくて素早くて力が強いから、並大抵の人だと普通に負けるみたい。おかげでうちの被害は最小限で済んだから、目一杯褒めてあげたよ。あっ、猫だけに鼠退治が得意……なんてね」
「ふふ」
ミュゼルは小さく笑う。いつも通りのミュゼルなので、セレーネは内心安堵していた。
クロに関する事柄は事実だった。フェリシア達は、魔術研究所の防衛の後に街に蔓延る反逆者の殲滅に動いていたため家の守りに向かえなかった。なので、クロが一匹で家を守っていた。クロ自身に怪我はなく、襲ってきた反逆者達は首に大きな穴を開けるか、曲がらない方向に曲げながら死んでいた。メイド達からクロが守ってくれたという事を聞いたセレーネは、クロを目一杯撫で回して褒めた。
「セレーネちゃんは、もうお仕事大丈夫なの……?」
「大丈夫じゃないと思うけど、全員から休めって言われてお休みになった。だから、ミュゼルとお茶しようと思ってね」
そう言ってセレーネは机に置かれたベルを鳴らす。懸賞が当たったかのように鳴らすので、ミュゼルは少し驚いていた。そして、全く驚いた様子もなくやって来たサマンサは、セレーネの脳天に拳骨を軽く振り下ろす。
「痛っ! ミュゼルかもしれないでしょ!?」
「あの鳴らし方をする方は、この家にはセレーネ様しかおりません」
「むぅ……お茶!」
「はい。少々お待ちください」
自分の知っているセレーネが、あまり変わらず存在している事にサマンサは内心嬉しく思いながら、もう少し大人しい方向に成長してくれても良かったのにとも思っていた。ただ元気でいる事は何よりも嬉しいので、そこまで気にしてはいなかった。
そんなセレーネとサマンサのやり取りにも少し驚いていた。自分と使用人の関係ではあり得ない事だったからだ。
「セ、セレーネちゃんって、使用人との距離が近いよね……?」
「そう? サマンサは怒ると怖いよ。カノンとは別の意味で」
「使用人は、あまり怒らないと思う……」
「割と怒られてたけどなぁ。やっぱり王族と侯爵じゃ違うのかもね。王族を怒ったら死刑とかありそうじゃない?」
「さすがにない……と思うよ……」
実例があったかが分からないため、ミュゼルも断言する事は出来なかった。ただ、人によってはセレーネの態度も不敬罪として処罰しようとするかもしれないと考えると、あながちあり得ない話でもないのではとも考えていた。
そんな話をしていると、サマンサがお茶とお茶菓子を運び込んでテーブルに並べた。
「では、次呼ぶ際にはもう少し優しく鳴らすようにお願いしますね」
「は~い」
サマンサが下がったところで、セレーネとミュゼルは席に着いてお茶を飲み始める。
「セ、セレーネちゃん……ずっと言いたかった事があるの……」
「ん?」
久しぶりのサマンサのお菓子を口に詰め込んでいたセレーネは、その手を止める。ミュゼルは一度深呼吸をしてからセレーネと向き合う。その際いつもは半分くらい合えば良いくらいの視線がしっかりと合っていた。
「私達を助けてくれてありがとう。一人も欠けずに生きる事が出来た事が嬉しかったの。セレーネちゃんは、自分の身を削りながら一言だって文句も何も言わなかった。そこが申し訳ないとも思ったの。私達のせいでセレーネちゃんが傷付いているって思ったら、何も出来ない自分が嫌になって……でも、セレーネちゃんはいつも笑っていたから、こう考えるのも失礼だと思って……だから、ありがとうだと思ったの。ちゃんとお礼を言うのが、私に出来る最大限のお返しかな……って……」
「ふ~ん……全部合わせてもありがとうで良いのに」
「え?」
セレーネの言葉に、ミュゼルは軽く困惑していた。
「私は自分がやらないといけない事かやりたい事以外やらないから。今回はやらないといけなくてやりたい事だね。取り敢えず、貴族主義のゴミは掃除したいもん。それにあのままだとミュゼルがずっと危険だったから」
「わ、私……?」
「うん。ミュゼルが安心して暮らせるようにしたかったんだ。王族を殺すっていうなら、ミュゼルが対象になるし。友達が楽しく暮らせる世の中が一番嬉しいからね。まぁ、実際はミュゼルだけじゃなくて、ユイも対象に含まれていたみたいだけど。二人とも大切な友達だから、私は持てる力を持って邪魔者を排除する。それで死にかけていたら世話ないけどね。多分、シフォンも呆れてると思う」
「シフォン……セレーネちゃんの友達で、あの騒動で亡くなられた子だよね……?」
「うん。隙間時間にお墓参りしておいたんだけど、時々シフォンやジーニーの返事みたいに風が吹くんだよね。まぁ、偶々吹いているだけの風に私達が勝手に意味を付けてるだけなんだけどさ」
「う、ううん……多分、ちゃんと返事だよ……そうじゃないと……毎回風が吹く訳ないから」
「そうだと良いな」
少し寂しげに笑うセレーネの表情にミュゼルは胸がチクりと痛んだような感覚を覚えた。セレーネの中で、その時の傷がまだ残っているという風に感じ取ったからだ。そして、セレーネが自分やユイを想ってくれている理由がよく分かってしまった。
理不尽な理由で大切な友人を亡くした経験が、再び友人を亡くす事への忌避感を強めているからだと。だからこそ、自分の命を削ってでも助けたいと考えているのだと。
「あれ? 死にかけた?」
ミュゼルはセレーネの考え方を分析して結論を付けてから、改めてセレーネが放った言葉の中に気になる言葉が混ざっていた事に気付いた。
「え? あ、うん。銀の杭が心臓に刺さりかけたってだけだけど。まぁ、普通の真祖は即死間違いなしの攻撃だから死にかけた。まぁ、リーシアちゃんの防御があるから死にはしないけど。向こうの狙いの一つに私への復讐もあったみたいで、私が真祖って情報を持っていたみたい。あの騒動の中に親交があった人がいたいみたいだよ。剣聖が言ってた」
「そ、それじゃあ、セレーネちゃんも危険だったって事じゃ……」
「うん。まぁ、それに気付いた時は騒動が粗方片付いたって言っても良かったから、そのまま完全な収束を目指したって感じ。おかげでユイや誘拐されかけた令嬢達を助けられたから結果的に良かったよ」
「そ、そうなんだ……よ、良かった……?」
死の直前まで行っているので、それを良かったと言って良いのか分からなくなったミュゼルは最後の最後で疑問形になっていた。だが、目の前で笑っているセレーネを見たミュゼルは、生きていた事はちゃんと良かったと内心では喜んでいた。




