前向きなスピカ
スピカの眷属化が終わると、セレーネはスピカにしっかりと抱きつく。スピカがゆっくりと背中を叩いてくれる事で過呼吸になりかけていた状態からは落ち着いていた。それでも涙を流し続けている。
そんなセレーネを落ち着かせるために、スピカは小さく歌い続けた。セレーネがすすり泣きになり始めた頃にスピカも歌を止める。
「落ち着きましたか?」
スピカの確認にセレーネは小さく頷く。それを見てスピカは小さく笑う。スピカは、セレーネを膝に乗せた状態で両頬に手を添えて、まっすぐ自分を見させる。
「セレーネ様。私は怒っていませんよ。セレーネ様が私を好いてくれているように、私もセレーネ様の事が好きですから。セレーネ様に眷属にして貰えた事自体は嬉しいですよ。セレーネ様は、私とも一緒に生きたいと何度も言ってくれていますし、その想いは理解しています」
「ん……」
「ですが、今回みたいな事は、もうこれきりとしましょう。寝ぼけて吸血は絶対にしない。眷属じゃない人を吸血する時はちゃんと意識がはっきりしている時。約束出来ますか?」
「ん……」
セレーネは大きく頷いた。それと同時にまた涙を流し始める。そんな姿を見て、スピカは思わず苦笑いしてしまう。
「そんないっぱい泣いてしまったら、可愛いお顔が台無しですよ。私は気にしていませんから」
「ん……」
「今日は一緒にいましょうね」
「ん……」
まだ少し泣いているセレーネを抱き上げて、スピカはセレーネの部屋に戻る。そこでリーシアより心臓への防御魔術を施して貰う。その間だけセレーネはスピカから離れていたが、それが終わるとすぐに抱きついた。
泣き腫らした目の状態のセレーネをカノンとスピカで慰めていく。フェリシアとマリアが様子を見に来ても気付かないくらいには、スピカにべったりとなっていた。
その日は、そのままカノンとスピカの部屋で二人に挟まれながら眠りに就いた。
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翌日。休日が終わったスピカは、セレーネに見送られながら教会へと向かった。セレーネは、最後まで不安そうな表情で見送っていた。
(セレーネ様は良い子だけど、ちょっと自分を責めすぎかな……)
スピカは自分が許しているのだから、これ以上自分を責める必要がないと考えていた。
(まぁ、それだけの事をしたという自覚があるのは良い事なのかな)
セレーネの事を考えながら教会へと向かったスピカは、すぐに枢機卿に謁見した。この枢機卿は、スピカの協力者であり現状の教会の在り方に疑問を覚えた者だった。そんな枢機卿に、スピカは正直に事の次第を話していった。
枢機卿は片手を顔に当てながらため息をつく。
「はぁ……何故それを馬鹿正直に話したのですか……」
「聖女になろうという者として虚偽があってはいけませんので。私がどういう者なのかも含めて聖女として認めるか決めて頂く必要あります」
「…………貴方のその誠実さは良い事ですが、正直聖女としての選定にどれだけ影響するか分かりません。最悪は覚悟しておいてください」
「はい」
スピカの表情に後悔や無念などが一切ないのを見た枢機卿は、またため息をついてから笑う。
「前例はないですが、エルフが聖女として選ばれたという事は過去に一度あります。吸血鬼族の眷属でも、聖女になる事が出来ないとはならないでしょう。聖女とは、種族に関わらず、聖女としての心得を体現しているものが選ばれる。誠実さ、清らかさ、慈悲の心、聖女の魔術。これらを持ち合わせる貴方であれば選ばれる可能性は高いです。私から教皇へと推薦しています。加えて、教皇の考えも変わりつつあります。貴方が掲げる教会のあるべき姿の実現は目前と言えるでしょう」
「はい。最悪の場合は、聖女になれずとも構いません。今の秘密主義である教会を変えて、より広く人々を救う事が出来る場所になれば良いので」
スピカの働きかけで教会秘蔵の魔術を表に出す動きが活発になっている。ただし、魔術の全貌を表に出すのではなく、病院などに勤務する治癒師などに限定して、その魔術を会得するために教会で習う必要があるという条件が付いていた。
スピカとしては全部を表に出したいと考えている。そのための働きかけをしているのが現在の状況だった。聖女となれば、その道は限りなく短くなる。そうなれば、苦しんでいる人達が救われていく事に繋がる。それがスピカの望みだった。
「ひとまず、この事はあまり言いふらさないように。教皇様に伝えた後、どのタイミングで発表するか決める事になります」
「はい」
「では、仕事に戻ってください」
「はい。失礼します」
スピカは枢機卿に一礼してから部屋を出て行く。
(ふぅ……取り敢えずは、これで良し。後は教皇様がどう判断されるか……教皇様のお考えも変わり始めているという事もあるから、悪い結果にしかならないとは限らない。教会のあるべき姿……苦しんでいる人達を救う場所である事。そのために私に出来る事を最大限やらないと。セレーネ様のおかげで時間は沢山あるし、頑張ろう)
スピカは眷属にされてしまった事を前向きに考えて行動を始める。これがどれくらいスピカにとって良い方向に働いてくれるかは、未知数だった。
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スピカが教会に行った後、セレーネはカノンにくっついて行動していた。まともに研究が出来るような状態ではないので、カノンも特に何も言わずにセレーネをくっつけたまま仕事をしていた。
(お嬢様が普段通りに生活出来る状態ではないとなると、フェリシア様も落ち着かない状態になる。出来る事なら、早く元に戻って欲しいところだけど、この状態はなぁ……)
カノンは、セレーネのこの状態に覚えがあった。今のような状態になったわけではないが、こうして自責の念に駆られている状態は、出会って少しした時の真祖と眷属について知ったセレーネと同じだった。
(あの時と同じように元気づけられる状況じゃないからなぁ……種族的な特性じゃなくて、お嬢様自身の失態だし……取り敢えず、時間掛けていく必要はあるかな)
洗濯物を干し終えたカノンは、抱きついているセレーネの頭を撫でてから抱き上げて、部屋に戻っていく。
「お嬢様。今日は何をされますか?」
「ん……」
セレーネは、カノンの首に手を回してしっかりとくっつく。セレーネは、今は何もやりたくないという事を伝えていた。
(しばらくはこのままかな)
カノンは心の中で苦笑いしつつ、セレーネの抱きしめたまま椅子に座ってセレーネを撫で続ける。この状態のセレーネは、翌日まで続いた。




