剣聖の話
それから一週間が経った。【無期睡眠】で捕縛した者達への尋問も始まり、今回の反逆の情報を集めていく。
その間、セレーネも同期術式を利用した遠距離連絡用魔術道具をレッドグラスのクリムソン家別邸と修復中の王城に代わり活用する事になったルージュ公爵家の別邸に設置した。このルージュ公爵家の別邸はユイが住んでいたものとは違い、少し小さな屋敷だ。
その後は、ユイを誘拐しようとしていた人身売買組織が使ったと思われる壁を越える道を探していく。これに関しては【空間探知】で詳しく調べて即座に判明した。家屋の一部から地下道が街の外に続いていたのだ。巧妙に隠されており、しっかりと調査しなければ分からないようになっている。外側の出入口は壁の上から見る事が出来るので、そこだけは注意しないといけない。
この発見に伴い、セレーネは王都を一周回って同じような隠し通路が存在しないかの調査を担当する事になる。また復興のための瓦礫撤去にゴーレムを貸し出す事を決めた。ゴーレムの管理は、フェリシアやリーナが行う事になっている。
そんな風にそれぞれが忙しい状況が続いている中で、セレーネはリンドに呼び出された。呼び出されたのは、罪人を捕縛しておく監獄だ。カノンを連れたセレーネがやって来ると、そのままリンドによって監獄の奥にある取調室の前に連れて来られる。そこにはベネットの姿もあった。
「ベネット?」
「おう。嬢ちゃん」
「身体は大丈夫なの?」
「ああ、スピカが治してくれたからな」
「そっか。それで、何故私達を?」
ベネットが元気そうで安堵したセレーネは、自分達をここに連れてきた理由をリンドに問う。
「現在取り調べをしているベオルフが二人に話があると」
「…………分かりました」
「カノンも一緒に入れ。セレーネの護衛に必要だろう」
「はっ! 感謝致します」
リンドがカノンへの心遣いで護衛として同行する事を許可したのだと、カノンは即座に理解し感謝した。相手への警戒から、ベネットが先に入り、最後にセレーネが入る事になった。リンドは隣の部屋で部下と共に話の内容を聞く。
「来たか。まぁ、座れ」
ベオルフに言われ、セレーネとベネットは前の席に座る。ベオルフには手錠がされているが、その意味があまりないという事をベネットは理解している。そのために即座に動けるようにはしていた。
「そう警戒するな。今の私に反逆を続ける意思はない。そうなるように、そっちのお嬢ちゃんがしてくれたのだろう?」
ベオルフは首の左側を見せるようにしてそう言った。その場所には契約魔術の痕跡が薄らと残っている。
「まぁ、実験がてら」
セレーネがやった事は契約魔術を【時間停止】で起動状態を維持し、そこから変化しないようにしたというものだ。問題点として、契約魔術の判定がどうなるのか分からないため、実際に契約に抗えるかは分からなかった。
今のベオルフの状態から、現状は上手く契約の阻害が出来ているのだと考えられる。契約を履行状態で維持するため違反したという判定も出てこない。これが【時間停止】解除後にどうなるかは分からなかった。
「それで、どうして私達を呼んだの? 話ならリンド様達にすれば良いんじゃないの?」
情報を吐くだけなら、セレーネ達がいる必要はない。取り調べをするリンド達に全て話せば終わりだ。
「まずは謝罪をさせて欲しい。危険な目に遭わせてしまい申し訳な無かった」
「それって、本心では反逆に反対だったって事?」
セレーネの確認にベオルフは頷く。
「ああ。そもそもこの反逆は、国王が民を虐げるようになった時の対抗として用意されていたものだった。本来の貴族主義は、もっと違うものだった。貴族として、民を守り、民を導き、国を支える。つまり、民が迷わずに進める道を作る存在だという認識を根底に持つという意思表示のようなものだった。だが、それを悪質に歪める者がいた。民を所有し、民を使い国を発展させる。つまり、民は貴族の持ち物であり、それをどう扱おうが貴族の勝手であるというものだ」
「それって、王城でも言っていたやつ……歪めた貴族主義の理念?」
「ああ。どこから歪んだのかは分からない。だが、これを刻んだ時の事は覚えている。言ってしまえば、これは誓いだったのだ。自分達は民を守る。故に刑罰以外で民を害する事を禁ずるというものだと説明を受けた」
「……契約魔術に改竄された跡はなかった。大分古いものだとは分かったけど、それ以上に何かがある訳じゃなかったよ」
「つまり、反逆者の一部は騙されていた訳だ。契約の内容には家族の事まであった。つまり、自分達が抗えば家族が危ない。反逆者を殺したところで、その仲間が生きていれば家族が殺される。私達に選択肢はなかった」
ベオルフの言う通りではある。セレーネの確認した契約魔術の内容からも、これが正しいと分かる。自分が死ぬ分には自業自得だが、それによって家族が危ないとなれば不用意に動けなくなる。家族の安全が確保されるという保証がなければ、従うという選択肢以外を手に取る事は困難なのだ。それは家族を愛する者であればある程困難になる。
「お嬢ちゃんには、本当に迷惑を掛けた」
「私? 銀の杭で殺そうとした事?」
セレーネの言葉にベネットが驚く。この事は初耳だったからだ。隣でベネットが自分の事を見ている事にセレーネも気付く。
「未遂だよ。途中で止めたから」
「そうか……すまない」
「ベネットは悪くないよ。あの時の判断としては正しかったから」
「その通りだ。あの場で逃がしていなければ、私が殺す事になっただろう」
「つまり、私に恨みを抱くあの貴族みたいなのが上の方にいたって事?」
「そうだ。お嬢ちゃんによって貴族としての称号全てを失った者。その家族と交友を持っていた者達の恨みのようだ」
「自業自得でしょ」
セレーネは吐き捨てるように言う。セレーネからすれば正当な恨みではない。どちらかと言えば、セレーネの方が恨みが強いと思っている程だ。
「あいつらも貴族主義だったね。そっか。あなたも協力していたって事」
セレーネとカノンの視線が重く冷たいものになる。
「いや、信じて貰えないだろうが、私は関わっていない。だが、その組織に所属している事にはなっている。だからこその謝罪だ」
「関係ないなら謝罪は要らないよ。別にそれが分かったからって、あなたの家族に危害を加えようとか思わないから」
「感謝する」
ベオルフの言動から、家族への愛が深いと感じたセレーネはベオルフが謝罪した意図を読み取った。ベオルフが所属していた事により、その家族へと恨みを向けないかという事だ。恨みによる行動を数多く見てきているベオルフは、セレーネがそういう人間ではないと思いつつも可能性は減らす必要があると考えていた。
「そんな事よりも確認したいんだけど、人身売買組織とはいつから繋がっていたの?」
「お嬢ちゃんの誘拐が発覚した時からだろう。侯爵貴族の令嬢を誘拐出来る腕前から、もしもの時の備えとして交流を持ったと考えれば納得が出来る。私も今回の計画を伝えられた時に知り嫌悪したものだ」
「そう。じゃあ、私はもう行くね。ちゃんと罪を償って」
「ああ」
セレーネはもう話す事はないと判断してカノンを連れて先に外に出た。残ったベネットにベオルフは、ベネットにだけ向けた言葉を伝える。
「剣聖は悪名として広がるだろう。次代の剣聖と言われているベネットには迷惑を掛ける」
「気にしないでくれ。正直、称号そのものに興味はない。称号は所詮は称号だ。俺は俺だという事を知らしめれば良い」
「ふっ……お前はそう言うだろうな」
剣聖の継承。ベオルフの関与が民の間でも広がった結果、懸念されている事項の一つだった。次代の剣聖と呼ばれるベネットは大丈夫なのか。また裏切るのではないか。そんな噂が流れ始めている。
たった一度の裏切りがこれまでの信頼を根底から崩していた。だが、それでもベネットは構わない。大事なのは称号ではなく、自分がどうあるべきかだから。称号の悪名を自分の行動で正す。その強い意志がベネットにはあった。




