ガンドルフの個人的な頼み
翌週。アカデミー四年生が始まる。セレーネは、アカデミー内での研究の助言教室を再開していた。王令による引き抜きが一段落着いた事で、アカデミー側から頼まれたのだ。
王令によるものとはいえ、アカデミーの施設を本当に自由に使っていたので、少しはアカデミーに返そうという事でセレーネも了承した。
「──以上。面白い研究だけど、粗が目立つからそこを均すと良いよ。深掘りだけに集中していたら、上から落石で頓挫するみたいな事になるから」
「は、はい! ありがとうございます!」
助言を貰ったアカデミー生は頭を深々と下げて教室を後にする。
セレーネが侯爵家の人間だからか四年生だからなのか丁寧な言葉遣いでセレーネと接する者が多かった。セレーネはそんな状況に慣れてしまっているので特に気にした様子はない。
「う~ん……何だから狭く深くな研究が多いね」
「基本的に研究はそういうものだと思うけど」
今日は、マリアがセレーネの付き添いをしている。カノンは、フェリシアの方に付いて、総合研究室の研究棟へと向かっている。ナタリアから話があると言われていたからだ。その内容は、研究棟内の警備に関して。カノンは必ず付き添いで来ると思われているので、ユリーナと話し合っておいて欲しいという事だった。
なので、マリアと担当を交代しているのだ。
「基礎知識が浅すぎるよ。ユイの言う通り基礎の勉強が疎かになってるんだと思う。基礎魔術は、ただの基礎だけじゃないでしょ?」
「まぁ、そもそも属性の基礎魔術から戦闘魔術の元になる基礎魔術や生産魔術に繋がるような基礎の形とか色々と分けられるようにはなったね」
「そう。それも先生の研究のおかげらしいんだけど、それぞれの基礎の形を知っておくだkでも落とし穴に引っ掛からなくなったりするし、唐突に全てを揺るがす問題点にぶつかる可能性も減ると思うんだよね」
「だから、セレーネは新しい魔術を見つけたら、まずは基礎化を目指すよね」
「うん。基礎にすれば、その魔術の根幹が何か分かるからね。属性的な根幹だけで満足してる人が多いって感じ」
セレーネは基礎魔術研究室で研究していた事もあり、基礎の重大さを理解している。それに加えて、セレーネ自身が魔術の根幹に興味を持っているために、それを調べないと気が済まないという事もある。こればかりは性分の話だが、研究において重要な事なので、セレーネは他の人にも徹底した方が良いというアドバイスをしていた。
「ユイにもいくつか教育の案として伝えておこうかな。そっちの分野に進んでいるなら、私よりも良くしてくれるだろうし」
「そうだね。分野が違う事を一から勉強するよりも知り合いに任せるのも有りだろうしね。でも、論文に自分の名前が載る事は了承しないと駄目だよ?」
「ただの案でも?」
「きっかけがセレーネなら、セレーネの案が根幹にある事を書くと思うよ。特にユイ様はそういう性格でしょ?」
「う~ん……確かに。もう単位は要らないんだけど……もう卒業単位の倍くらい手に入ってるし」
魔動列車開発の分で、セレーネの単位は二回卒業出来る程までになっていた。それだけの成果を出しているからだ。なので、セレーネとしては新しい単位は必要ないという認識だった。ユイにアイデアを送って、それが共同研究と見做された場合、ユイが貰える単位が少なくなる。それを申し訳なく思っているという事もあった。
「それでもだよ。結局その研究の根底を知るのはセレーネだけなんだから。ユイ様がそこを詰められた時に答えられない方と違和感があるし、他人のアイデアを盗んだと思われるのは、セレーネの望むところじゃないでしょ?」
「確かに……研究をする事にした理由とかでも困る事になりそう」
セレーネの憂慮は、セレーネのように他人の研究に関わっている者が気付く事の出来るものだった。それは初歩的な問題。論文にする前に指摘されて発表する事など出来ないような問題だ。
それをユイが気付いたという風にするには、ユイが他人の研究に関わっていなければならない。そして、ユイがその分野をはっきりと理解している事が前提となる。セレーネのように広く深く知っている訳ではないユイが気付くのは、少し不自然という事になる
「仕方ない。取り敢えず、資料だけ作ってユイに渡そう。後はユイに任せれば良いよね?」
「うん。名前を記載しても良いって事にすればね」
セレーネが資料を書き始めて少しすると、教室の扉が勢いよく開いた。即座に警戒してセレーネを背後に庇ったマリアだったが、入って来た人を見て、すぐにセレーネの後ろに戻って跪く。
「よい」
そう言われて、ようやくマリアは立ち上がりセレーネの後ろに控えた。
その人物はマリアがそこまでしなければならない人物。本当はセレーネも同じようにするべきなのだが、セレーネはどちらかと言うと呆れの方が勝っており何とも言えない視線を向けていた。
「陛下……また抜け出して来たんですか?」
セレーネの問いにガンドルフはずっこけそうになっていた
「違う。今回はセレーネに伝えねばならぬ用があって来た」
「用件があるのなら、伝令を送って私が赴くのが普通では?」
「うむ。それだと時間が掛かるのでな。加えて言うなら、今回は王令という訳でもない。ただの頼み事だ。ところで、それは何だ?」
ガンドルフは、セレーネが書いていたユイに渡す資料を見てそう言う。
「ユイに渡す予定の資料です。ここで研究の助言をしていると、基礎が欠けている人が目立つので、こういう部分を補える教育を考えられないかなと思いまして。ユイはそういう論文を書いているので、上手く教育面で食い込ませられるかと」
「ユイというとルージュ家のユイか?」
「はい」
セレーネはある程度書いた資料をガンドルフに渡して見せる。
「なるほどな。確かに基礎化などを理解出来ていない者が多いという事か。なるほどな。研究者としては重要かもしれんな」
確認をしたガンドルフは、セレーネに資料を返す。
「だが、丁度良かった。実はユイにも関係する事だ」
「ユイにもですか?」
一体何の研究を頼まれるのかとセレーネは内心警戒していた。そもそもユイと一緒に研究する内容が思い付かなかった。ユイの研究とセレーネがしてきた研究は分野が違うからだ。
「俺の娘の話だ」
「へ?」
予想していた研究の話ではなく、ガンドルフの娘。つまり、この国の姫の話と言われてセレーネは困惑する。
「第四王女のミュゼルが、十六歳になるアカデミーの魔術研究科に入学しているのだが、引っ込み思案な性格でな。友人がユイしかいない。そのミュゼルの友人になって欲しい」
「それは構いませんが、私で大丈夫ですか?」
「ああ。セレーネなら王女相手でも普通に接する事が出来るだろう?」
「私は侯爵家の人間なので、かなり無礼になってしまうと思うのですが」
「気にするな。俺が許す。引っ込み思案を直せとは言わない。ただ対等な友人になってくれ。これはフェリシアにも頼む。伝えておいてくれ」
「分かりました」
「ミュゼルとの顔合わせはユイにも話して進める。知らせを送るから、それまで待て」
「はい」
セレーネへの頼み事を終えたガンドルフは教室を後にする。側近もセレーネに深々と頭を下げてから教室を出て行った。それだけで側近も同じ事を望んでいるのだと分かった。
(姫様か……そういえば会った事ないなぁ)
セレーネはそんな事を考えながら、資料作りに戻っていった。全く動じていないセレーネに、マリアは内心苦笑いしていた。




