ルージュ公爵家からの褒美
翌日。セレーネが情報処理魔術を組み立てている時にカノンが手紙を持って来た。
「お嬢様。ルージュ公爵家から招待状です」
「ん? ユイから?」
「いえ、ユイ様個人のものではなく、公爵家としての手紙のようです」
「えぇ~……何か嫌な予感……」
セレーネは、本当に嫌そうな表情をしながら手紙を受け取って、中身を読んでいく。
「うへぇ……内々に今回の謝礼を渡したいって。ユイに持って来てもらうのは駄目かな?」
「駄目です。内々にしてくださっているので我慢して受け取りに行きましょう。日程は書かれていますか?」
「うん。はい」
セレーネは手紙をカノンに渡す。
「明日ですか。ドレス自体はあるので問題はありませんね。招待されているのは、セレーネ様と使用人一人ですか。私が参りますので、マリアさんはフェリシア様をよろしくお願いします」
「はい」
「お嬢様はドレスを合わせますので、こちらにお越しください」
「は~い」
翌日。衣装合わせをして決めた紅色のドレスを着て、ルージュ公爵家本邸に向かう。迎えの魔動車はメイが運転を担当していた。
「メイだ」
「はい。しっかりと座っていてくださいね」
「うん。ドレスだから、あまり動くなってカノンに言われてるの」
珍しくしっかりと椅子に座っているセレーネを見て、本当に言う事を聞いているのだなと思い、メイは笑う。
「お似合いですね」
「ふふん! カノンが用意してくれたの! そういえば、ユイは傍に居るの?」
「セレーネ様の傍にはいらっしゃいません。セレーネ様はお一人の予定です。カノンさんも中には入れませんので」
「えぇ~……」
セレーネは頬を膨らませながらカノンに寄り掛かる。
「カノンは一緒が良い」
「申し訳ございませんが、内々に行う事という事でご当主のリンド様とユイ様のみがお会いになります。セレーネ様もお一人にする事で、この事を知る者を極力減らそうという事ですね」
「じゃあ、メイも私が何を貰えるか分からないって事?」
「はい。ユイ様からも教えて頂いておりません」
「ふ~ん……なら仕方ないのか……」
そんな話をしている間に、ルージュ公爵家本邸に着いた。門の前に着いてからも、少しの間走っていき、屋敷の前に着く。
「でかいね」
「敷地面積で言えば、クリムソン侯爵家本邸の三倍近くはあるらしいです。それでは、降りましょう」
カノンから降りてセレーネに手を差し出して、セレーネを降ろす。そのままセレーネの手を取ってカノンが煽動する形で本邸の方に向かって行った。案内係の執事に連れられて、少し大きな応接室の前に着く。
「お嬢様。私は扉の前でお待ちしおります」
「うん」
カノンは、セレーネのドレスを綺麗に直してから、扉の横に避ける。
執事が開けてくれる扉を抜けて、セレーネは応接室に入っていった。広い応接室には、ユイと同じ赤髪と赤い瞳をしている壮年の男性がいた。後ろ扉が閉まる音が聞こえてから、セレーネはカーテシーで挨拶をする。
「この度はお招き頂きありがとうございます。セレーネ・クリムソン参上致しました」
セレーネが丁寧に挨拶をすると、ユイは軽く顔を俯かせる。セレーネは、その肩が小刻みに揺れているのを見逃さなかった。
「突然の招待に応えてくれた事礼を言う。今日は周囲の目もない。気楽してくれ」
「ありがとうございます」
それが社交辞令だと分かっているセレーネは、気持ちだけ頂くつもりで、いつも以上に丁寧な所作で椅子の前に来た。
「座ってくれ」
「失礼します」
礼儀正しく座ると、やはりユイが顔を背けて小刻みに揺れる。セレーネはいつも通りに不満を伝えたい気持ちを抑えていた。
「自己紹介がまだだったな。私はリンド・ルージュ。ルージュ公爵家の当主だ。ユイの命を救ってくれた事、礼を言う」
「いえ、あの状況で友人を助けるのは当たり前ですので」
「君のその当たり前という考えは、中々に出来ぬものだ。そして、これに対してルージュ公爵家として礼を出さなければならぬ。こちらの沽券にも関わるのでな。ユイから表に出るのは好まぬと聞いた。ラングリドからもなるべくなら内々で終わらせて欲しいという要望を受けている。そのため、こうした形をとらせて貰った。
「お心遣い感謝します」
リンドは、セレーネに褒美を与えるためにユイやラングリドから注意する点などを聞いていた。それはラングリドからセレーネをあまり表に出さないようにしているという風に聞いていたからだ。セレーネの事情である真祖だという事も知っているため、そこの配慮もしているという事もある。
「ユイ」
「はい」
ユイが部屋の端にあるワゴンを押してくる。そこに乗っている大きな袋を重そうに持ち上げてローテーブルに置く。
「これがお金ね。それでこっちがセレーネの好きそうな本よ」
「!!」
セレーネは、本の表紙に魔術の論文集と書かれているのを見て、すぐに飛びつきたいという欲が溢れてきたが、鋼の意思で押しとどめた。
「貰ってくれるか?」
「有り難く頂戴します」
セレーネが即答すると、リンドは大きな声で笑い出した。
「ふははははは! 即答で受け取る返事をするか! ユイの言う通りだったな」
「セレーネは魔術の本に目がないですから」
「?」
セレーネは、二人が笑っている理由が分からず少し戸惑っていた。それを見て、ユイはセレーネの隣に座る。
「こういう物を渡されたら、過分な評価とかで一度受け取りを拒否するのが多いのよ。だから、お父様もこれよりも少ないくらいの物を用意していたの。でも、セレーネは最初から貰うって言ったでしょう? あまりにも返事が早くて驚いたのよ」
「なるほど……えっ!? じゃあ、これ貰えない……?」
「ううん。それはあげる。そのために用意したものだから」
セレーネは、魔術の本が貰えないのではと思い、少し悲しげな表情になったが、しっかりと貰える事を知った後は嬉しそうな表情に一転した。
「ラングリドから聞いたが、貴族の世界には興味がないらしいな」
「はい。正直、とある一件から貴族そのものが要らないと思っています。それに私は真祖ですので、そのうち家からも離れる事になります。貴族の世界にいるのは、そこまで良い事はないと思いますので」
「そうか。それは残念だな。クリムソン家のままなら、ユイも婚約者として出そうかと思ったが、そうもいかなさそうだな」
「お父様!? そのような話は聞いておりませんが!?」
「言っていないからな。だが、さすがにこれでは出す訳にもいかないな」
ユイは顔を真っ赤にしていたが、セレーネは平気そうな顔をしていた。リンドの話し方から、本気で言っている訳では無いと察したからだ。
「取り敢えず、これで帰って貰って構わないが、良ければユイと話していってやってくれ。外のメイドも中に入れて貰って構わない。ユイを助けてくれた事、改めて礼を言う。では、ゆっくりしてくれ」
リンドはそう言って部屋を出て行く。その際、カノンにも中に入るように言ったため、カノンは指示に従い部屋の中に入った。そこにお茶を持ったメイも加わり、いつも通りの面子でお茶を飲みながら談笑していき、帰りはメイが運転する魔動車で帰って行った。
屋敷に帰ってきたセレーネは、早速リンドから受け取った魔術に関する論文集を楽しそうに読んでいった。




