叙爵式
それから三週間後。月の桜桃用のゴーレムを製造して、月の桜桃での倉庫作業が安定化し、掃除スライムを入荷した事で増えた店頭作業に集中する事が出来るようになったため、忙しさは変わらないが、これまでよりも遙かに効率良く捌く事が出来るようになっていた。
その報告を受けたセレーネは満足げな表情をしつつ、ゴーレムに関する報告書を義務づけた。これは研究の一環でゴーレムを置いているので、その体裁を守るためのものだ。ゴーレムに作業が効率化した事もあり、リーナは喜んで報告書を書いてセレーネに提出する事になった。
またこの期間にまた中継基地の一つが完成した。ただし、まだ通信線が繋がっていないので、街間での通信は出来ない。
もう一つ変わった点は、総合研究室の研究棟に有線式の連絡用魔術道具である魔電話が設置された。魔術と電気信号により会話を可能とするために、それらの要素を合わせた名前になった。この魔電話の導入で入口からセレーネ、ナタリアへの連絡が確実に出来るようになった。これは研究室だけではなく、全ての実験室に繋がっている。ユリーナの耳でそれぞれの居場所は特定出来るので、連絡先を間違える事もない。これはある意味では試験導入という面が強い。
そんな普通に少しずつ変わっていったが、今日はもっと大きく変わる日だった。その理由は叙爵式が執り行われるからだった。
セレーネとナタリアは、ガンドルフの前に跪いていた。周囲には多くの貴族達が立っている。その中にはラングリドとラングの姿もある。ラングは次代当主である事に加えて、セレーネの親族という事で参列を許されている。
「セレーネ・クリムソン。ナタリア・レモン。其方らの功績を評価し、ここに名誉男爵の称号を授ける。セレーネ・クリムソンには、カルンスタイン名誉男爵、ナタリア・レモンには、アールヴ名誉男爵の爵位名を与える。これまでの貢献を賞賛し、これからの貢献を期待する」
ガンドルフの言葉の後に、周囲の貴族達から拍手が送られる。
新しくカルンスタインの爵位名を受けたセレーネは、セレーネ・カルンスタイン・クリムソンと名乗る事になる。あくまで爵位名であり、家はクリムソンに入っているからだ。
叙爵式を終えた後は、王城内にある舞踏会場にて、それを祝福したパーティーが行われる。ここではフェリシアも参加出来るので、セレーネの傍にいる。二人が婚約者同士という事は知れ渡っているので、誰も疑問を抱くことはない。
セレーネはひっきりなしに来る貴族達の挨拶を丁寧に返していた。その挨拶のほとんどは、セレーネが開発している魔術道具の融通してくれないかという事だった。だが、これに関しては、セレーネは断り続けた。貴族としての立ち位置よりも魔術道具の開発者としてのプライドなどが勝っているからだ。下手に融通して問題が起きた場合、その責任はセレーネが負う事になるという事が分かっていたというのもある。
安全面について説いてようやく諦めてくれる者が多いので、セレーネとしては面倒くさいと感じていた。
その中でガンドルフとミュゼルがセレーネ達の元に来る。
「大変そうだな」
「陛下。大変なんてものじゃないですよ。どこかを優遇したら色々と問題も起きますし」
「そうだな。利権などを狙っているのだろうが、セレーネからすれば、迷惑か。俺の名を使っても良いぞ」
「陛下の名前を使ったら帰るんですか?」
「曲がりなりにも国王だからな。総合研究室は、俺が主導で作ったものだ。その事を広めておこう。それと出来ればミュゼルを傍に置いてくれ。セレーネの祝いに出て来たは良いが、この環境に耐えられなくなっているようでな。セレーネの傍なら安心出来るだろう」
ガンドルフはそう言って、ミュゼルの背中を押してセレーネの傍に行かせた。ミュゼルはオロオロとしながらセレーネの傍に立つ。
「ご、ごめんね……せっかくのお祝いだったから……頑張ったけど……」
「ううん。来てくれてありがとう。ミュゼルがいると心強いよ」
セレーネがそう言うと、ミュゼルは嬉しそうにしていた。そんなミュゼルを見て、ガンドルフも小さく笑う。
「セレーネの爵位名だが、リーシア殿に相談させて貰った」
「リーシアちゃんに?」
「ああ。吸血鬼族の事は吸血鬼族から聞くのが一番良いと思ったわけだ。ラングリドには無理を言ったがな。カルンスタインは、潰れた吸血鬼族の真祖の家名だったらしい」
「そんなもの使って良いんですか?」
「ああ。リーシア殿を通して許可は貰った。元々潰れているものだから気にしないで良いとの事だ。どうやらノスフェラトゥ家の親戚らしい」
「つまり遠く離れた親戚という事ですか?」
「そういう事だ」
カルンスタイン家の真祖は、遠い昔に殺されている。既に家名を名乗る者もおらず、誰も使っていないという事から、誰かが反対意見を出してくる事もない。ノスフェラトゥ家としても爵位となる分には構わないという意見だった。
「ノスフェラトゥ家では、セレーネであれば構わないとの事だ」
「私、ノスフェラトゥ家の人達と関わったのって、リーシアちゃん達だけなんですが……」
「ああ、リーシア殿がセレーネについて話に行ったらしい。セレーネの状況やこれまでの人生を聞かせた結果、そうなったそうだ。セレーネとの近い部分は、そのカルンスタインの当主も女性と結婚していたらしい」
「だから、私にも合っているって事ですか……う~ん、潰れたというところだけが引っ掛かりますけど、有り難く頂きます」
「ああ。では、ミュゼルを頼んだぞ。いっそ、ミュゼルも娶るか?」
「お、お父様……!」
ミュゼルは顔を真っ赤にしながら慌てる。それに対して、セレーネは平然としていた。
「私だけで判断出来る事じゃないので。ね、フェリシア」
「セレーネがそうしたいなら良いと思うわよ。貴族の中では普通の事だから。セレーネが誰を正妻にするかで少し変わるけれどね」
「それはフェリシア一択だから。ともかく、そういう事はしっかりとミュゼルとも話し合ってから決めます」
「ふむ。意外と固いな。親としては反対しない。頑張れよ」
ガンドルフはそう言ってミュゼルの頭を撫でると、ナタリアの方に向かって行った。ミュゼルは、顔を真っ赤にしながら髪を整えている。そんなミュゼルに、セレーネは小さく微笑む。
「それにしても、リーシアちゃんも教えてくれれば良かったのに」
「あ……それは無理かな……あの場で発表するものだから……先に知らせるのも駄目なの」
「そういうのが有るんだ。フェリシア、知ってた?」
「さすがに知らないわね」
「う~ん……取り敢えず、全部終わったらリーシアちゃんにも話を聞きに行こうかな。今はここを乗り切らないと」
フェリシアとミュゼルを伴っているセレーネの元には、更に多くの貴族達が来たがミュゼルがいる事によって、セレーネとガンドルフにしっかりとした繋がりがあると知り、あまり無理は言わなくなってきていた。だが、セレーネがいつも以上に疲れていたのは言うまでもない。




