昂揚感
セレーネは、一時間程彷徨って階段を見つけた。ただし、上へと向かう階段ではなく、下へと向かう階段だった。
「はぁ……こっちじゃなくて上に……いや、寧ろこっちの方が良いのかも。カノンが上から下に来ているなら、私はここから下にユイ達がいる可能性を考えるべきのはず。よし! 下に行こっと」
セレーネは、ユイ達の救出を優先するために下に降りていく事を選んだ。一つ下の階層もこれまでと同じ遺跡のような通路になっている。
「広い通路だと戦いやすいのは良いけど、結構複雑な場所なんだよなぁ。カノンがいればなぁ」
セレーネはカノンの耳が欲しいと思いながら、通路を走り回ってユイ達がいないか探していく。カノンやテレサのように、空間を探知する方法を持っていないセレーネは、地道に探索するしかなかった。
「音が分かればなぁ……私も探知系の魔術をしっかりと覚えられれば……でも、風魔術の探知は、私にはよく分からない感覚だからなぁ……いっそ空間魔術で探せれば……風魔術の探知は、風が広がる範囲を知覚する。じゃあ、私を中心に一定範囲内の空間を知覚する感じかな」
セレーネは、風魔術の知覚系統魔術【風探】を空間魔術に流用する。風が当たった場所を知覚する【風探】は、セレーネとは相性が悪く上手く知覚する事が出来ない。
そんなセレーネだが、空間魔術への造詣は深い。自分に向いている魔術であれば、探知が出来るのではないかと考えたのだった。
セレーネは、自分の周囲に物体を知覚する空間を広げる。セレーネの新しい空間魔術は上手くいったが、その分自分に返ってくる情報が多く頭痛により顔を顰めた。
「痛い……情報の処理が頭痛になってるのかな……でも、これが必要だ。頑張ろう……」
セレーネは、頭痛を覚悟しながら空間知覚系統魔術【空間探知】を使用する。どんどんと広がっていく知覚空間により、セレーネの頭の中にこのダンジョンが3Dマップのように構築されていく。そこにはミノタウロスの居場所も含まれている。知覚空間が広がった時の状態のみなので、ミノタウロスの居場所がリアルタイムに分かる訳では無い。
知覚空間は、階段を通じて上と下の階層も更新していた。更に情報が増えるので、セレーネは頭を何度も串刺しにされているかのような痛みを覚えていた。脂汗を流しながらも知覚する範囲を広げていく。歯を食いしばりながら、ユイ達を探した。だが、上下の一階層ずつの知覚もしたところで、セレーネにも限界が来て、【空間探知】が途切れた。
「ぷはっ……はぁ……はぁ……はぁ……」
セレーネは、目の前がチカチカと点滅するような感覚を味わいながら、地面に膝を突く。
「上と下にもいない……なら、ここからもう二階層下ってもう一度やろう」
既に階段の場所は把握している。セレーネは、すぐに移動を開始する。既に一時間も経過しているので、ユイ達が本当に無事か分からない。例えまだ頭痛が治まらずとも、セレーネが動き出すのに躊躇いはなかった。
そんなセレーネの前に、ミノタウロスが二体現れる。
『ヴモオオオオオオオオオオオ!!』
二体が咆哮して突っ込んでくる。
「っるさい!!」
セレーネは氷魔術と闇魔術の複合魔術【闇氷槍】を放つ。【氷槍】の先端に闇属性の吸収と消滅の効果が集中した魔術だ。一応、全体にも効果は乗っている。
【闇氷槍】は、一体のミノタウロスの頭を削り取り、そのまま貫いた。横でそれを見たミノタウロスは、目を丸くして躓いた。そうして転んだミノタウロスにも【闇氷槍】を放ち、二体とも倒した。
そのミノタウロスが灰になるのも見届けずに、セレーネは駆け抜けていった。最短ルートで下り階段に到着したセレーネは、迷う事なく階段に飛び込む。何段も飛ばしながら下り、更にその先の階段に向かっていった。現れるミノタウロスは、全て【闇氷槍】で貫いて倒して行く。
そして、もう一階層降りたところで、再び【空間探知】を使用する。治まり掛けていた頭痛が再びセレーネを襲う。
「痛っ…………」
頭痛を我慢して、下の階層まで探知すると、そこにユイとメイの姿を確認した。
「いた……」
セレーネは上の階層に行かなくて良かったと安堵しつつも、二人がピンチなのは変わらない。二人は、複数体のミノタウロスに追いかけられている状態だった。
(階段……いや、ダンジョン内の接続なら【空間接続】も使えるんじゃ……)
セレーネは、即座に【空間探知】を使って、知覚した場所に【座標指定】を使い、【空間接続】で二人の下に移動する。セレーネは二人の前に出る。唐突に現れたセレーネにユイとメイは目を丸くする。
「セレーネ!?」
セレーネは、即座に状況を把握する。メイの片腕が折れており、額からも出血している。だが、ユイはまだ怪我をしていない。メイがユイを守ったという事が分かる。
そして、追ってきているミノタウロスには、小さな傷が付いている。頑張って倒そうとしたという事も分かった。
セレーネは【闇氷槍】を放って、追いかけているミノタウロスの集団の一部を削り取る。そして、即座に【空間倉庫】を使って人が入る事の出来る入口を作って、二人を【空間倉庫】内に入れる。
「中に治癒薬があるから!」
「セレーネは!?」
「無理!」
そう言って、セレーネは入口を消す。二人は【空間倉庫】内に閉じ込められたが、そこ以上に安全な場所はない。セレーネが【空間倉庫】内に入らなかった理由は、銀色に変わりつつある髪にあった。
(吸血衝動が来てる……魔力の使いすぎだ……)
この状態でユイ達と一緒にいれば、二人を襲う事になる。それは望ましくないので、セレーネは、その場に残ったのだ。セレーネの意識がある状態で起こる吸血衝動は、これで二回目。前のような苦しみは少ないものの喉の渇きが強かった。
「この際あいつらでも良いか……」
セレーネは、無意識に口角を上げていた。自分達を見て笑っているセレーネに、ミノタウロスは恐怖を覚える。そのミノタウロスの後ろから一回り大きなミノタウロスが歩いてきた。その手には大きな大剣が握られている。
「ボス? まぁ、いいや」
特大の【闇氷槍】をセレーネが放つ。【闇氷槍】を受け止めた武器持ちのミノタウロスが、後ろにノックバックしていく間に、セレーネは知覚にいたミノタウロスに飛び掛かって、その首に噛み付いた。
血を飲まれ始めたミノタウロスは慌てたようにセレーネを掴もうとする。その前に、セレーネは極小の【闇氷槍】をミノタウロスの頭に放って倒す。ミノタウロスが灰になり、セレーネが地面に着地すると、他のミノタウロスが拳を振ってくる。
それを紙一重で避けて、セレーネは零距離で【闇氷槍】を使い、その腕を消し飛ばして、そのままミノタウロスを駆け上がり、首に噛み付いた。そして、さっきと同じ行動でミノタウロスを倒す。
「あはははははは!!」
セレーネは、これまでにない昂揚感を覚えていた。口から血を垂らしながら、笑顔でミノタウロス達を見る。そこには、仲間を殺されて怒り狂う武器持ちのミノタウロスがいた。
「えへへへ! あはっ! み~んな食べちゃおうね!」
赤く爛々と光る瞳が、ミノタウロス達を捉えていた。




