セレーネの助言教室
翌週。セレーネはアカデミーから呼びだしの手紙を受けて、カノンと一緒にアカデミーに来ていた。
「用件を書いて欲しいよね」
「用件を書けば、お嬢様が来ないと考えたからではないでしょうか? アカデミーの施設を一切使用していない訳ですし、何か頼もうにも頼めませんから」
「学生に頼むような事ある?」
「優秀な学生にならあると思いますが」
「単位全部取れた暇人って思われてるとかは?」
「あり得なくはないでしょうが、アカデミー生の大半は研究に没頭しますので、そこまで暇人と考えられる事はないかと」
「ふ~ん……そっか」
手紙にはアカデミーに来て欲しいとだけ書かれており、セレーネもアカデミー側の用件は知らなかった。セレーネ達は、手紙にあった教室に入った。すると、その中に魔術道具研究室のユルグライアがいた。
「態々お越し頂きありがとうございます」
「何の用なんですか?」
「実はアカデミー上層部がセレーネさんにアカデミー生の論文を読んでもらってアドバイスを貰うようにと仰っていまして」
「えぇ~……面倒くさい……」
「お忙しいのは重々承知しているのですが、どうかお願い出来ないでしょうか。上からの圧力の他にも、現在のアカデミー生の研究の質が落ちているという事は事実ですので、ほんの少しでも研究の質を向上させる事に繋がればと思いまして」
「えぇ~……それをするのが講師の役割じゃないんですか?」
至極真っ当なセレーネの意見を受けて、ユルグライアは痛いところを突かれたというように苦い顔をしていた。
「それに私にメリットが全然ないじゃないですか。この前も講師をやらないかとか言われましたけど、自分達が楽をしたいだけでは?」
「一部の講師は自分の研究を進めたいという気持ちがない訳ではありません。ですが、私は研究者の卵達を無事に孵化させてあげたいのです。一応、アカデミーから報酬を引き出しておきました」
ユルグライアは、セレーネに一枚の紙を渡す。セレーネは、それをカノンと一緒に見る。
「どう?」
「報酬としては多い方かと。時間外労働に関しても別途で報酬を出す事になっていますので、契約としては良い方だと思います」
「そっか。じゃあ、受けるよ。週に一日、ここに待機していれば良いんでしょ? 失礼な奴とかは鉄拳制裁で良い?」
「お任せします。基本的には研究の手伝いではなく助言のみとなっていますので、あまり気負わないでください」
「うん。てか、私の専門分野じゃないものに的確なアドバイスが出来るとは限らないよ?」
「はい。そちらも構いません。セレーネさんが感じた事を仰って頂ければ大丈夫です」
「分かった」
「ありがとうございます」
ユルグライアは、セレーネに感謝すると教室を出て行った。ユルグライアも担当している講義があるので、そちらの準備をしなければいけないからだ。カノンと二人残ったセレーネは、教卓の上に突っ伏す。
「誰も来なかったら、帰って良いよね?」
「契約ではそうなっています。ですが、最低二時間は待機して欲しいそうです」
「ふ~ん……」
セレーネは手を前に出して、風属性の基礎魔術【風球】を使用する。風を一箇所に集めて、球状に周回させ続けるという魔術だ。こうして暇な時に安全な風魔術を使用する事で、風魔術の特性などを学んでいく。
「風魔術って、本当に風を操る事に長けてるんだよね。形がないから、探知する時も柔軟に活用出来る。でも、それ以上の活用法がなぁ」
「お嬢様の研究に使うのは難しいかもしれませんね」
そんな話をしていると、セレーネ達がいる教室に一人のアカデミー生がやって来た。女生徒で、その手には紙束が抱えられている。
「あ、あの……研究の助言が聞けると聞いて来たのですが……」
「うん。ここだよ。見せて」
セレーネは、自分の横に【風球】を移動させて、空間魔術で効果範囲を限定させてから手を伸ばす。
自分よりもずっと小さなセレーネが研究の助言を出来るのか心配になった女生徒だが、話が本当であれば、目の前にいるのは一年次でありながら既に単位を全て修得している。藁にもすがる思いで自分の研究内容が書かれた紙束をセレーネに渡した。
「ふ~ん……魔動列車の改良案ね……これはもう先生とかに見せたの?」
「あ、うん。改良案としては下の下と言われて一蹴されちゃって……」
「ふ~ん……」
セレーネは話を聞きながら論文を読み進めていく。そうして全部読み終えた後で、それを女生徒に返した。
「うん。現実的に厳しい部分が大きいかな。風の抵抗を魔術的に消すのは良いアイデアだと思うけど、カーブに差し掛かった時に脱線する危険が大きすぎるよ。魔動列車が走る路線は割とカーブが多いから。
直線的に進むなら結構良い感じで使えると思うけどね。ブレーキを掛ける位置が変わるから色々と計算し直しになるけど。想定される速度からしても従来の倍以上の速度が出る計算でしょ?
魔動列車は、形だけで既に風の抵抗をある程度なくしているから、魔術的処理で風の抵抗を消すのは、逆にやり過ぎになりかねないの。これで考えるのなら、ブレーキの提案もした方が良いかな。後は、路線を新たに引き直すとかね。直線的に結びつける路線を用意するとかが必要だけど、魔物の存在を考えたら森を抜けるのは現実的じゃない。
それと速度が上がれば、小石一つで車体がやられる事も考えられる。ある程度の対策措置は施されているけど、それがどこまで効果があるのか分からないから、そこも考えないと。
他にも車軸の強度も考え直しになるかな。速度が上がるって事は、それだけ車輪の回転速度も上がるって事だから。車軸への負担はちゃんと考えないとね。
もし真っ直ぐな路線を作るのなら、魔動列車自体の強度とかも上げる必要がある。これは結界とか諸々を使って考えてみても良いかもしれないね。こういうのは魔術道具に関する論文とかを読んだ方が勉強になると思う。
デメリットをしっかりと考慮してそれの解決方法も模索すると良いと思うよ」
セレーネがそう答えると、女生徒はぽかんとしていた。まさか、ここまでぼろくそに言われるとは思わなかったという事もあるが、それ以上にセレーネの助言が的確だったというのが大きかった。
「メモしなくて大丈夫だった? まぁ、ある程度頭に入れば、ちょっと変わるか」
「あ、いや、すぐメモる!」
女生徒は、すぐにメモを取り始めた。アカデミーに入学しているという事もあり、記憶力はそこそこあり、セレーネに聞き直さずともメモを終える事が出来ていた。
「そっか……理想ばかり求めていたから駄目だったんだ。堅実に、現実的に考える……ありがとう!」
女生徒はセレーネに深々と頭を下げると教室を出て行った。
「割と当たり前の事を言ったつもりだったんだけど……」
「自分一人で研究するのが初めてなのかもしれません。研究する上で理想ばかりを求めてしまったのでしょう。そこを自分で改めさせるために講師の方は放っておいたのかもしれません」
「それで私がアドバイスするなら、意味ないじゃん……まぁ、いいや。でも、結構面白い話だったね。直線的な路線でレールにも工夫を凝らしたら、あの通りに出来るかもしれないね。そうなったら、空間転移装置を使った輸送以外にも使える手段が増えるかも。あっ、でも、それで速度が上がったら、路線が詰まる可能性が出て来るかな?」
「いえ、車両の数からして大丈夫でしょう。問題は、お嬢様が仰っていた通り魔物による妨害でしょうか」
「まぁ、そこの解決も考えないといけないね」
セレーネ達がそんな事を言っていると、次のアカデミー生がやってくる。セレーネの助言教室は、着々と人気を集めていった。




