開発部の人
三日後。セレーネ達が作業をしている研究室にずんぐりむっくりの男性が勢いよく入って来た。その前にカノンとベネットは気付いており、カノンはセレーネ達の傍で警戒し、ベネットは入口の前で剣に手を掛けた状態でいた。それを見た来客は、慌てて手を前に出した。
「うおっ!? ま、待て! 怪しい者じゃない!」
「名前と所属は?」
警戒を滲ませた声でベネットが確認する。
「開発部部長ランゲル・ビスケットだ!」
灰色みの強い茶色のような髪に蓄えた髭が特徴的な男性のランゲル・ビスケットは、セレーネとほぼ変わらない背丈をしている。身長が低い代わりに、筋力などが強いドワーフと呼ばれる種族だ。なので、その身体の太さはセレーネ三人分近くある。
ベネットは視線でカノンに確認する。
「開発部の方で間違いない」
カノンの確認も取れた事で、ベネットは剣から手を離す。
「失礼。陛下から護衛の任を受けているベネット・アッシュだ」
「いや、ノックも無し悪かった。つい、いつもの調子で入っちまった。俺はこれを渡しに来たんだ」
そう言ってランゲルが肩掛け鞄から出したのは、分厚い紙束だった。
「この前の試作品の試験結果だ」
それを聞いて、セレーネはすぐに紙束を受け取りに行く。
「ありがとう」
「おう」
セレーネはすぐに試験結果を読み始める。そんなセレーネから視線を外したランゲルは、ジェニファーの方を見る。
「設計は嬢ちゃんがやってんのか?」
「あ、はい。ジェニファーです」
「そうか。良い腕だな。細かい部分まで留意点や必要な理由が書かれてっから、こっちも製造しやすかったぜ。ただ、ここは流線型じゃないと駄目なのか? 魔術で風を避けると聞いているが?」
ランゲルは、受け取った設計図をテーブルに置いてジェニファーに疑問点をぶつけていた。職人として、疑問に思った点などは確認したいという欲求が強いのだ。
「風を避けられると言っても、魔術は万能というわけではないので、なるべく列車の形から抵抗を減らすようにするという事らしいです」
「らしいって事は向こうの嬢ちゃんが考えたのか?」
「魔術方面はセレーネちゃんの担当ですので」
「ジェニファーが言った通りだよ。魔術も万能で完璧なわけじゃないから。どこかで調整を間違えたら、強い風の抵抗を受けて速度の面で問題が起こるし、下手したら車両自体が壊れるかもしれない。だから、なるべく車両そのものから風の抵抗を流せるような状態にしておきたいの。耐久面で問題有りか……」
セレーネは紙束から顔を上げずに、聞こえていたジェニファーとランゲルの話に入って補足した。そして、試験の結果、素材の耐久面で問題が発生していた事に顔を顰める。
「ああ。想定速度での移動は問題なさそうだが、魔物との衝突を想定した試験でな」
「う~ん……厚さかな……でも、厚くしたら重くなるんだよね……攻撃力は上がるけど速度とか諸々の問題がなぁ……【座標指定】で指定するものを車体全体にすれば車輪とかへの負担は減らせるし、レールの方でも工夫すればある程度許容出来るけど……製造コストの問題も出て来そうだし……う~ん……」
セレーネは本気で頭を悩ませていた。そのセレーネの後ろでは三つの魔術陣が常に形を変え続けていた。
「あの嬢ちゃんは何をしてるんだ?」
ランゲルはセレーネの思考を邪魔しないように小声でジェニファーに問いかける。ジェニファーはランゲルが何を指して訊いているのか即座に理解する。
「魔動列車の制御魔術です。人が操作する他に魔術的に制御出来れば、より安全性を確保出来るという事で開発して貰っているんです」
「……一学生が出来る事なのか?」
「魔術の開発という面では、セレーネちゃんは頭三つくらいズバ抜けているので。情報処理魔術の開発者もセレーネちゃんです」
「ああ。あれか。俺達にはまだ理解出来ない類いのものだったな。何とか開発に利用出来ないか模索しているが……そうか。あの嬢ちゃんが……」
ランゲルは、もう一度セレーネの方を見る。
「【重量軽減】を部品単位で付けるとか……いや、組み立てた時に干渉する。絶対に干渉する……いや、干渉を上手く使って大きな魔術陣に変えるとか……いや、無茶苦茶過ぎる。部品が少しでもズレたら、破綻するから絶対に無理。これは動かさないような魔術道具にしか使えない。じゃあ、何が良いか……反発……ぶつかった衝撃を真っ直ぐ返すとか。いや、反発したところで、ぶつかった衝撃は伝わってくるはずだから、あまり意味はない……いや、反発だからぶつかった衝撃をなかったことに出来る?」
「そんなの結界でも聞いた事がないぞ? 衝撃を消すのは厳しいんじゃないか?」
セレーネに呟きにベネットが反応する。内容が戦闘にも利用出来そうだったので、自分でもある程度考えていたが、セレーネが最後に言ったものだけは実現が難しそうだと、ベネットでも思ったのだ。
「結界……衝撃を逃がす結界ならあるんだけどなぁ……」
セレーネが言っているのは、フェリシアとシフォンの研究である軟質結界の事だ。
「衝撃と同時に起動して衝撃を逃がすって方法は?」
「衝撃が来ている時点で、結界の生成が間に合って無くないか?」
「う~ん……無理か……じゃあ、やっぱり装甲の方をどうにかした方が良さそう。前面にだけ、もう少し追加装甲を積むか……でも、流線型が崩れるし……素材の選定からやり直しかぁ……」
「そういう事なら、この流線型部分はこっちで引き取っても良いか?」
頭を振りながら嘆いているセレーネにランゲルがそう提案する。それを聞いてセレーネが止まってランゲルを見る。
「開発部なら、こういう事は日常茶飯事だ。コスト面も含めて最良の素材を選定して、試験しておいてやる。条件で言えば、魔術道具としての機能を発揮しつつ耐久が高いものだな?」
「うん。確かに、こういうところは頼った方が良かったかも。中の木材もお願い出来る? 魔術で疎水性を持たせるつもり。後は耐久性というよりも、耐荷重を重視で」
「了解だ。んじゃあな」
ランゲルはそう言って研究室を後にした。ランゲルがいなくなったところで、セレーネはジェニファーを見る。
「ほら、開発部の人も普通の人だったでしょ?」
「セレーネちゃんは普段通り過ぎると思う……」
「そう? まぁ、感覚的な問題だと思うから、あまり気にしないでも良いんじゃない? 陛下にしっかりとしていれば良いんじゃない? 陛下も適当に来るらしいし」
「うっ……今から心臓が……」
「大丈夫だよ。陛下も気にしなさそうだし」
「セレーネちゃんは陛下と似たような感じなのかな……」
「まぁ、同じタイプの可能性はあるかな。さっ! 作業に戻ろ。素材に関しては開発部にある程度任せられるし」
「うん。頑張ろう」
開発部も協力していき、魔動列車の開発が進んでいく。




