セレーネの助言
それから三週間後、セレーネの助言教室にミュゼルがやって来る。先に来ていたアカデミー生は、ミュゼルの姿を見て緊張していた。
「あっ、ミュゼル。ちょっと待ってね」
「!?」
「う、うん……」
「!?」
アカデミー生は、第四王女に対する態度ではないセレーネに驚き、ミュゼルが特に気にした様子もなく頷いていた事にも驚いていた。
「取り敢えず、問題点が曖昧過ぎるから、そこをしっかりと書く方が良いよ。誤魔化す方法を鍛えるよりも問題点をはっきり記述して、それの解決のためにこういう事を考えているって書いた方が心証が良いから」
「あ、ありがとうございます」
セレーネの助言を受けたアカデミー生は、セレーネから研究論文の下書きを返して貰って、ミュゼルに深々とお辞儀をしてから帰って行った。
「さすが王女様」
「も、もう……やめてよ……」
ミュゼルは恥ずかしそうにそう言うと、セレーネに一冊の本を渡した。
「い、一応仮だけど……」
「ん~。まぁ、そもそも魔術薬の調達自体が解決してないもんね」
紙に耐水性を持たせる魔術薬を安価で成功させやすくする事は出来ていた。だが、それでも魔術薬そのものを調合出来なければ意味がない。問題は人材だけだった。それこそ企業に頼むべきというところまで来ている。
セレーネは受け取った魔術書を開いて読み始める。最初に注意書きが書かれているところにセレーネはミュゼルの人となりを見た。
「うわっ!? 説明書きまで!?」
肝心の魔術陣の方を見ると、両開きで左に魔術陣、右に魔術の説明書きというセレーネも想定外の仕上がりになっていた。
「つ、使う魔術がどんなものか知らないと……駄目かなって……」
「う~ん……親切なのは良いと思うけど、実用性を考えるとなぁ……このくらいは覚えておく事が前提だと思うけど……う~ん……ある意味ではこの方が実用性があるのかなぁ……取り敢えず使い間違いが無くなる訳だし……う~ん……」
セレーネはミュゼルが作った魔術書の親切設計に頭を悩ませていた。戦闘面で言えば、あまり良いとは言えないのだが、使い間違いを防ぐという点で言えば良い。魔術の数を取るか確実性を取るかという事である。
「う~ん……いや、そもそも沢山の魔術を把握出来るなら、無詠唱すれば良い話だし、確実性と事典としての実用性も持たせる事にしよう。てか、ミュゼルって字も綺麗だよね。王族としての嗜み?」
「え? えっと……分からないかな……? い、一応指導は受けた……かな」
「ふ~ん……結構基礎的なところが多いね」
「う、うん。最初のだから……」
「なるほどね。うん。分かり易いし教本にも出来そうだね。良いと思う。これを水に浸けて良い?」
「あ、うん」
本にした状態での耐水性を試すために、【水球】の中に本を放り込む。セレーネの躊躇いのなさにミュゼルは少しおどおどとする。
「どうしたの?」
「あ、う、ううん……すぐに突っ込むんだ……って……」
「まぁ、検証で必要だし。ミュゼルには三冊くらい書いて貰おうかな」
「えぇ!?」
驚くミュゼルにセレーネは微笑む。
「さて、ミュゼル。三冊書くにはどうしたらいいでしょうかっ?」
「え?」
セレーネの問題に、ミュゼルは答える事が出来なかった。唐突な問いだったという事もあるが、純粋にその内容が思い付かなかった。
「難しく考えないで良いよ。今時の本ってどうやって作ってる?」
「えっと……印刷……?」
「正解。右ページの説明欄に関して言えば、ミュゼルの手書きである必要が一つもない。正直、ミュゼルの手書きの方が読みやすいかもしれないけど、ここは印刷で良い。じゃあ、印刷じゃ駄目な部分は?」
「魔力で描く魔術陣……」
「正解。魔力を使った印字もあるけど、魔術書に関して言えば、そこまで良いとは言えない。何故でしょうかっ?」
「えっと……えっと……魔術陣の潰れ?」
「正解。印刷の時に少しでも魔術陣が乱れたら全く意味がない。ミュゼルの綺麗な魔術陣も、印刷機で完全再現出来るかと言われたら微妙だしね。じゃあ、どうする?」
「わ、私が頑張る!」
「三十点」
「うぅ……」
辛口採点にミュゼルは涙目になる。だが、ここでセレーネは慰めるという事をしない。
「何で三十点だと思う?」
「え? えっと……えっと……えっと……頑張る必要がない?」
「減点になっちゃうよ。ミュゼルが頑張るのは大前提。だけど、頑張るのは魔術陣を描く事じゃない。一冊一冊丁寧に描いていたら、それだけで一生を終えるよ。ミュゼルが頑張るのは魔術陣を潰さないような正確無比な印刷機を作る事」
「えぇ!?」
唐突に出された課題に、ミュゼルは驚いて目を大きく開く。そんなミュゼルに対して、セレーネは楽しそうに笑いながら続ける。
「設計は私も見てあげる。この印刷機が出来上がったら、魔術書も増刷出来るし、単位は印刷機と魔術書のそれぞれで貰えるから。あっ、本命の属性研究の共通項研究の方も困ったら来て良いよ。さっ! まずは設計のやり方から学ぼうか! 講師はカノンが務めてくれるから、何でも聞いてね」
「よろしくお願いします」
「え!? えっと……よ、よよ、よろしくお願いします……」
唐突に始まるカノンによる講義。ミュゼルは困惑しながらも講義を受けていく。そこにユイが様子を見に来た。何故か講義を受けているミュゼルを見て、ユイも困惑する。
「…………どうしてカノンが講義を?」
「ん? 新しい魔術道具を作るために、設計の勉強をして貰ってるの。丁度今日はもう講義ないらしいし」
「そう……そっちの水に入った本は?」
「ミュゼルが作った魔術書。本の状態での耐水試験中。見た感じ、紙の時とあまり変わらない気がするかな」
「なるほどね。魔術書で戦うとしたら、真っ先に魔術書を水没させようと考える。それを見越しての事という事ね。でも、それと魔術道具に関係があるの?」
「これの増刷を考えてみて」
「ああ……手書きで全てをやるのは現実的じゃないわね。それに普通の印刷だと転写に意味を持たせられなくなる。後は……印刷時の魔術陣の乱れかしら?」
「うん。完璧に間違いなく刷る必要があるから。実用品として売るなら尚更ね」
「なるほど。私も受けていこうかな」
生徒が一人増えたが、カノンは特に困った顔せずに講義を続けていった。結果、ミュゼルとユイの知識が少し膨れ上がる事になった。




