結界の構想
それから三週間程経過し、新学期がやって来た。ジェニファーは講義などでいない時間も出来てしまう。そのため午前中などはセレーネが魔術的な開発をしているだけという時間が出来ていた。
ただし、そこにはフェリシアやマリア、スピカの姿もあった。その理由は結界に関する意見を深く聞きたいからであった。マリアはフェリシアの付き添いである。
「つまり、この【装甲結界】の他に軟質結界で衝撃を和らげる機構を作りたいのね?」
「うん。本当に緊急時で、魔物に襲われた時にというよりも事故で横転とかしそうな時とかに出来ないかなって」
「セレーネ様は、車体を守りたいのですか? それとも積み荷を守りたいのですか?」
「積み荷」
「それでしたら、衝撃を和らげる機構は内部に設置するという案があります」
スピカがそう言って、何も書かれていない移動式黒板を持って来て書き込んでいく。
「車両が横転する場合、中の荷物も天井や壁などにぶつけられます」
「あ、そっか。いくら車体の外を保護しても、転がっていたら中はぐちゃぐちゃになっちゃう」
例え外側で衝撃を吸収する機構を付けても、車体が回転すれば中のものはシェイクされてしまう。そうなれば積み荷への被害は避けられない。
「はい。なので、まずは内部での荷物の固定具を作り、その上で荷物を保護するように軟質結界を掛けるという方法を提案します」
「仮に固定具が外れても、天井や壁に打ち付けられないから被害が最小限で済むかもしれないわね」
「外側にだけ目が向いてたかも。内部でも保護するような機構を作るのが良さそう。輸送する時は基本的に箱に入れる事を徹底させて固定しやすくする。その上で軟質結界を張る条件を付けて……じゃあ、外側は【装甲結界】だけで耐えないといけないかな?」
「寧ろ十分じゃないかしら。【装甲結界】の強度は相当なものでしょう?」
「う~ん……まぁ、そうなんだけどさぁ」
「用心に越した事はありませんが、考えすぎれば完成するものもしません。ある程度は妥協が必要になります。【装甲結界】に関しては改良を続けるとして、内部の軟質結界の条件付けと軟質結界をどのような形で張るか等を考えましょう」
「そうだね。そのためにフェリシアも呼んだんだもん。軟質結界を張るとして、どういう形が良いと思う?」
フェリシアは少し考え込む。使い方は、守りたい物を内側に入れて、天井や壁などに直接叩き付けられないようにするという事。外から衝撃ではないという事で、普段の使い方とは違う使い方をしなければいけない。
「結界の範囲は最低限が良いわ。軟質結界が伸びる限界値を制限する形ね。少し反発力が強くなるかもしれないけれど、結局壁とかにぶつかるようなものじゃ意味がないから」
「なるほど。う~ん……そうなると積み重ねる高さに制限を設けた方が良さそうかな」
「そうですね。安全基準という事で提出しておくと良いでしょう。こちらでは設定しているという事で責任がセレーネ様に向かなくなります」
「あぁ……そういうところも気にしないといけないよね。そうしておこう」
セレーネは情報共有に使っている掲示板に安全基準を纏めて提出するという紙を貼り付ける。
「条件的には車両の角度が良いかな? 衝撃が良いかな? 私的には衝撃が良いって思ってるんだけど」
「魔力自体は勝手に集める方式のようですから、衝撃で良いと思います。積み荷への被害が出るのは横転時だけとは限りませんから」
「それじゃあ、条件付けは一定以上の衝撃を感知した時。魔力結晶の取り替えとかの指示も出しておいたが良いかな。こういう説明書を作るのも仕事の一つなのかぁ……面倒くさい……」
「セレーネだけが使うものじゃないもの。仕方ないわ」
「分かってるよぉ」
空間転移装置にも説明書を作ったが、そこまでの多くはなく論文の内容を少し変えるだけで済んでいたので、そこまで苦では無かった。だが、魔動列車内部の話になると別だ。色々と注意事項を設定しておかなければならない。
その注意事項を知っているのは、セレーネだけなので必然的にセレーネが全部書くことになる。セレーネも必要な事だと分かっているからこそ、面倒くさくてもやらないといけないと理解していた。
そこに外出していたカノンが帰ってくる。
「お嬢様。開発部から試験結果と素材案などを受け取って参りました」
「見せて」
「どうぞ」
結果が記載された紙を受け取ったセレーネは、それらを読んでいく。
「重量は一・五倍か。一応許容範囲内にはなるのかな。強度と耐久問題はクリア。抵抗も受け流せてる。うん。大きな問題はなし。魔術道具にするのにも良い素材っぽいね。ミーシャちゃんが言ってたし。うん。うん。大丈夫そう。でも、今度の問題はレールか……重さの分散にバラスト……敷設期間の予想は十年か……距離が距離だから仕方ないかもしれないけど、もっと早くしたいな……」
「人手なら雇えば良いが、問題は素材じゃないのか?」
「素材を集めるものじゃなくて作れるものにする」
「錬金術か。作るための素材を安価で集めやすいものにする事で部品を集めやすくするって事か?」
「うん。出来ないかな?」
「専門じゃないからな……何とも言えん。嬢ちゃんの知り合いに錬金術の専門家がいるなら聞いてみたらどうだ?」
「それもそうだね。カノン」
「すぐに」
カノンがミーシャを連れてくるまでに、セレーネの方で他の案を考えていく。
「ダンジョンを使うのは?」
「ダンジョンを使う前提の計算だと思うぞ」
「そっか。う~ん……木材の問題はどうしよう。レールに必要だよね?」
「既に用意はさせてるんじゃないか? さすがに陛下もこれを考えた時点でレールの想定はしていると思うからな」
「それでも十年か……錬金術でどうにか出来なかったら仕方ないかな……」
十年はあくまでも全体への敷設期間の予想だった。それを考えれば十年で終わるというのは、どちらかと言えば早い。だが、セレーネとしては、もっと早く敷設して輸送網の拡充をしたいと考えていた。それは戦争等にも備えるという話を聞いているからだ。いつ始まるか分からないものなので、準備が早いに越した事はない。
「あぁ……でも、レールへの設定とかをしないといけないから、それで時間が掛かるかも……本当に大変だなぁ……」
「空間転移装置とは話が違いますからね。開発部というベテランがいらっしゃるおかげで、かなり早く進んでいる方だとは思います。後は、優秀な人員を増やしていく必要があるかと」
「陛下に相談して、人員の補充許可を貰うって事ね。事業が事業だけに雇う人は選別しないといけないだろうけど」
「あぁ……王城に行かないと……いや! お父様を使おう!」
即座にラングリドを使おうという発想になるセレーネに、その場にいた全員が苦笑いをしていた。だが、それが一番手っ取り早いというのは全員の共通認識だった。




