ユイ来訪
翌週。ユイが遊びに来た時、セレーネはミュゼルが遊びに来た時と同様に大の字になっていた。ミュゼルに再三注意されたからなのか、場所は床に移っていたが。
「セレーネ。床に寝ないの。子供っぽいわよ」
「子供だも~ん」
「十六歳になるのに何を言っているの?」
「まだ先だも~ん」
そんな事を言うセレーネを引っ張り起こしたユイは、ソファに連れて行って膝枕する。
「全く……こういうところは変わらないわね。大人顔負けの知識と技術力を持っているのに、変なところで子供っぽい」
「むぅ……」
むくれるセレーネの頭をユイが優しく撫でていく。そこにメイがお茶を持ってくる。フェリシアの仕事でマリアが出ているため、カノンの手伝いを申し出たのだ。
「お嬢様。セレーネ様。お茶が入りましたよ」
メイはそう言って、二人の近くにあるサイドテーブルにトレイを置く。
「ほら、身体を起こしなさい」
ユイに言われて起きたセレーネは、ユイの身体にぴったりと張り付いて寄り掛かる。そして、メイから手渡されるカップとソーサーを手に取ってお茶を飲む。
「そういえば、なんでユイがいるの?」
「報告ついでに遊びに来たのよ。この前の教育方針だけど、研究をする上で必要な基礎知識の講義を増やしていく方向で落ち着いたわ。必要な知識の不足がアカデミー生の技術力の不足に繋がっている事に気付いてはいたみたいよ。でも、他にも必要な基礎知識が多いというのが言い分だったわね。この辺りは学園と相談して決まったのだけど、アカデミーに進学希望の生徒には、特別講習を受けてもらって、その部分の一部を補って貰う事でアカデミーの負担を軽くしているわ」
「ふ~ん……講義の数が増える事による研究の遅延は?」
「生徒の努力不足」
「手厳しいね。研究には時間も必要なのに。まぁ、遊んでいる暇はないぞっていう追い込みにはなるか」
講義が増えると研究する時間が減る。研究にばかりをしているセレーネからすれば一大事だが、他のアカデミー生は違う。寧ろ、基礎知識の不足が、研究を滞らせてしまう原因なので、これを解決出来るという事は研究が大きく進むきっかけになるからだ。
セレーネの助言教室において、何度も指摘された知識不足と経験不足。それを解決するための講義という事でアカデミー生からすれば有り難い限りだった。
「セレーネが助言教室をしてくれるおかげで、表に出すことが出来た問題なのかもしれないわね。基本的にはそれぞれの研究室で補えば良いという風にも考えられていたそうよ」
「ふ~ん……出来てなかったわけだから意味ないね。単位的にはどんな感じ?」
「二単位ね。セレーネも貰えているわ」
「うわぁ、要らない」
「普通のアカデミー生が聞いたら発狂しそうね。留年も当たり前の世界だもの」
「ふ~ん……ユイは卒業出来そう?」
「おかげさまでね。他にも色々と教育に関するものを書く機会が増えたから。新しい教育施設の草案も出来てきている事だし」
「何それ?」
セレーネは興味津々にユイを見る。分野は違うが、新しいものと聞いてしまえば、それがどういうものなのか気になってしまうのだ。
「アカデミーは、普通に基礎科目も講義の一つに入っているわ。でも、それを抜いた完全なる専門的知識だけを追求した教育ね。これは魔術師とかよりも技術者の育成に使えると思ったのよ」
「まぁ、技術者の人員不足は激しいからね」
魔動列車の開発で、セレーネもそこが不足しているという事を知っていた。
「より専門的な技術者の育成。これは工業だけじゃなくて、農業とか漁業とかでも同じね」
「それだと経営学とかも必要になりそうだけど」
「それも含めての技術者よ。経営学は、少しだけになるかもしれないけれど、そこを理解出来ていないと経営を任せているところは気付かない内に損をさせられている可能性が出て来るから。
今のアカデミーは器用貧乏を作ろうとしている感じが強いのよね。それもある程度優秀な。だから、応用とかを教える事が流行っている感じが強いのかもしれないわ」
「う~ん……器用貧乏って、色々な分野で広く役に立つけど、専門的になればなる程役に立たなくなるんだよね。中途半端が一番邪魔とか思われそうだし」
「そうよね。だからこその専門特化の人材を育成したいのよ。それで言えば、騎士の学科は、それに近いわよね。武術や防衛術とかの戦闘と防衛に関する講義だけだもの」
「他の学科もそうしたいけど、魔術も科学も一科目の特化は難しいもんね。それぞれが関わってくるものだけに」
「本当にね。そこの専門にも特化させたいけど、そうすれば理解が遅れる。そういう意味では、魔術師と魔術技師と科学者は、専門特化は向かないわね。工業的には、少し大変だろうけど、製造をちゃんと理解出来ていればある程度問題はないから」
「農家は少し楽なのかな。農薬への理解と作物の病気とか状態とかを覚えるけど、結局作物に特化したものだから」
「楽とはならないと思うわよ。農業に関しては天候とかも関係してくるから」
「ああ、そっか。その部分でも割と勉強しないといけないのか。確かに、それを考えると数学とか歴史とかを勉強する時間よりも農業特化でぐんぐん深掘りさせるのが重要っぽい」
「そういう事。アカデミーもある程度は深掘りしているけれど、それよりも更に深掘りするのが目的ね。魔術の深掘りなんて考えるだけで絶望しそうだわ」
遠い目をするユイは、学園時代魔術の浅い部分でも大変だった事を思い出していた。それを難なく理解し、尚且つその範囲のまま深掘りしているセレーネに尊敬と嫉妬の念が生まれるくらいには、その大変さを思い知っていた。
「セレーネみたいな深掘りの仕方が誰にでも出来れば良いのだけどね。どうすれば、そんな深掘りが出来るの?」
「ん? 五歳くらいから基礎の基礎をひたすらに勉強して実践していくのが大事かな」
「結局英才教育よね……」
「後はひたすらに興味興味興味かな。自分が興味を抱くものに一直線なのが良いと思うよ。だから、興味のある分野に超特化出来るユイの一分野深掘り大作戦は良いと思う」
「急に子供っぽい作戦になったわね……まぁ、その通りではあるのだけど。いずれは魔術師なんかも同じように特化させたいわね」
「基礎が出来ている前提だね」
「そうね。だからこそ、学園での基礎学習を充実させないと」
ミュゼルとは違い、セレーネとユイは、ひたすらに教育などの研究分野での話をしていった。ただ遊ぶ以外の事でもセレーネは常に楽しそうにしていた。それは友人が近くにいる事自体が楽しいからであった。




