セレーネの職場
お茶会から二週間が経った。セレーネは、完成したという総合研究室の建物をフェリシア、カノン、マリアと一緒に見に来ていた。その建物は、かなり大きかった。縦に十階以上ある事に加えて、奥行きや横幅もかなりある。
「こんな敷地よくあったね」
「いくつか建物を取り壊したそうよ。元々区画整理で、空いた場所ではあるから無理矢理という訳では無いみたいだけれど」
「区画整理?」
「この辺りには空き家が多かったので、残りの住人に別の居住場所を用意して取り壊したそうです。中に不審者が住んでいるという報告もあったそうですので、治安維持の面も考えての事だそうです。そこに総合研究室の話が出て来たので、施設を建設したそうです」
カノンによる補足を受けてセレーネが納得する。
「そんな治安が悪くなってたの?」
「王都も広いので、局所的に悪い場所は存在します。実際取り壊しの際に作業員が襲われたそうですので」
「大丈夫だったの?」
「話はあったので、衛兵が護衛に付いていました。なので、即座に捕まっています」
「そっか。じゃあ、中に入ろう!」
そう言ってセレーネが入口に近づいて取っ手を握ると、魔術陣が扉に広がった。
『認証確認。セレーネ・クリムソン。立ち入りを許可します』
【投影結界】にその言葉が映って、鍵が開いた。
「おぉ……こんな事が出来るんだ」
「認証術式という感じかしら。魔力による認証なのかもしれないわね。セレーネも心当たりがあるのでしょう?」
「うん。ナタリアに魔力を流して欲しい言われたものがあるから。多分、これの登録のためだったんだろうね。普通に用事がある人は、あそこのボタンで人を呼び出すのかな」
セレーネが開けて、全員を中に入れる。
「私が開けておけば、他の人も入れられるって事ね。う~ん……ここら辺のセキュリティは甘いのかな?」
「いえ、ここでも守衛がいますので」
横にある受付から綺麗な女性がセレーネに向かって微笑んでいた。
「誰?」
セレーネは見覚えがなかったので首を傾げる。だが、カノンの方には見覚えがあった。
「ユリーナ?」
「やっほ~、カノン。学園ぶりだね」
ユリーナ・チェリー。赤紫の髪と瞳をしている兎人族の女性で、カノンの数少ない獣人族の学友だった。
「どうしてユリーナが?」
「ナタリアに雇われちゃってさ。受付業務と守衛の一人としてさ。カノンがいるなら大丈夫なんじゃないかなとは思ったんだけどさ。まぁ、カノンにはカノンの仕事があるからって。それに割と天職であるんだよね」
そう言ってユリーナが自慢の耳を揺らす。兎人族としての聴覚は猫人族のカノンよりも上だ。なので、索敵などに関してはユリーナの方が上という事になる。
「それにナタリアからしても信用出来る相手が良かったんじゃないかな。聴力による警戒なら、ナタリア達の研究内容とかも聞こえちゃうしね。因みに、私はセレーネ様達の監視も役割の一つです」
「監視?」
「はい。セレーネ様とナタリアが危険なものを作らないようにですね。危険というのは、大量殺人の力になるようなものです。戦闘魔術の研究として申請して頂ければ大丈夫ですが勝手な研究は駄目ですよ」
「は~い」
戦争に使うような魔術や道具。これらは戦闘魔術研究室が作っている。ただし、それらは公に発表されていないものも多い。一般人に悪用されると危ない魔術などが多いからだ。その中でも大量殺人に繋がるような魔術や魔術道具の研究は、先に国へと申請を出して取り扱いに付いての取り決めをしておく必要がある。
これを一律で禁止していないのは、戦争で使う可能性などがあるからだ。国や民を守るために使用するためのものという認識である。
「それじゃあ、ユリーナは常にここにいるって事ね。それなら安心して良いかも」
「そうなの?」
「はい。ユリーナは、兎人族ですので耳が良く、脚力が強いです。私が総合的な強さを持っているとすれば、ユリーナは脚の力が異常に強いという認識でいてください」
「ふ~ん……よろしくね、ユリーナ」
「はい。よろしくお願いします。今日はナタリアは来ていませんので」
「うん。ありがとう」
セレーネがナタリアを探さないでも済むようにユリーナは事前に伝えておいた。言ってしまえばカノンが耳を澄ませるだけで確認は出来るのだが、ユリーナが伝える事でセレーネの信用を得るきっかけになる。
セレーネ達は実験室と研究室を見ていく。魔術薬や錬金術などの実験室がそれぞれ十部屋ずつあり、フロア丸々一つが実験室になっているものもある。一階に作られているその部屋は天井が高く、セレーネが魔動列車開発で使っていたアカデミーの研究室に似ていた。
そこは大規模な研究をする時に使う部屋だった。ここで大がかりな作業が出来る。上の実験室では専門的な作業が出来る。最上階には、ナタリアとセレーネの個人的な研究室が四部屋ずつ存在する。
「四部屋もいる?」
「セレーネ様は【空間倉庫】をお持ちですが、それがない場合研究資料などを置く部屋は必要になります」
「ああ、なるほどね。ここら辺にも私じゃないと入れないように認証術式が使われてるから、安心ではあるしね」
「こっちの部屋には本棚があるから、論文を置くことが出来るっぽいね。なるほど……これはセレーネが研究をしている時は掃除が必要そうですね」
「そうですね。お嬢様が綺麗に使って下されば問題ありませんが」
「無理だと思う!」
「威張って言わないでください」
セレーネは、カノンに頬を摘ままれる。
「むぅ……取り敢えず、フェリシア達も登録しちゃおう。これからこっちでの研究も増えるだろうし」
「そうね」
セレーネは認証術式に干渉して、三人の魔力を登録していく。
「本当に器用にやるわね」
「う~ん……魔術陣の改造とかをよくやるからかな。どこを壊したら駄目かが直感で分かるんだよね。経験を積んで知識が増えているのもあるかもだけど」
「そうね」
セレーネは、初めて触る魔術陣を一切壊すこと無く書き換えられる。それだけ魔術陣への理解が深まっている証拠である。
この二年でナタリアと共にやった魔術陣の改造は、セレーネにそれだけの大きな経験をもたらしていた。だが、その経験を得られたのもそれを自分のものに昇華出来ているのも、これまでセレーネが積み重ねてきた経験があってこそ。
今に至るまでのセレーネの研鑽が現れている。
「これからは屋敷じゃなくて、こっちで研究するようになるのかぁ。設備的にはこっちの方が良いのかな?」
「使い慣れたものが良ければ、お運びしますが」
「う~ん……家でもやりたいからこれでいいや」
「はい。分かりました」
「まぁ、移動時間はそこまで長くないから良いか」
セレーネの職場を一通り見学して、セレーネ達は屋敷へと戻っていった。




