説明書の更新
それから三ヶ月。新型輸送用魔動列車開発開始開始から一年が経過した。【装甲結界】【対魔物結界】貨物保護用軟質結界および貨物車両の冷蔵、冷凍機構に【凍結結界】の一部を用いつつ、放出される熱エネルギーを魔力へと変換して、冷蔵車両、冷凍車両の温度維持を効率良く進められるようにする事などの手伝い及び発想と実装が評価されて、フェリシアも卒業に必要な単位を獲得した。
ジェニファーも新型輸送用魔動列車の設計及び開発主導が評価されて卒業単位を満たした。
だが、あくまで卒業単位を満たしただけで、輸送網の構築は終わっていない。セレーネ達は次々に部品への魔術処理を施していき、レールなどの作業も進めていく。レールへの作業は比較的簡単という事で、学園からも有志の魔術師を募集して、育成という目的を付け加えた。
セレーネ達がやるよりも作業速度は落ちているが、それでもセレーネ達の負担は軽くなっている。テレサが主導しているレールの敷設はようやく一箇所が終わるところである。途中に森がある事とそこを切り拓く必要があったが、切り拓く事自体に問題はなかった。
問題は魔物の襲撃。これに対処するために魔術師と騎士が集められ、作業員の安全を確保する必要がある。これには教会の協力を得て、負傷者の治療などを手早く行えるようにしていた。
国を挙げての計画は、地方の街からも協力させて欲しいという申請が来るまでになっていた。そのためレールの敷設は想定よりも早く進んでいる。
地方からしても物流が増えるのなら街の活性化にも繋がるので、ここで労力を出す事に抵抗はなかった。
また、この三ヶ月で、セレーネは遠距離連絡魔術道具の試作品を作り上げていた。同期術式により二つの魔術道具を同期させる事で、片方で行われた操作をもう片方にも行うという少しだけ強引なものだが、情報のやり取りが簡単に出来るようになる。
ただし、現状では声のやり取りは難しかった。二つで同じ操作が行われるようにするというものなので、【音響分析】を活用して声の認識をさせた場合、両方の魔術道具から声が出て来るようになる。情報のやり取りとして混乱を生むだろうと考えたセレーネは、言葉により連絡を諦めて書類を通す事で情報が共有されるようにだけした。
これをそれぞれの整備工場と王都の開発部に配置して、進捗状況等の共有が盛んに行えるようになった。
本来であれば個人的に使えるようにしようとしていたものだったが、情報が何歩も遅れて共有されている現状を鑑みて、試験をするという前提の元に配置した。
これを様々な場所に配置するかは、まだ決まっていない。セレーネが考えられる問題点をガンドルフに伝えて、これを正式導入するのは時期尚早だという風に進言したからだ。
セレーネの説明を受けたガンドルフも、セレーネが考えている問題点を認識して納得した。問題が解決した後に、どういう風に導入するかを話し合うという事で話はついている。
素材の在庫管理も分かり易くなっているので、レールの魔術処理の速度が遅くなっていても全体的な計画の進行速度は増していた。
この状況で一番忙しくしているのは、セレーネとナタリアだった。それぞれ、整備工場で組み立てられている先頭車両と最後尾車両になる車両に制御型魔術道具の取り付けをしないといけないからだった。この取り付けだけはセレーネかナタリアでしか行えない。このためにナタリアは【空間倉庫】を覚えた。これによって部品の運び込みが容易になり、ナタリアが魔動列車に乗るだけで良くなったので、作業効率は良くなっていた。
そして、レールの敷設を終えた街間で試験走行が行われる。その試験の立ち会いもセレーネの仕事になっている。最初の試験を終えた後は、実際に物流の一つとして実地試験を行う。一日に四度輸送が行われて物資が運び込まれる。これによりこれまでよりも多くの仕入れと安定供給が出来るようになり、物価が少し変わってしまうという事態が起きたが、少しずつそちらも安定してきており、損失などはあまり出ていない。
また実際に走るようになった事で魔物との遭遇という問題点がどうなるのかの確認をする事も出来た。結果的に言えば、何も問題はなかった。【空間探知】のおかげで、魔物が衝突する前に【装甲結界】が張られ、車体が保護される。そして、【装甲結界】と速度で蓄えられた運動エネルギーによって蹴散らされている。
魔物がぶつかる事による衝撃は、想定以下だったので、貨物への影響などは一切ない。この報告を受けたセレーネは安堵していた。実際に魔物に遭遇しなければ、この結果は分からなかったので、その心配だけはずっとしていたからだ。
さらに、実地試験により、説明書の不足点などの炙り出しも行っている。セレーネは実際に現地に赴いて、その操作を見つつ、説明書を読んでの不明点などを乗務員に確認していった。
そこで、もう少し詳しく書いた方が良い点などを調べあげて説明書の更新作業などをしていた。
そこにガンドルフが視察でやってくる。
「セレーネ。調子はどうだ?」
「陛下。現状は見ての通りです。部品の製造が追いついていません。素材は問題なくありますが、職人の数が足りていないというところでしょう。レールに関しては、安定供給が出来ていますので、レールの敷設は更新した予定通りに進められると思われます。私も車両が出来上がり次第、飛ぶ必要があるので大変です」
「【空間転移】を使えるだけマシだろう。ナタリアは、まだ使えないのか?」
「【座標記録】をしていないので。今は【座標記録】をしながら視察をしてくれています。ナタリアのおかげで、【座標記録】も百箇所まで記録出来るようになったので、行動範囲が格段に広がりました」
「末恐ろしいな。それを空間転移装置には使えないのか?」
「考えては見ましたが、魔術陣が異常に細かくなるので、繊細な空間転移装置には向かないと思います。頑張っても二十箇所が限界でしょう」
「そうか。それでも格段に増えるな」
「もしかして、空間転移装置の転移先を増やそうと考えています?」
「ああ。中継点となりそうな街はまだあるからな」
「…………」
セレーネの嫌そうな表情を見て、ガンドルフは苦笑いする。
「セレーネが素を出してくれるような事は喜ぶべき事だが、国王にその表情はあまり良くない事だぞ」
「作業量がただでさえ多いのに、これ以上増やされると聞いたら、誰でもこうなると思います。ようやく少し自分の事が出来る余裕が出来たくらいなんですよ?」
「セレーネの事情は理解した。だが、こっちも国の事情がある。今すぐにやれとは言わないが、こちらで選定が終わり次第、資料を送る」
「はぁ……分かりました」
「すまないな」
ガンドルフはそう言って、ランゲルの元へと向かっていった。ガンドルフが離れた
事で、カノンがセレーネの元に来る。
「大丈夫ですか?」
「うん。問題ないよ。この前の視察巡りで大体の街は【空間転移】で移動出来るしね。移動時間がないだけマシかな。まぁ、移動時間が唯一の研究時間ではあるんだけどさ。それより、説明書の最新版どう?」
セレーネが書き直した説明書を受け取ったカノンは一通り見ていく。
「はい。分かり易くなって良いかと。ですが、詳細確認での情報の見方はもう少し細かく書いた方が良いかもしれません」
「分かった。やっぱり説明書の作業が一番大変だよ……」
「お嬢様の手を離れるには重要な事です。頑張りましょう」
「うん」
今後重要になる魔動列車の取り扱い説明書の更新のため、セレーネはまた机に齧り付いていった。




