山頂から湖へ
最終的に、ユイはメイに背負われて登山していく事になった。
セレーネはあっちこっちに走り回ろうとしては、カノンに捕まって戻されるという事を繰り返していた。セレーネはそれでも好奇心が止まらず、捕まるのならと、最初からカノンの手を引いて行くようになった。カノンは苦笑いしながら、セレーネがはぐれないように付いていく。
「カノン! カノン!」
「お嬢様。足元に注意して下さい。平地よりも不安定ですので」
「うん!」
転びそうになった際に、さりげなくサポートしているので、セレーネは一度も転んでいなかった。セレーネが好奇心で動いている間、テレサは実っているオレンジを適度に収穫していた。風魔術で落としながら回収しているため、テレサ自身は、そこまで動いていない。
そのオレンジはルリナが籠に入れている。
「何というか、規格外な姉妹よね。確か、クリムソン家には一番上に嫡男がいたわよね?」
メイの背から、ユイがフェリシアに向かってそう言う。セレーネとテレサを見ていると、ライルも規格外な人間なのかと思ってしまっていたのだ。
それに対して、フェリシアは苦笑いしていた。
「セレーネとテレサ様が特別規格外なだけで、ライル様は普通の御方よ。まぁ、普通に強い御方という意味だけれど……」
「優秀だという事は、噂で聞いているわ。騎士団の意識改革等も推し進めているらしいわね。おかげで、騎士団の質が向上したとお父様が喜んでいたもの。でも、あんな感じではないのね」
「ええ。兄妹の中で言えば、唯一の常識人かもしれないわね」
フェリシアのライルへの評価は、本当に常識人という事だった。
「そうなのね。私は会った事がないのだけど、今度の夜会で会えるかな」
「ライル様は、よく夜会にいらっしゃるのかしら?」
「どうかな。私は令嬢とかと会うことが多かったから、そこまでは把握していないの。でも、共通の話題がないから会っても会話し辛いと思っていたけれど、今はセレーネという共通の話題があるから普通に話せそうね」
「ライル様もセレーネを愛しているから、多分かなり盛り上がるわね」
そう言って笑い合いながら、どんどんと登っていき頂上に着いた。
「頂上だぁ!! カノン! カノン! 綺麗だよ!」
「そうですね」
頂上から見える景色は、広い緑だった。緑の絨毯は大きく広がっており、その中央にキラキラと光る湖を囲んでいる。圧倒される大自然に、セレーネは興奮していた。
「ユイ! ユイ! あの湖は何?」
「ん? あれはただの湖ね。特に何の変哲もない湖よ。魚がいるけれど、別荘から距離があるから、釣りに行くのは無理ね」
「そうなんだ……【空間接続】で行く?」
「そういえば、セレーネにはそれがあったわね……本当に物流革命が起きそうな魔術だわ。でも、釣り道具もないから」
登山だけを目的に来ているので、セレーネ達は基本的に手ぶらで来ている。ルリナが持っている籠などは、セレーネが【空間倉庫】に入れていたものだ。そして、【空間倉庫】内に釣り竿はない。
「じゃあ、別荘に取りに行く?」
「別荘にもないわ。湖に行かないもの。ただ湖で泳ぐだけになるわね」
「じゃあ、泳ぎに行こう!」
「水着がないわよ」
「服のままで良いんじゃない?」
セレーネにそう言われて、ユイはメイの方を見る。すると、メイはユイに微笑み掛ける。
「今は旅行中ですから、特別に良いですよ」
ユイはメイから許可を貰って、少し嬉しそうな表情をする。
「カノン、良いよね?」
「はい。良いですよ」
「やった!」
セレーネはカノンに飛びついて喜ぶ。そして、見えている湖の近くに【空間接続】を使う。皆が通っていき、セレーネは最後に入った。
「マリアさん。お嬢様とフェリシア様をお願いします」
「はい」
「お嬢様。私は近くにいる魔物を討伐してきます。湖から離れる事のないようにお願いします」
「うん。分かった。気を付けてね」
「はい」
カノンは、周囲にいる魔物を討伐するために動き出す。セレーネは湖に近づいて手を入れた。
「わっ! 冷たい! えいっ!」
「きゃっ!? セレーネ!」
セレーネが急に水を掛けたため、フェリシアは怒ってセレーネに思いっきり水を掛けた。
「ぶふっ!? もう! ユイもだよ!」
「えっ!? ちょっ!? きゃっ! やったわね!!」
セレーネが水を掛けてきたため、ユイも反撃を始める。そうして、三つ巴の戦いが始まった。それぞれが水を掛けまくるので、三人ともずぶ濡れになっていた。さりげなくセレーネがテレサに水を飛ばしたのだが、テレサは風を自分の前に張っていたため防がれた。
頬を膨らませるセレーネだったが、すぐに横から水が飛んできたので、そちらに意識が削がれていった。
「お嬢様は参加しないのですか?」
「入りたいなら入って来ても良いわよ。ルリナ、ああいうの好きでしょう?」
「好きですけど……私は皆さんのお世話がありますので」
「私もいますから大丈夫ですよ」
「いえ、マリアさんよりも年上ですから」
「年上の威厳を持ちたい年頃なのよ」
「お嬢様!」
ルリナは顔を真っ赤にしながら訴えるが、テレサはどこ吹く風という様子だった。普段のテレサとルリナのやり取りなので、マリアは特に動じずにいた。
(テレサ様、本当に楽しんでるなぁ。表情は変わらないけど)
そんな事を思っているマリアの顔に水が飛んでくる。犯人はセレーネだった。びしょ濡れになったマリアは即座に湖に入ってセレーネに水を掛けていった。
「まぁ、あの子も大概子供よね」
「テレサ様の二歳下ですけどね」
「セレーネのメイドは、セレーネに強くいけるのが良いわね」
「私には出来ませんからね!」
「そこまで期待してないわ。ルリナにはルリナの良いところがあるから。それで、覚悟は決まったの?」
「うっ……さすがに悪い気がしてしまって……」
「セレーネは気にしないわよ。ルリナを気に入っているようだし」
「じゃ、じゃあ、今日の夜に行きます」
「そう。なら、あなたも行ってきなさい」
「へ? きゃぁああああ!?」
ルリナは、テレサが放った風によって湖に突っ込んでいった。ルリナが着水した結果、大きな水飛沫がセレーネ達を襲う。
ルリナも交えて水の掛け合いが激しさを増していった。それをテレサは、ただ見ていた。メイはユイに水が掛けられる度に大丈夫かハラハラしていた。
カノンが戻ってくる頃には、テレサとメイ以外はびしょ濡れの状態になっていた。




