まさかの知らせ
翌日。セレーネは総合研究室研究棟のナタリアの研究室に来ていた。ナタリアにゴーレムの製造許可を貰うためだ。セレーネは、そこに至るまでの経緯を話していく。
「なるほど。セレーネ様のお店なら良いでしょう。実際に商業で使われる場合の試験にもなりますので。ユイ様の屋敷にいるゴーレムには問題がないという報告を受けました。セレーネ様も確認しますか?」
「うん。確認しようかな。それじゃあ、一応昨日報告した内容で確定で」
現状のスライム生産装置の改良は厳しいと判断したセレーネは昨日提出した報告書の内容で研究の終了とする事を決めた。実際にスライム生産装置としては完成しているので問題は無い。
「分かりました。では、論文の作成をお願いします。掃除スライムや洗濯スライムに関する装置の方が宜しいのですか?」
「うん。家でやるよ」
「分かりました。それによって問題があれば、報告をお願いします」
「うん。じゃあ、研究室にいるね」
「はい」
セレーネは、自分の研究室に戻ってユイからの報告書を読んで、ゴーレムに問題がない事を確認する。
「やっぱり感情は魔物由来の素材であるスライムの核の粉末を使っているからなのかな?」
「ゴーレムに感情らしきものが芽生えたという報告は一つもありません。そういう事で間違いはないと思います」
「後は、後天的に学習していく可能性かな。これはまだまだ先の話だから、経過を見ていくだけかな。よし。それじゃあ、ゴーレムの服と動力の研究に移ろうか」
「はい……いえ、その前にお嬢様にお客様のようです」
カノンは、一階のユリーナがした声掛けを聞いてセレーネに客が来た事に気付いた。
「お客って?」
「どうやらスノーホワイト様のようです」
「何だろう? 一応、お茶の用意しておいて」
「はい」
カノンがお茶の支度を進めていると、部屋がノックされる。即座にカノンが扉を開ける。すると、本当にヒナタが入って来た。ヒナタは、扉を開けてくれたカノンに頭を下げる。
「ありがとうございます。こんにちは、セレーネさん」
「こんにちは」
「本日はスライムを作り出す装置を作っているとの事で、その視察に参りました」
「分かりました。実験室に置いてあるので、こちらにどうぞ」
セレーネが先導して、実験室にヒナタを連れていく。そして、そこに置いてあるスライム生産装置を見せると、ヒナタは目を輝かせながらその細部を見ていた。
「こちらで完成なのですか?」
「はい。スライム生産装置としては完成です。汎用性のある錬金術用装置としては、この素材投入口を取り外せるようにして、掃除を徹底させるつもりです」
「なるほど。錬金術において分量などの計算もですが、素材の正確性も重要になります。不純物が混ざるという危険を避けるには、そもそも利用者の注意が必要という事ですね。この辺りは利用者の問題になりますから、そこまで考えないで良いでしょう。
一番重要な部分は魔術陣の投入ですね。転写の部分は……なるほど、これも【思考演算】による制御で完全に均等に魔力を流す事を実現している訳ですね。そうなると、【思考演算】の魔術結晶が必要になると……現状ではセレーネさんにしか作れないものという事ですね」
「多重魔術陣は、まだ難しいですか?」
「理論自体はある程度浸透していますが、成功者は未だ現れていません。繋ぎ目の見極めが難しいようです」
「なるほど……論文にもしっかり書いた気がしますが」
セレーネとしても一番苦労した部分だが、ある程度の法則はセレーネ自身が見つけて論文にしている。なので、ゼロからの始まりで学習するよりも遙かに楽なはずというのがセレーネの考えだった。
「こればかりは経験の差もあると思います。ですが、仮に多重魔術陣を作る事が出来るようになったとしても、魔術結晶にするのは別の難しさがあります。まだまだ時間が掛かるでしょう。残りの問題は、多重魔術陣を使う際は基本的に無詠唱という事です。これはヒルデの分野ですが、ヒルデも頭を悩ませていました」
「これを気に無詠唱を主流にすれば良いと思います」
「誰もが魔術陣の細部まで覚えられる訳では無いのです。予備の魔力線を置いておく事で魔術として起動する事は出来ますが、効果は通常よりも落ちます。現在どうにか詠唱で描けないかと模索しているようですよ」
「大変ですね」
「はい。詠唱分野は、精神的にも辛いものがありますから」
詠唱を完成させるには、特定の構造を描く詠唱を見つけるしかない。そのため詠唱分野の研究は、常に様々な言葉が呟かれている。言葉のニュアンスが少し変わるだけで、描かれる魔術陣も変わる事があるので、特定するまでの間に精神を大きく削る事になる。これは学園でもアカデミーでも研究所でも同じような状態だった。
「これらの成形は魔術で行ったという事ですが」
「はい。全部魔術で作りました。私には鍛冶の技術はありませんから」
「魔力の操作に長けているようですね。ここまで繊細な成形を魔術でやるのは、魔力の操作が上手い人の特徴です。魔術道具として作るのであれば、正確に成形出来るこっちの方が良さそうですね。出来れば、汎用性のある装置の方も設計して頂けると助かります」
「分かりました。ある程度描いてはあるので、ナタリアに提出しておきます」
「はい。お願いします。それとセレーネさんとナタリアさんには、爵位が授与される事になりました。今日はその知らせも持って来ました」
ヒナタが笑顔で放った言葉に、セレーネは明らかに嫌そうな表情をしていた。それに対してヒナタは苦笑いをしていた。
「セレーネさんとナタリアさんが成している結果に対して、爵位を渡さねばならないという判断になりました。陛下は歓迎しないだろうと仰っていましたが、実績に対する評価として爵位は必要ですから。それに関してお話しします。先程の研究室で宜しいですか?」
「はい……」
セレーネ達は研究室に戻り、カノンが用意したお茶を飲みながら爵位について話をしていく。
「与えられるのは名誉貴族の称号です。一代限りの爵位ですね。世襲が出来ませんので、子供に引き継ぐという事は出来ません。セレーネさんの家であるクリムソン家は、長男が引き継ぐと思いますが、そういった事が出来ないという事です」
「それでも貴族ではあるんですよね?」
「はい。陞爵もありますが、それ相応の実績が必要になります。一番は武功ですが、国への貢献が重要になります。その点で言えば、セレーネさんは早々に子爵になるでしょう」
「えぇ……」
セレーネの実績は、輸送用魔動列車の実現、空間転移装置による輸送網の構築、遠距離連絡用魔術道具による連絡網の構築、情報処理魔術の発見、空間魔術の発展、現在の自動錬金術装置の開発などが上げられる。
それらの実績を見て、爵位を持たせなければいけないという判断になったのだ。
「叙爵式に関しては、後日連絡を差し上げます。これらは決定事項ですので、しっかりと準備をしておいてください」
「はい……」
「では、本日はこれで失礼します。お茶、ご馳走様でした」
ヒナタはそう言ってセレーネの研究室を出て行くので、セレーネはしっかりとヒナタを見送った。そして、研究室に戻ると爵位を貰うという事を改めて考えて、カノンに抱きつきながら頭を整理していった。




