重なる失敗
アカデミーが夏季休暇に入ってもセレーネ達には大して関係がない。いつも通りに研究を進めるだけだった。
セレーネの目下の研究は【空間転移】の魔術道具の安定化だ。ミーシャが錬金釜の大型化に取り掛かっており、屋敷に来られない状態になっているのでセレーネ一人で設計を進めている。
「よし……これでいけるかもしれない」
「何だか変わった設計ね」
最近論文『氷魔術におけるエネルギー変化』を出して三単位を貰ったフェリシアが、セレーネの後ろから設計図を覗きこんでそう言った。
そこにあったのは、魔術道具としての設計図だった。魔術陣を刻み付けて、要所要所に魔術結晶を取り付けるというものだった。その魔術結晶は、【空間転移】の多重魔術陣を分解したものだった。
「順番に魔術結晶を通って魔術を起動していく事で、多重魔術陣と似たような状態を作り出すという事なのね。でも、これで根本的な解決に至るの?」
「多分無理。だから、【演算処理】と【魔術高速演算】を組み合わせて配置するでしょ? 転移負荷を計算して、魔術道具全体の管理をするの。大きな結晶でそのまま作った方が使いやすいのは使いやすいんだけどね」
魔術結晶の加工をする方が【空間転移】として使うには、かなり作りやすく使いやすい。現在の方法は様々な魔術結晶を用意して、それらを寸分違わずに配置しないといけない。調整する箇所がかなり多くなるため、セレーネとしては、あまり好みの設計ではなかった。
「ミーシャちゃんの錬金釜が開発出来たとしたら、こういう風にしようかなって設計も出来てるよ」
セレーネはそう言って、紙束をフェリシアに渡す。それは魔術道具の枠組みの設計だった。魔力の貯蔵用魔力結晶や複数の安全装置が組み込まれたものになっていた。
「これなら今の魔術結晶でも出来る気がするけれど?」
「出来なくはないけど、魔力の蓄えが少ないのは変わらないからさ。魔力結晶を加工して魔力を多く貯蔵出来るようにするのは、あくまでも安全装置としてだけだから」
「空になるのと満たされるのを繰り返す事で、負荷が掛かるという話だものね。私の氷の槍は発動する時の魔力が少ないし、私が魔力を流す事で起動するようになっているから、そういう問題もないのよね。そうなると自分の魔力も使うようにした方が良いんじゃない?」
「少しは使うように改良したよ。全部の魔力を使うとなると、普通の人達じゃ魔力が足りないからね」
セレーネ達真祖や眷属の魔力があるから、【空間転移】を自由に使えるだけだ。他に使えるのはエルフくらいで、通常の人族などが使えば一気に魔力が枯渇する。それだけで済めば良いが、下手すれば命を削る事になる。それくらいに大きな消費量なのだ。
「さてと、早速この方法で作ってみる」
「いってらっしゃい」
セレーネは、実験室へと向かって行った。それを見送ったフェリシアは、自分の新しい研究を始めるために机へと向かっていった。
実験室へと着く前に、セレーネはカノンと出会した。実際には、セレーネの移動を感知したカノンが先回りしていただけだが。
「実験室ですか?」
「うん。設計出来たから、一旦作ってみる事にしたの。理論ばかり考えて検証とか疎かにしてたから」
「そうですね。では、後程私も向かいます」
「うん!」
セレーネはカノンに抱きついてから、実験室へと向かった。そして実験室に入った後、用意した金属に魔力線を刻みつつ、【空間転移】を構成する魔術結晶を填め込んでいく。擬似的な多重魔術陣を構成して起動試験を行う。
「う~ん……失敗。魔力の通りと順番に発動するって特徴から上手く発動出来ないのか……いっそ魔術結晶じゃなくても発動出来ないか試してみよう」
セレーネは金属板に【空間転移】の魔術陣を刻んでいき、それを積み重ねる事で多重魔術陣とした。ただこれでは、魔力の消費が自分のものになるので、セレーネが求めている形にはならなかった。
「上手くいきそうですか?」
仕事を終わらせてきたカノンがセレーネの様子を見に来ていた。セレーネは頬を膨らませながらカノンに抱きつく。それだけで、上手くいかなかったという事がカノンには分かった。
「連続発動による構築ですね。分析機と最適化機から可能に思えますが、あれらとは構成しているものが違い過ぎますから、連続発動による構築は難しいと思います。それこそ縦に積み重ねてのほぼ多重魔術陣と同じ状態にしなければ」
「うん。同一魔術じゃなくて、それぞれの魔術で処理されちゃう。【演算処理】で同時発動させるにしても色々な手間があるから……」
「なるほど。それで金属から作れないかと思ったわけですね?」
「うん。でも、こっちは私の魔力を消費する形になるから、欲しい魔術道具じゃないの」
「そうなれば、やはり当初の予定通り魔術結晶による発動と管理が望ましいわけですね」
「うん……難しいかも……でも、ミーシャちゃん待ちになっちゃうから、私の方で色々と方法を模索したいの」
自分の研究だというのに、他者に全て任せるような状態になっているのが、セレーネとしては落ち着かない状況だった。
「では、今度は枠組みの試作をするのは如何でしょうか? 魔術結晶を作る錬金釜も重要ですが、それを管理する枠組みも重要かと」
「うん。分かった」
セレーネはカノンに見守られながら枠組みの試作を行っていく。枠組みはいくつかのパーツに分かれており、魔術結晶を覆うようになっている。この枠組みに【演算処理】と【魔術高速演算】と魔力吸収機構を組み込んでおり、これが内部の魔術結晶へと魔力を供給しながら安全機構として働いている。
「機能は……してる。これで管理出来るようにはなるかな。う~ん……後は【空間転移】の魔術陣を調整するくらいかな。【座標記録】とかを改良すれば、行ける場所を増やせるかもしれないし。せっかく良い方法が思い付いたと思ったのになぁ」
「全てが上手くいく訳もありません。それはお嬢様もご存知でしょう」
「むぅ……抱っこ」
「はい」
抱き上げて貰ったセレーネは、カノンに甘えながら部屋に戻る。その姿を見ただけで、上手くいかなかったという事がフェリシアにも分かった。普段からカノンに甘えるセレーネだが、実験室から抱っこの状態で帰ってくるという事は、実験室でそういう気分になるような出来事があったからだ。
カノンに甘えながら、セレーネは【空間転移】の魔術陣を改良していく。ミーシャの方の開発が終われば、即座に取り組めるようにする。カノンは、甘えてくるセレーネを優しく抱きしめていった。




