王都へ
セレーネ達が王都へ行く日。セレーネとカノンの姿は魔動列車の駅にあった。そこにミレーユもやって来る。
「それじゃあ、気を付けてね」
「うん。お母様は、いつ来るの?」
「引き継ぎをしたら、すぐに行くわ。私は本邸にいる事になるけど、別邸には顔を出すから」
「うん。じゃあ、またね」
「ええ。カノン、後はよろしくお願いします」
「はい。お任せ下さい」
見送りに来たミレーユとの別れを済ませたセレーネとカノンは、魔動列車の指定席に向かう。そこに向かうまで、カノンは少し緊張していた。平民のカノンにとって指定席を買うのは夢のまた夢だからだ。
「ここ……ですね。お嬢様、窓側へどうぞ」
「うん!」
セレーネは、窓側に座って窓の外を見る。そこからミレーユが見えたため激しく手を振った。それに気付いたミレーユは、微笑みながら手を振り返す。
カノンはセレーネの隣に座りながら周囲を見回す。
(さすがに、何もないかな)
セレーネの身の安全を優先して、怪しい者がいないかだけ確認していたのだ。
セレーネがミレーユに手を振っていると、魔動列車が動き始める。ミレーユが見えなくなって、ようやくセレーネは、ちゃんと席に座った。
「どのくらい掛かるの?」
「駅を二つ経由しますので、二時間程ですね」
「意外と遠いんだね。地図だと近く見えるのに」
「地図ですからね」
「そういえば、クロはどこに乗ってるの?」
ペットとして飼っているクロだが、さすがに客席にまでは連れてきていなかった。クロがいれば、席が三つあっても足りないだろう。
「大きさが大きさですので、貨物車両に乗っています。王都に着くまでは会えませんね」
「そうなんだ。いつか乗れると良いなぁ」
「お嬢様、クロはまだ大きくなりますので、確実に無理です。寧ろ、貨物車両にすら乗らなくなるかもしれません」
「その時は、クロに乗って移動出来るかな!?」
「あぁ……まぁ、その可能性はありますね」
セレーネは、皆でクロに乗りながら移動しているところを想像しながら外を見る。すると、これまで見た事のないような光景が広がっていた。広がる平原に遠くで生い茂る森。家や街の中に居ては、決して見る事のなかった光景だ。一度だけ見た時には、感動するような気分ではなかったので、純粋に楽しむ事は初めてだった。
「カノン、あの森の方には行かないの?」
「基本的に森の中には入りませんよ。森の中は、魔物がいる事が多いですので」
「魔力を沢山持った凶暴な生き物だっけ?」
「正解です。見境なく生物を襲う怖い存在です。魔物同士で争っているだけでも周囲への被害が出ます。それを討伐して生計を立てているのが、冒険者と呼ばれる職種です」
「私、見た事ないかも」
「冒険者が集まるギルドがある通りは歩いていませんからね。基本的には、そちらにいる事が多いです。仕事用の鎧などを着て、商店通りはあまり歩きませんので、冒険者として活動しているところは余り見ないでしょう。あっ、あそこの馬車を見てください。恐らく、冒険者の一行です」
カノンが指さす方を見ると、そこには一台の馬車が走っていた。
「魔動車があるのに、馬車で移動するの?」
「魔動車は高いですからね。借りるとしても、余程のクエストでないと赤字になってしまいます」
「ふ~ん……ねぇ、私でも冒険者になれるの?」
「なれます。ある程度の戦闘能力さえあればなれるのが冒険者の強みです。なので、冒険者を兼業しながら何かをするという方もいらっしゃいますよ」
「ふ~ん、覚えとこ」
魔動列車は、滞りなく進んでいき、目的地である王都へと着いた。初めて見る景色ばかりだったので、移動中のセレーネは一眠りもする事なく外を見続けていた。
「ここで降ります」
「うん!」
荷物を持ったカノンと手を繋いで、セレーネは魔動列車を降りる。二人は、そのまま貨物車両の方に向かう。
「クロ」
セレーネが呼び掛けると、貨物車両からクロが出て来る。周囲の乗客が驚いてクロを見るが、クロは気にせずセレーネの元に来て、顔を押し付ける。セレーネがクロを撫でているのを見て、他の乗客達はペットかと納得して通り過ぎていった。
「皆順応するの早いね」
「まぁ、それくらい王都では色々な事が起こりますからね。慣れている人が多いのでしょう」
セレーネとカノンは、クロを連れて駅を出る。すると、駅の前にキリルがいた。
「お嬢、カノン、クロ。こっちっす」
「あれ? キリル? 何でここにいるの?」
セレーネの言葉にキリルは脱力する。
「お嬢、俺がレッドグラスの屋敷からいなくなっている事に気付かなかったんすか?」
「う~ん……気付かなかった!」
「あはは……まぁ、引っ越しの準備で忙しかったっすからね。俺も、お嬢の別邸で働く事になったんすよ。それで、先に引っ越してお嬢達を待っていたんす」
「へぇ~」
「さっ! 別邸に行きましょ」
気を取り直すように手を鳴らしたキリルの先導の元別邸へと向かう。その道の中で、セレーネは王都の街並みをキョロキョロと見回していた。
「カノン! あのお店は!?」
「レストランですね。王都にはレストランがいくつもありますから、時間とお金があれば行ってみましょうね」
「うん!」
セレーネにとって初めて見るものばかりなので大興奮だった。そのままだと走り回りそうだと判断したカノンは、セレーネをクロの上に乗せて動き回らないようにして移動していた。
そうして二十分程歩いた先にクリムソン侯爵家の別邸があった。門番は、クロを見て一瞬目を剥いたが、傍にキリルがいるのを見て安堵していた。キリルは、しっかりと別邸にて地位を獲得していた。
門の前に着いたので、セレーネはクロから降りた。
「こんにちは」
セレーネが挨拶をすると、門番は即座に敬礼した。
「セレーネ様。おかえりなさいませ!」
そう言ってから、門を開ける。門番に頭を下げながら、別邸に入っていった。別邸は、クロに合わせて改装しているので、クロも余裕で中に入る事が出来る。
「にゃ~」
「いつも少し狭そうに通ってたもんね。嬉しいね」
「にゃ~」
クロは頷いて鳴く。
「お嬢の部屋はこっちっす」
キリルに案内されて、セレーネの部屋へとやって来る。セレーネの部屋は、レッドグラスの屋敷と同じような部屋だった。セレーネが安心して過ごせるように似せておいたのだ。
「荷物は運び込んでメイド達が荷解きをしておいたんで。お嬢の服とか以外は、そっちの箱っす。それとこの隣がカノンの部屋になる」
「えっ!? カノンとお隣!?」
「ええ。反対側はマリア様っすね。眷属に挟まれていた方がお嬢も安心でしょう」
「うん!」
「そんじゃあ、カノン、後は頼んだ。別邸の構造はカノンと一緒に探検して見てくだせぇ」
「うん! 分かった!」
ここでキリルが出て行った。キリルもキリルで仕事があるので仕方ない。
セレーネは、全く気にせずにクロと一緒に部屋を見て回っている。その間に、カノンはセレーネの私物を確認して机などに置いていった。
「カノン! カノン! 探検行こ!」
「分かりました。では、クロに乗って下さい」
「うん!」
クロは軽々とセレーネを乗せてカノンの隣に並ぶ。そして、別邸の構造を把握するために探検が始まった。そこでクロ用のトイレや書斎など様々な部屋を見つけた。その中で、セレーネが一番気に入ったのは浴室だった。
「広~い!」
「本当ですね。クロが入る用の浴槽まであります」
銭湯のような大きな浴槽から少し離れた場所に猫の立て札が置かれた浴槽があった。そこから、クロの浴槽だと分かる。クロは、お湯の張っていない浴槽に入って頷いた。満足したらしい。
そうして、一通りの確認を済ませた後、セレーネの部屋に戻ってくると、部屋の前に厳つい顔をした男性が立っていた。真紅色の短めの髪と赤眼。短く生やした髭も真紅色をしている。男性はセレーネを見つけると、その顔に似つかわしくない程に、頬をだらしなく綻ばせた。
「セレーネ!」
「うわっ……お父様」
男性は、セレーネの父親であるラングリドだった。ラングリドは、セレーネを捕まえると、軽々と抱え上げた。
「おぉ! 会いたかったぞ!」
「お仕事は?」
「ふっ……抜かりはない。一時的に抜けても大丈夫なくらいには終わらせたさ」
「ふ~ん……お姉様は?」
「まだ学園だな。そうだ。今夜はテレサも一緒に夕食を食べに行こう! はっはははは! 良い店を予約しておこう!」
「うん!」
笑顔で頷くセレーネを見て、ラングリドは再びだらしない表情になった。だが、すぐにラングリドは表情を引き締めて、セレーネを下ろした。
「では、セレーネを頼んだぞ、カノン」
「はい。お任せ下さい」
カノンは恭しくお辞儀する。それを見て頷いたラングリドは傍にいたクロの頭も撫でる。クロは相手が心を許して良い相手だと察し、大人しく撫でられた。
そして、ラングリドは少し名残惜しそうにしながら別邸を後にした。




