通信テスト
二週間後、セレーネは総合研究室の研究棟で遠距離連絡用魔術道具の外側の試作品を受け取っていた。まだ魔術的な処理を終えていないものなので、ここからセレーネが魔術的処理を施す事になっている。
「何か大きい」
直方体の形をしており、縦に長く幅は狭い。手のひらで掴む事は出来るが、手のひらに収まらないので、少し側面を凹ませて掴みやすくされている。
「更なる小型は課題ですね。現状ですと、この大きさが限界のようです。セレーネ様は、中の上部下部にある受話口と送話口に魔術陣を刻んで下さい」
「うん。これ二つあれば話せるの?」
「いえ、まだ中継基地が出来ていませんので。なので、本来の使い方ではありませんが、強引に繋いで音の調子を確かめる事になります。カノンにもこれを渡しておくから、セレーネ様と音声試験をしておいて」
「分かった。試験項目はこれだけで良いの?」
「セレーネ様とカノンで気になる事があるなら、別の紙に書き加えておいて。その項目は最低限調べて欲しい事だから。よろしく」
「分かった。行きましょうお嬢様」
「うん。また後でね」
「はい」
セレーネはカノンと手を繋いで研究室に戻る。自分の研究室で一度分解を行い、魔術陣を刻んで魔力線を引いて魔術道具として成り立たせる。
「強引に繋ぐってどうするの?」
「ひとまずは、こちらの道具を利用するようです」
カノンはそう言って黒い線を持ってくる。連絡用魔術道具を入れていた箱に入っていたものだ。
「結局有線?」
「試験用ですから、本来は無線ですね」
「だから、強引に繋ぐか……今調べるべきは信号の変換がちゃんと出来るかだもんね」
試作品用に作られている接続口に線を繋げて部屋の端と端に移動する。
「じゃあ、試験するよ」
「はい」
互いに魔力を込めてから繋げる。
「ああ~聞こえる?」
『はい。音質は少々悪いですが、お嬢様の声で聞こえています。こちらは如何でしょうか?』
「同じ感じかな。カノンって分かるし聞き取りも問題ないけど、ラグは?」
『大体一秒から三秒というところでしょうか。一応、ナタリアの試験項目の中では許容範囲内となっていますが』
「うん。私もそう思う。ここは贅沢言えないよ。少しずつラグは減らしていく方向で調整かな。魔力の消費は?」
『想定よりも消費量は抑えられています。これなら誰でも扱えるかと』
「うん。継続して会話していても問題は無さそうだね。部屋挟んでみようか」
『はい』
続き部屋になっている扉を開いて、壁を挟んだ状態で会話を行う。
「カノン聞こえる?」
『はい。線に余裕がありますので、もう少し離れます』
「うん」
セレーネの方でも線の限界まで離れた事が分かる。
『聞こえますか?』
「うん。聞こえる。カノンは?」
『聞こえます。有線で繋がっているためかラグは変わりませんね』
「そうなんだ」
カノンの耳は壁を挟んでいたとしてもしっかりとセレーネの声を拾う。例えそれが小さな呟きだとしても関係はない。それ以上の聴覚を持つのが、ユリーナだ。ユリーナは一階居ながらセレーネ達の会話をしっかりと聞いている。耳に集中する事で、音を正確に拾えるのはそれだけ訓練を行ってきたからとも言える。カノンの場合はセレーネに仕えるという事が、その訓練になっていた。
「音質は?」
『変わりません。無線になった場合の音質の変化は注目しておいた方が良さそうですね』
「うん。取り敢えず、音の変換は問題なし」
セレーネはそう言って通話を切る。そして、戻って来たカノンがメモをした内容を含めて、報告書として纏めていく。
「これで良いかな?」
セレーネが纏めた内容をカノンも読んでいく。その内容に間違いがないか等の確認も含めているので、慎重に確認作業は進められた。
「はい。問題ないかと」
「よし。じゃあ提出しよう」
セレーネはカノンを連れて、ナタリアの部屋に戻り報告書を提出する。ナタリアは、すぐにそれに目を通していく。
「特に問題はなさそうですね。後は中継基地が出来てからの試験を残すのみです。そちらの建設は、一月後に始まります。セレーネ様には魔術的処理の作業をお願いしますので、そのつもりでいてください」
「うん」
「音質の問題は、あちらでも確認して貰いましょう。今回使ったものを向こうに送ります」
「うん。音質の改善は、私が何かする必要ない?」
「そうですね。あちら側で素材選びをして貰う事になります。セレーネ様のやる事は一月程ないと考えて良いかと」
「分かった。問題があったら報告してね」
「はい。今日はお疲れ様でした」
セレーネはナタリアに手を振ってカノンと一緒に部屋を後にする。今回は確認作業のためだけに来ているので、これで帰宅となる。総合研究所を出たセレーネは、カノンに抱きついた。
「カノン、カノン。どこかでお茶しよ。デート!」
まだ夕方まで時間があるという事で、セレーネはカノンと一緒に寄り道がしたくなっていた。
「そうですね。では、個室のカフェに行きましょうか」
「うん!」
カノンに頭を撫でられながら了承されたセレーネは嬉しそうに笑う。セレーネと手を繋いだカノンは、個室があるカフェに入っていく。ここはセレーネもお気に入りで、貴族のために用意された個室で周囲の目を気にせずに楽しめる。
セレーネはカノンの隣に座ってカノンに寄り掛かりながら注文したお茶とケーキを待つ。
「お嬢様は変わらずに甘えん坊ですね」
「カノン大好きだもん」
そう言って抱きついてくるセレーネをカノンは優しく抱きしめて頭を撫でる。その中で、セレーネの身体に刻まれている封印に目が行った。
「そろそろお嬢様の封印も解いていく段階ですかね」
「駄目だよ。眷属化の封印も一緒にしてるもん。眷属化を治せる方法が見つかるまでは、封印はそのまま」
寝ぼけてスピカを眷属にした事から、セレーネは自分の眷属化には制限が必要だと考えている。なので、そもそもの封印もそのまま残しておいた方が都合が良かった。
「ですが、お嬢様も使える魔力の量を常に制限されているのは辛いでしょう?」
「う~ん……別に戦闘なんてそんなにしないし。吸血衝動を抑えられるなら、こっちの方が良いもん」
セレーネがカノンに甘えていると、店員が入って来てケーキなどを並べる。セレーネは割とこうしている事が多いので、店員は微笑ましい気持ちになるだけで一切困惑すること無く笑顔で去って行った。
ケーキが並んだので、セレーネは嬉しそうに頬張っていく。セレーネはここのケーキが好きなので、すぐに食べ終わる。そんなセレーネに、カノンは自分が頼んだケーキの半分を食べさせてあげる。これもいつものことなので、カノンも迷いがない。
ケーキを食べ終えた後もお茶を飲み終わるまでセレーネはカノンに甘えていた。それもいつもの光景だった。




