魔動列車研究開始
翌週。セレーネはアカデミーの大型研究室に来ていた。大型研究室は、体育館のような場所で大型の魔術道具を作る際に利用される場所だった。なので、十分な空間が存在する。
セレーネの隣では、赤褐色の長髪を三つ編みにしている丸い眼鏡を掛けたジェニファー・ラセットが震えていた。
「そんなに緊張する?」
「だ、だって……私庶民だし……へ、陛下から王令を受けるなんて……し、しかも、魔動列車の開発部の方々が来るんでしょ?」
「らしいね。まぁ、まずは設計とか諸々の見直しと必要な魔術とかの選出からやっていこう。どうせ、それが出来るまでは誰も来ないだろうし」
セレーネは特に気にした様子もなく、広い机に【空間倉庫】から取り出した紙束を出し始めた。【空間倉庫】を見たジェニファーは、震えが止まり興味深そうにしていた。
「【空間倉庫】が気になるの?」
「うん。論文は読んだけど、実際に使用しているのを見るのは初めてだから。本当に別空間にあるんだね」
「うん。一応中にも入れるけどね。これが、ある程度考えた案ね。こっちは補助的に必要な魔術の資料。頭に入れておいて」
「うん。分かった」
二十以上の紙束が置かれているのだが、ジェニファーは全く驚きもせずに受け入れた。ここら辺はアカデミー生らしさがある。
「装甲列車?」
「うん。魔物対策だけどね。かなり重くなるから色々と考える必要はあるかな」
「なるほど……なるべく軽い素材を使うけど、それでも金属だから重いのは変わらない。重量軽減の追加術式は?」
「限界があるでしょ? そもそも金属の塊に使うような術式じゃないから。色々と今の魔動列車には使われているけど、あれで限界って資料があるしね。ちょっと改良すれば出来なくはないかもしれないけど」
「この情報処理魔術っていうのは、何に使うの?」
「列車を浮かせようと思ってね。そこら辺の演算処理に使うの。論文は読んだ事ある?」
「うん。理解出来たとは言い難いけど……セレーネちゃんが著者なんだよね?」
「そう。だから、分からなかったら訊いて。基本的にはジェニファーが中心で進めていくらしいから。改良案の著者だから仕方ないね」
「うっ……ちゃんと出来るか心配になってきた……」
セレーネが出してくれる情報を読んでいて、少し緊張が緩和されていたジェニファーだったが、自身に責任がある事を思い出して、また緊張し始めていた。
「私も補佐するし、開発部の方も協力に前向きだって陛下から伝言が来たから大丈夫だよ」
セレーネはそう言いながら近くの移動式黒板に磁石で設計図を貼っていく。これは、ジェニファーが論文内で考えた設計図だった。
「カノン。机を三つくらいと製図台を置いて」
「はい」
カノンは、すぐに手続きをするために研究室を出て行く。セレーネがここに留まるので、ある程度は安心出来るが、それでも心配が大きいのでカノンは全力疾走で手続きをしていく。
「う~ん……この設計図も全部やり直しかな」
「車輪とかは要らないって事だよね。車体を浮かせるんでしょ?」
「車体は浮かせるけど、万が一に備えて車輪は着けるよ。仮に浮けなくなっても車体で着地するわけにはいかないからね。だから、重量の問題を解決するのに色々と試してみる必要があるかな。ここら辺の安全基準は、こっちで独自に作った方が良いかな」
「なるほど……積み込むのは物資だけなんだよね?」
「うん。人は乗らないからって安心は出来ないかな。運転手とかはいるから。全体の安全を確保しないと内側の車両に引っ張られて、先頭車両も同じような目に遭うかもしれないしね」
「最悪に備えるって事だね」
「うん。まぁ、物資だけだとしても綺麗な状態で届けられるように基準は設けるけどね。基本的に設計図は、ジェニファーに任せるからね。私は魔動列車の設計図を描いたことないし」
「うん。設計の勉強はしてるから」
役割分担などを決めていると、唐突に研究室の扉が勢いよく開いた。ジェニファーは、カノンかと思ったが、セレーネは眷属の繋がりでカノンではないと知っている。そして、この開け方をする人物に心当たりがあった。
「陛下。このような場所にいて大丈夫なのですか?」
セレーネがそう言うと、ジェニファーは驚いた表情でセレーネとガンドルフを交互に見て、顔面蒼白になってから気絶した。
「…………」
「…………」
倒れてしまったジェニファーをセレーネとガンドルフはジッと見ていた。
「陛下のせいですよ。急にお越しになるからジェニファーの緊張が最大限に達してしまったじゃないですか」
「ふむ。俺も中々に威厳があるという事だな」
セレーネはそう言いながらジェニファーを背負って、壁の近くにある仮説ベッドに寝かせた。
「それにしてもどうされたんですか?」
「今日が研究室の始動日だからな。一応様子を見に来た」
「陛下自らお越しにならなくても……」
「俺が発起人みたいなものだ。責任者が自ら赴くのは当たり前だろう」
「陛下という立場でなければ」
「ふむ。一理ある」
ガンドルフが頷くのと同時にその後ろで付き添っていた騎士が頷いていた。それと同時にカノンがベネットを連れて戻ってくる。
「迷子になっていたベネットを捕獲しました……」
研究室に入ったカノンとベネットはガンドルフに気付いて、即座に膝を突く。
「ベネットか。そっちはカノンだな」
「はっ」
「高等部での成績などは聞いている。確か次席だったな」
「そのような昔の事を知って頂けるとは光栄です」
「優秀な人材が王都から流れたからな。そこは把握していた」
「勿体なきお言葉」
「お前は硬いな。まぁ良い。面を上げろ」
ガンドルフの言葉に従って、カノン達は顔を上げて待機する。
「あ、カノン。ジェニファーが気絶したから看病お願い」
「畏まりました」
セレーネに命じられてカノンはジェニファーの看病に移る。その間に、ガンドルフはテーブルに広がっている紙束を見ていく。
「中々に面白いな全て最初から構築し直すのか?」
「はい。一からジェニファーと話し合って決めていくのが良いと思いますので。特に装甲列車など、ジェニファーが想定していない内容もありますので。初期設計から見直してどう組み込むのか確認しなくてはいけません」
「なるほどな。中間報告は定期的に出せ。進捗状況を知りたい。それに加えて単位も出せるからな」
「分かりました。提出先はお父様で大丈夫ですか?」
「そうだな……セレーネが王城に持ってくるのでも構わないぞ」
そう言われたセレーネはあからさまに嫌そうな表情をする。それを見たガンドルフは大きな声で笑った。
「ふはははは! 冗談だ。ラングリド経由で構わん。時折、セレーネを呼び出して直接確認するかもしれないがな。どちらかと言えば、こっちに来る方が多くなりそうだが」
「まぁ、何度か来ればジェニファーも慣れるでしょう」
「俺もそう考えている」
そんなセレーネとガンドルフの会話を聞いたカノンとベネットは内心苦笑いをして同じ事を考えていた。
(そんな簡単に慣れるのはお嬢様だけです)
(簡単に慣れるのは嬢ちゃんだけだろうな)
ガンドルフは、しばらくセレーネと会話をしてから帰って行った。セレーネは、ジェニファーが起きるまでの間、使用する魔術の選出を進めていった。




